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無敵探偵活劇 アケチ大戦争  作者: anurito
玉村一族編
70/169

踏切事件

 大トーキョー・シティの中でも、トヨシマ区にあるトーキョー環状線の踏切は、「開かずの踏切」として、特に有名だった。ひっきりなしに走ってくる電車に阻まれて、この踏切が開いている時間の方が、明らかに短かったのだ。15分ぐらいに一回の割合で、この踏切は開くのだが、それも3分程度の話である。その僅かな時間に、往来を行き来していた車や歩行者は、急いで、線路の上を通過せねばならないのだった。当然、この踏切の左右の道は、常に渋滞であり、殺気立っていたのである。

 その日の昼間は、いつも以上に、荒れていたようだった。

 ようやく、長い電車が通り過ぎて行き、踏切が開いた。しかし、車道の一つが、いっこうに動かないままなのだ。踏切が下りていた時と、まるで同じ状態なのである。

 その原因は、踏切のすぐ手前に停まっていた一台のオープンカーであった。その赤いオープンカーは、踏切が上がっていたにも関わらず、まるで走り出そうとしなかったのだ。

 そもそもが、どこか、変わった印象のオープンカーであった。形こそ普通の乗用車だったが、乗っている人間は、運転席に一人。そして、後部座席には、石膏で出来た像を、むき出しの状態で積んでいたのである。この像というのがまた、裸婦像なのだ。それも、等身大で、部分的なものだったのである。この裸婦像には、頭も手足も付いていなかった。つまり、胴体の部分だけの裸婦像だったのだ。

 大きな乳房であったり、丸みのあるお尻などの、女性のエロスだけを、露骨にさらけ出した石膏像。本来なら、他人は、照れて、目をそらしたくなるような代物なのであるが、この車が交通の妨げになっていたものだから、嫌でも周囲の注目を引いていたのだった。

 ついには、このオープンカーが動かないまま、次の電車の来る事を知らせる遮断機の音が鳴りだした。

 焦って、動揺したのは、このオープンカーの後ろについていた車両たちである。彼らは、さんざん、クラクションを鳴らしたり、大声を出したりして、オープンカーへの発進を促したが、その希望はまるで受け入れられなかったのだった。オープンカーは、相変わらず、停まったままなのである。

 とうとう、待ち続けられなくなった後続車のいくつかが、じわじわと、前進しだした。やむなく、他の車も、前進せざるを得なくなる。その前進の波は、先頭のオープンカーのもとにも到達した。にも関わらず、オープンカーは、やはり動いてはくれなかったのである。

 そして、まさに、恐れていた事態が起きてしまったのだ。オープンカーの後続車どうしで、あちこちで軽い衝突事故が起き始めたのである。それは、先頭にいるオープンカーとても、例外ではなかった。小さな衝突事故が連鎖する事で、玉突き事故にと発展し、その勢いは重なり合う事でより大きくなり、やがて、一番前方に届く頃には、かなりの勢いに変わってしまったのだ。

 オープンカーは、後続車に思いっきり追撃されて、激しく押し飛ばされた。それでも自走しようとしなかったオープンカーは、そのまま、踏切を超えて、線路の上にまで、弾き出されてしまったのである。

 ああ。間もなく、次の電車が、この踏切にまで到達してしまう!もし、線路の上のオープンカーを放置しておけば、両者の衝突は、絶対に避けられないのだ。

 にわかに、周囲はどよめき始めた。このままでは、とんだ大事故が起きてしまうのである。

 懸命な人物がいて、彼は、とっさに、遮断機へと走りよった。それから、彼は、急いで、遮断機についていた非常ボタンを押したのである。これで、電車へも、非常事態であるとの信号が届いたはずだった。

 すでに、線路の向こうの方には、電車の姿が見えていた。果たして、間に合ったのだろうか。

 緊急の連絡を受けて、電車は、すぐさま、ブレーキをかけたようだった。と言っても、電車内の安全も考えて、急ブレーキをかける訳にはいかない。電車は、じょじょに、じょじょに、スピードを落としていたようなのだ。

 ついに、電車は、遠路の上のオープンカーの目前にまで、やって来てしまった。かなり速度は遅かったものの、完全に停車する事は出来なかったのである。

 かくて、電車は、ガクンと、オープンカーにぶつかってしまったのだった。

 オープンカーは、再び、電車の前方へと弾き飛ばされた。いくら、スピードが緩んでいたとは言え、電車の衝突の威力は、車の比ではなく、オープンカーは、かなり派手に突き飛ばされてしまったのである。

 運転手は車内にとどまる事ができたが、後部座席にただ置かれていただけの石膏像は、ポンと車外に吹っ飛んだ。それは、弧を描いて、宙を舞ったあと、あらためて、線路の真上に叩き落ちてしまったのである。

 これで、ひとまず、騒動はひと段落ついたかのようにも見えた。いや、実際は、ここで、さらなる問題が発生する事となったのだ。

 周囲のヤジ馬は、線路の上に落下した石膏像に注目していた。なぜか、皆が、異常に騒いでいるのである。

 石膏像は、線路の上に力強く叩きつけられた為に、すっかり割れてしまっていた。その美しい女体の像は、パッカリと二つに分かれてしまっていたのだ。だが、それだけでは済まなかった。壊れた石膏像の内側からは、石膏とは別のものが、はっきりと露出していたのである。

 それは、本物の人間の女性の裸体だった。この裸婦の石膏像の中には、芯として、生の人間の肉体が使われていたのである。それも、石膏像と同様に、頭や手足が切り落とされた、胴体だけのものが!

 この信じられないような猟奇的な出来事に、これを目撃した人々が大騒ぎになるのも当たり前なのであった。

 やがて、勇気あるヤジ馬の一人が、慎重に、オープンカーのそばにまで近づいていった。

「おおい、皆!この運転手は、人間じゃないぞ!マネキン人形だ!」と、いきなり、彼は叫んだのだった。

 そう。奇怪なことに、このオープンカーの運転席に乗っていたのは、等身大のマネキンだったのである。服を着せられて、顔も帽子のつばで隠していたものだから、今まで、その事に、誰も気が付かなかったのであった。


 このトヨシマ区の開かずの踏切での事件が起きた頃、アケチ探偵とコバヤシ助手の二人は、玉村邸を離れて、オチャノミズ地区にある自分たちの探偵事務所へと引き上げていた。

 と言うのも、今回の玉村家の事件の主犯とおぼしき魔術師は、いまだに生死不明のままだったし、彼の仕掛けた罠であるカウントダウンも「0」を過ぎてしまったからである。よって、当分は、玉村邸がじかに狙われる心配もないであろうと判断したのだった。

 実際の話、塀の上の電流さえ、きちんと復活すれば、玉村邸ほど安全な場所もなかったのである。暗黒星の正面突破の奇襲にも耐えうるように、玉村邸を警備する警官も増員されていた。うかつに、外部の品物を、邸内に持ち込むようなマネも、二度としない。これらの警戒さえ、しっかり守れば、まずは、玉村邸内の玉村親子の周辺はほぼ安心だろう、と考えられたのだった。名探偵も、びっしりと護衛についている必要もなくなったのである。

 トヨシマ区の踏切の事件については、早くも、アケチの探偵事務所の方へも、事件のさまざまな詳細が伝わっていた。発見された女性の胴体部については、すぐに警察の方で回収した事。この胴体部は、どうやら、今まで見つかってきたバラバラ死体の一部、つまり、妙子のものである可能性が強い事。死体を乗せていたオープンカーは盗難車であった事。オープンカーからは、この事件の犯人のものと思われる痕跡は何も見つからなかった事。などなど。

 本当に、かなり奇抜な事件であった為、アケチもコバヤシも、この事件の真相を探るべく、熱い会話ミーティングに花を咲かせていた最中なのだった。

 その時、事務所の固定電話が鳴った。コバヤシ助手が、すばやく、受話器を取ったのである。

「もしもし。そちらは、アケチコゴロウさんの探偵事務所だろうか」受話器からは、男の声が聞こえてきた。

「はい、そうですが」と、コバヤシ。

「実は、今、巷を騒がせているトヨシマ区の踏切事件なんだが、あんた方もご存知のはずだろう?」

「ええ。まあ」

「ものすごい情報を、あんた方にリークしたいんだよ」

「どのような話ですか?」

「俺は、たまたまだが、あの事件の問題のオープンカーに乗っていた人物が、車から逃げ出す瞬間を目撃しちゃったんだよ」

「何ですって!」

「そいつは、踏切の一番前に、うまくオープンカーを停車させるのに成功すると、運転席にいた自分の体と助手席に置いていたマネキン人形を、器用に置き換えて、入れ替わった。そして、自分は、そのまま、助手席からコッソリと降りて、逃げ出しちゃった訳さ」

「その話は、本当ですか?」

「間違いない。俺は、現場のすぐ近くで、この一部始終を観察していたんだからな。しかも、それだけじゃない。俺は、興味が湧いたから、その逃げ出した犯人のあとを、バレないように、隠れて、けてみたんだ。それで、バッチリと、犯人の住んでいる家も見つけ出してやったのさ」

 なんと、驚くべきタレコミであろうか。その電話の主は、この後、その犯人の住所まで教えてくれたのだった。それは、トヨシマ区の例の踏切に近いS町の一角であった。その番地に、怪しいアトリエがあって、犯人らしき人物は、その家屋の中に入っていったのだと言う。

「なぜ、そんな大事な情報を、警察には伝えず、ぼく達に教えてくれたのですか?」コバヤシは、電話の相手に尋ねてみた。

「警察は、色々と手続きが必要なんだろう?俺が、こうやってチクったところで、すぐには犯人の家には捜査に行けないはずだ。でも、モタモタしてたら、さっさと犯人に逃げられてしまうかもしれない。その点で、探偵のアケチさんだったら、もっと融通がきいて、すぐにでも、犯人の家に乗り込めるんだろうと思ってね」

 それだけ話すと、電話の相手は、一方的に電話を切ってしまったのだった。

 アケチとコバヤシは、呆然と、お互いの顔を見合った。

「先生。どうしましょう?」と、コバヤシ。

「もしかすると、ただのイタズラ電話かもしれない。でも、いちおう、調べてみる価値はあるだろう。意外と、本当の情報だった可能性もあるからね」

 アケチは、そう答えたのであった。


 さて、アケチの探偵事務所に今の電話をかけた人物はと言えば、そいつは、某所の公衆電話ボックスの中にと佇んでいた。見たところ、あまり柄が良さそうじゃない若者なのである。

 彼は、電話をガチャンと切ると、後ろを振り返った。

「あんたに頼まれた通りに、電話してやったぜ。これで、いいのかい?」と、彼は言った。

 すると、彼の背後に控えていた謎の人物は、満足げに微笑み、小さく頷いたのだった。

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