じゃじゃ馬令嬢
玉村善太郎の娘である妙子は、非常に活発なお嬢さんだった。
今日だって、見た目は派手だが、実は動きやすい外出着に身を包むと、自分の赤いオープンカーにと乗り込んで、一人で玉村邸の外へ出かけようとしていたのだ。
しかし、彼女は、正面の門を車でくぐり抜けようとした時に、住み込みのアケチ探偵に捕まってしまった。
「待ってください、妙子さん。どこに出かけるつもりですか?」アケチは、妙子の車に飛びつき、慌てて、尋ねた。
「どこに行こうと、あたしの自由でしょ」と、ハンドルを握った妙子が、つっけんどんに返した。
「今が、どう言う状況なのか、分かってるんですか?一人で出歩くのは危険ですよ。出かけるんでしたら、誰か連れをつけたら、どうなのですか」
「うるさいわね。ちょっと、一人で走りたいのよ」
しかし、アケチは、妙子の車をがっちり掴んだまま、放そうとしないのである。
「仕方ないわね。じゃあ、あなた、一緒についてくる?」
妙子が、閃いたように、そんな事を口にした。アケチは、ちょっと驚いたようだが、どうやら、他の良い妥協案もなさそうなのだった。
そんな訳で、アケチは、行き先も聞かされぬまま、妙子のドライブのお供をする事になってしまったのである。
アケチとしては、妙子の車の助手席に乗ったついでに、妙子からも聴取しておこうと考えていたのだが、実際には、そうも行かなかったのだった。
と言うのも、思いの外に、妙子の運転は荒々しかったからである。
玉村家の玄関の門を飛び出すなり、妙子は、車のスピードを出し始めた。横に乗っていたのが、警察の知り合いの探偵であろうとも、お構いなしなのである。
「もう少し、速度は下げた方が・・・」
思わず、アケチは忠告したが、妙子は、涼しい表情を浮かべたまま、何も答えようとはしないのだ。
オープンカーだから、早く走らせると、風を切る音も凄まじいのである。アケチだって、事件現場に急ぐパトカーには乗り慣れていたのだが、この風の轟音には、さすがに閉口していたようなのだった。
妙子は、スピード魔だっただけではなく、車の操作のし方も、ひどく豪快だったのだ。曲がり角でも車の速度を落とさなかったし、前を走っている車だってスレスレの間隔で抜いてしまった。でも、そこそこにテクニックを持っているから、決して事故などは起こさないのである。
要するに、妙子は、こうして、車をぶっ飛ばす事で、日頃のストレスを発散していたらしいのだ。見た目も、気の強そうな美人であったが、性格の方も、なかなかヤンチャなのである。
そのようにして、二人は、あっという間に、目的地に着いてしまったのだった。
そこは、トーキョー・シティの郊外にある、自然に囲まれた神社であった。それなりに大きくて、のどかな社なのである。
都会的な妙子には、全く、不釣り合いに感じられる場所であり、アケチも、やや呆気にとられていたのだった。
「どうする?あなたも、お参りする?」妙子が、アケチに、静かに聞いてきた。
アケチは、おとなしく、妙子に付き添う事にしたのである。
二人は、けわしい階段を上って、広い境内へと到着した。鳥居をくぐって、長い参道を渡ると、ようやく拝殿にとたどり着いたのだ。この規模から考えても、かなり伝統のある神社みたいなのである。ただし、アケチたちは、他の参拝客とは、まるで、すれ違わなかった。
このあと、アケチと妙子の二人は、拝殿の前で、おごそかに、礼拝したのである。妙子も、車を運転していた時とは違って、実に真面目に拝んでいた。
ずっと黙っていた二人だったが、帰り道で、ようやく、妙子が口を聞いたのだった。
「この神社は、玉村家の崇敬神社なのよ」
「じゃあ、悪い事件が起きないように、拝みにきたのですか」アケチが、ちょっと感心してみせた。
「一郎兄さんに頼まれたのよ。代わりに行ってきてくれ、って」妙子は、照れ臭そうに答えた。でも、ほんとは、ここに来たのは、彼女自身の意思だって、だいぶ混ざっていたのである。
さて、鳥居の前にまで戻ってきた時、妙子は、急に立ち止まった。
「いけない。お守りを貰ってくるのを忘れたわ」
彼女は、振り返った。しかし、社務所は、中央の門の向こうであり、ここからは見えないほど奥なのである。わざわざ引き返すのは手間なのだ。
妙子は、冷めた視線を、アケチの方に向けた。
「ねえ、アケチさん。お守りを買ってきてくれない?」
「おいおい。僕は、君の使用人がわりに付いてきた訳ではありませんよ」
「何よ!じゃあ、か弱い女性を、本殿まで、また歩かせるつもり?ねえ、お願いだから、代わりに行ってきてよ。私は、ここで待ってるからさ」
妙子のワガママや強情さは、アケチも、だいぶ理解してきていた。きっと、今回だって、絶対に自分の方は折れはしないはずなのだ。
「分かりました。では、ここに居てくださいよ。絶対ですよ。僕はすぐ戻ってきますからね」
アケチは、妙子へと念を押したあと、本殿の方へと、走って、去っていったのだった。門をくぐり、その姿は、すぐに見えなくなってしまった。
日本一の名探偵をこんな雑用で使ったりして、妙子の方は、呑気なものなのだ。彼女は、最初こそ、鳥居のそばで佇んでいたものの、アケチの帰りが遅いものだから、次第に退屈してきたのだった。
多少なら、この場所から離れても、問題ないだろう。そんな考えが、妙子の心に湧いてきた。
彼女は、ゆっくりと歩き出すと、森林浴をするつもりで、鳥居のそばにあった林の中へ入っていった。
その林は雑木林で、礼拝客がくつろげるように、いろいろと整備されていた。雑草もきれいに刈られていて、広い道もついていたのだ。決して危険な場所ではなかったはずなのである。
だから、妙子も、ついつい、奥の方まで足が向いてしまったのだった。トーキョーで都会暮らしをしていると、このような和やかな自然に接すると、うっかり、引き込まれてしまうものなのだ。
しかし、その時だった。
妙子の目の前の木立で、ガサリと音がした。いや、それだけではない。一本の細い木の向こう側から、何者かが顔を出したのだ。
「おい、待てよ」と、そいつは、妙子に声をかけた。何ともイヤラシイ、低い男性の声なのである。
妙子はハッとした。
相手は、灰色のロングコートを着た、長身の男なのだ。そいつは、ニヤニヤと笑っていた。そして、妙子も、その顔には見覚えがあったのである。
日本人離れした顔つきで、目がギラギラしていて、口が裂けたように大きかった。そいつは、紛れもなく、あの人間ヒョウだったのである!




