アケチ探偵の推理
さて、ここで話をいったん、このツキシマ海岸での戦闘があった前日に、すなわち、暗黒星による玉村邸襲撃が起きた翌日にと戻す事にしたい。
その日もまた、玉村邸の内外では、事件の処理と捜査の為に、警官たちでごった返していたのだった。
そんな中で、賊の拉致誘拐から無事の生還を果たし、ついでに、玉村親子も救出すると言う大活躍までこなしたアケチ探偵は、屋敷内に休息の場所を設けてもらい、その部屋で、ぐっすりと眠らせてもらっていたのである。
もちろん、本当は、まっすぐ病院に運んで、精密検査を受けさせるに越した事はなかったのであろうが、なにぶん、コゴローの状態のアケチは、あまりにもピンピンしていた。すぐに医療施設に移動させるよりは、ひとまず休息を取らせてあげた方が、本人の希望にも沿うだろうと判断されたのである。
その点では、助け出された玉村家の三人についても、同じであった。彼らも、ひどく恐ろしい体験はさせられたものの、肉体的には大きな負傷もしておらず、急ぎの治療は必要なさそうに思われた。むしろ、彼らの精神面の困ぱいの方が心配されたのであり、そこで、ある程度、屋敷内で休ませて、気力が回復してから、病院へ連れていく事に決まったのだった。
そもそも、屋敷内には負傷者が沢山いたので、すでに複数の医師が乗り込んで来ていたのである。彼らが、先に、玉村の家族やアケチの容態を軽く診てくれて、これらの診断を下してくれたのであった。
そんな一方で、ナカムラ警部やコバヤシ青年らも、賊の襲撃事件後も、ずっと屋敷に泊まり込んだままで、捜査や分析を続けていた。そうして、丸一日、作業を続けていて、なおも、コバヤシらがせわしく動き回っていたところへ、アケチが、ひょっこりと顔を出したのだった。
「おや。先生、お目覚めですか」
アケチの姿を見つけたコバヤシが、笑顔で声をかけた。
「まあ、とりあえずね」と、答えたアケチは、前日のコゴローではなく、すっかり、普段の名探偵のアケチにと戻っていた。
「先生、すみません。昨日、頼まれていた賊の船の選別の件なのですが・・・」
「いや、その事なんだけどね。さすがに、難しい事を、軽率に命じちゃったみたいだね。まだ完了してなくても、何も謝らなくてもいいよ。無数にある個人の船から、怪しい船を一つだけ見つけ出すなんて、あまりにも厳しすぎる課題だからね。僕も、コゴローの時に口走っちゃった事とは言え、ちょっと安易だったと反省しているよ」
「では、どうしましょう?」
「そこでだ。賊の船の停泊場所を確実に知っている人物から聞き出す事にしたいと思う」
「え!そんな人物がいるのですか!」
アケチとコバヤシが話し合っている所に、近くを通りかかったナカムラ警部も寄ってきたのだった。
「アケチくん、もう大丈夫なのかね?今回は、かなり疲労していたはずじゃろう?」と、ナカムラは言った。
「はい。取りあえず、気掛かりな事がありましてね、それを先に片付けちゃいましたら、もう一度、休ませてもらおうかと思っています」
「その気掛かりな事とは?」
「僕の枕もとに置いといてくれた新聞を読む事で、この屋敷で何が起きたかは、ひととおり、理解させていただきました。玉村親子が助かった事を、まだ公けに発表しなかったのは、実に優れた対応だったと思いますよ」
「そうだろう。玉村の人間が助かったと知ったら、賊がまた攻めてくるかもしれないからな」名探偵に認めてもらえて、ナカムラも、やや得意げなのである。
「ところで、妙子さんが行方不明だそうですね。彼女のものらしき肉体の一部も見つかっているとの事で、その辺も気にはなるのですが、ひとまずは、彼女を誘拐したトリックが解き明かせそうなので、そこから手をつけていきたいと思います」
「何だって!アケチくん、君には、この難題が分かるのかね?」ナカムラは驚いた。
さすがは、日本一の名探偵なのである。アケチは、早くも、誰にも解明できなかった妙子消失の謎が解けてしまったらしいのだ。
「お話によると、妙子さんは、20日の日中に、こつ然と姿を消してしまった事になっています。それも、誘拐されたとも、自分から行方をくらましたとも、どちらの可能性も疑える形でです。ただ、はっきり言える事としましては、どちらであっても、この日の玉村邸の警備は特に念が入っていましたので、誰にも見つからずに、彼女が邸の外へ出る事はまず無理だったろうと言う事です」
アケチは、ゆっくりと廊下を歩いて、玉村邸の中を移動しながら、お供のコバヤシとナカムラに説明し始めた。
「じゃあ、20日のうちには、妙子嬢は屋敷の外には連れ出されておらず、実は、屋敷内のどこかに隠れるか、あるいは、閉じ込められていたと言うのかね?」と、ナカムラ。
「そうです。屋敷内で身を潜める程度でしたら、たとえ、あの厳重な警備の中でも、かろうじて、皆の目を盗んで、実行する事ができたでしょう」
「でも、その夜のうちに、妙子嬢は、賊の開いた偽のサーカスの最中に殺害されたらしくて、そのバラバラ死体は各所で見つかっておるのだよ」
「だから、それも賊の仕組んだ狡猾なトリックの一つなのです。その日のうちに、妙子さんの死骸が見つかれば、当然、その日に妙子さんが拉致されたと、誰もが考えるでしょう?賊は、皆がそう錯覚するように、わざと、このような過密スケジュールを組んだのですよ」
「だったら、サーカスで殺されたのは、妙子嬢じゃなかったのかね?本物の妙子嬢は、20日以降に、例えば、先日の、賊が堂々と攻めてきた時にでも、あらためて誘拐されたとでも言うのかね?あ、いや、そんな事はありえんよ。バラバラ死体の中からは、妙子嬢の特徴である三重渦状紋のついた指だって見つかったんだ。間もなく、正式な司法解剖の結果が出て、完全に確定するだろうとは思うが、これは疑いようのない話なのだ」ナカムラが、混乱しながら、唸った。
「別に、20日に拉致できなかったからと言って、20日以後に誘拐されたとも限らないでしょう?むしろ、僕の推理では、逆だと考えているのです。そう、本物の妙子さんは、20日前に、とうに屋敷からは居なくなっていたのです」
「何だって!」
「敵はマジシャンくずれだと言う事を忘れちゃいけません。物が消えてしまう手品だって、たいがいは、その瞬間に消滅するのではなくて、事前に、消す物はどこかに持ち去られていて、観客は、まだそこに有るものだと騙され続けているものです。今回の妙子さんの蒸発事件にしても、同じトリックが用いられたと推察される次第なのです」
「しかしだな、20日の消える直前まで、確かに、妙子嬢は、この屋敷にいたのだよ」
「その妙子さんは替え玉だったとは考えられませんか?」
「まさか!わしは、20日だって、何度も妙子嬢とは会ったが、間違いなく、それは妙子嬢だった」
ナカムラは、そこまで喋ってから、ハッとして、黙ったのだった。彼も、ある可能性に気付いたからである。
「もしかすると、ニジュウ面相が妙子さんに化けて、本物の妙子さんとすり替わっていたかもしれない、とおっしゃるのですね?」コバヤシが、静かに、アケチにと尋ねた。
「まあ、ニジュウ面相でも、この大役はこなせたのかもしれないんだけどね。でも、この件については、追い追い、正しい事実を明かしていく事にするよ」アケチは、全く余裕で答えるのであった。
やがて、廊下を歩き続けたアケチたちは、屋敷内の某所にと到着した。そこは、玉村親子が閉じ込められていた隠し部屋だった。今は、鑑識も済んで、一般の警官も自由に出入りしていい状態になっているのだ。
「20日に、妙子さんの替え玉が、誰にも見つからないようにして、身を隠した場所があるとすれば、この秘密の部屋がもっとも妥当なのかな。当時は、この部屋の存在は善太郎さんしか知らなかったのだし、絶対に他の人は入ってこない安全地帯だったのだからね」アケチは言った。
「二郎くんらの証言では、彼らがこの部屋に閉じ込められた時、先に中にいた人間とかは見当たらなかったと言う話だが」と、ナカムラ。
「それはですね、屋敷が賊に襲撃されて、大騒ぎになった頃、先にここに隠れていた人物は、そのドサクサにうまく紛れて、二郎さん達がここへ連れてこられる前に、別の場所へ移動しちゃったのですよ」
「その別の場所とは?」
「恐らく、その人物が最初に隠れていた秘密の場所でしょう」
こうして、アケチ探偵の一行は、再び、屋敷の中を歩いて、違う場所へと向かったのだった。
その途中で、ナカムラ警部が思い出したように口にした。
「そう言えば、鑑識の報告によると、さっきの秘密部屋のシェルターの中にあった備品の食料や水などが、少し減っていたそうだ。つまり、これは、事前に何者かが隠れていて、飲食した痕だったのか」
「そう。その人物は、この秘密部屋が本来はシェルターだったと言う事も知っていて、それで、自分のいっ時の隠れ場所にと選んだのでしょうね」と、アケチも言った。
そして、彼らは、今度は、妙子の部屋の中まで、やって来たのだった。
「おい、アケチくん。この部屋は、事件前も事件後も、それこそ、隅々まで調べたよ。ここに、まだ、誰かが隠れているなど、絶対にあり得ないよ」ナカムラが、呆れ気味に告げた。
「さあ、果たして、そうでしょうか。皆さんが調べたのは、表面だけだったのではありませんか」と、アケチは言い返した。
「じゃあ、どこが怪しいと言うのかね?」
「まず、謎の人物は、妙子さんの替え玉になる前に、この屋敷の中に、密かに侵入する必要がありました。正面から、訪問客のフリをして入ってこようとしても、正門での厳重な検問がありますから、まず通過する事はできません。かと言って、こっそりと塀を乗り越えようとしても、こちらも、塀の上には電流が流れてますので、突破するのは不可能です。だとすれば、何か、物の中にでも隠れて、正面の検問の目を欺くと言うのが、屋敷の中に秘密裏に潜り込むには、唯一の方法となるでしょう。さて、この部屋には、ここ何日かの間に、妙子さんへの誕生日プレゼントという名目で運び込まれた品物が、沢山あるのです」
そう告げて、アケチは、妙子の部屋の奥の衣装部屋の中に詰め込まれた、山のような量のプレゼントの箱を指さしたのだった。
「ちょっと、アケチくん。我々だって、これらのプレゼントは、持ち込まれた時点に、すぐに中身を点検したよ。でも、おかしいものは何も入っていなかった。君は、そこまで、警察の捜査力を信じてくれないのかね?」
「調べたと言っても、物品の性質上、表面だけをでしょう?箱の中にあるプレゼント品の内部までは、壊して、調べていないのでしょう?だって、そんな事をしたら、それが本物のプレゼントの品だった場合、あとで弁償沙汰にも成りかねないですからね」
そう言われて、ナカムラは口をつぐんだのだった。確かに、アケチの言う通りだったからである。
調子づいたアケチは、プレゼントの山の方に寄っていった。
「この屋敷全体がグチャグチャになってしまった以上、今さら、これらのプレゼントを壊し調べたところで、大きな問題にならないでしょう。さあ、あらためて、ここにあるプレゼント品を、片っぱしから、内側まで調べ上げる事にしましょう。まずは、人が丸ごと隠れる事ができそうな箱としては、この箱あたりが怪しいでしょうかね?」
アケチが最初に手をかけたのは、一辺が1メートル以上はある大サイズのダンボール箱だった。
「その箱には、確か、高価なオーディオセットが入っていた。金持ちにふさわしい最高級の巨大サイズのものだ。商品は、箱の中に隙間なく詰まっていたから、とうてい、人が隠れる余地はなかったよ。もちろん、二重底になっていないかどうかも、きちんとチェックした」と、ナカムラ。
「だから、品物の中身までは調べていないのでしょう?」
アケチは、そう言いながら、オーディオセットを覆っていた箱を取り除けてしまうと、さらに、オーディオセットそのものも乱暴に解体し始めたのだった。オーディオセットの背面の板を外してしまうと、
「ほおら、やっぱりだ!このオーディオセットの中身は、空っぽですよ。代わりに、賊が中に隠れていて、この部屋にまで運ばれてきたのです。オーディオの機械が詰まっていようと、人が中に隠れていようと、重さは同じ程度になるので、表面で確認しただけでは、それが分からなかったのです」アケチは、とても上機嫌に説明したのだった。
「ああ。なんて大胆な手口なのでしょう!」コバヤシが呆れ呟いた。
「賊にしてみれば、このプレゼントのトリックは、本番の事件を起こすまで秘密にできれば、それで良かったのです。逆に考えると、事件が起きない限りは、これらのプレゼントが、中身まで徹底的に調べられる心配もありませんでした。つまり、彼らにとっては、このプレゼントは、最高に理想的な隠れ場所だったのです」
ナカムラも、アケチの推理を、ただただ、呆気に取られて、聞き続けていたのだった。
そのアケチはと言えば、まだプレゼントの山を漁っているのである。
「おや。この絨毯も、なんだか、怪しそうだね」
そう呟きながら、アケチが次に手にしたのは、大きなペルシャ絨毯をグルグル巻きにしたものだった。
かなり大きなサイズの絨毯を何枚も重ねて丸めたものだったらしく、長さは2メートル以上もあり、その直径も軽く50センチを超えていた。
アケチは、この絨毯を丸く縛っていた紐を、何の躊躇もなく、ほどいてしまったのだった。絨毯は、床の上に、ぱあっと大きく広がってしまった。いや、ここで、またもや、驚きの事実が発覚したのだ。
「ああ、やっぱり!」と、アケチは叫んだ。「この絨毯がマトモだったのは上っ面だけで、内側は、ごっそり、くり抜いてありましたよ。これならば、小柄な人でしたら、窮屈でも、何とか、この空洞の中に隠れる事ができます。つまり、これらのプレゼント品を利用して、屋敷の中にと潜入した賊は、一人じゃなかったって事ですよ」
ほんの僅かな情報だけを元に、次々に犯人のトリックを解き明かしていくアケチ探偵の推理の超越ぶりには、ナカムラもコバヤシも、ひたすら、目を見張るばかりなのであった。




