復讐鬼の末路
こうして、ツキシマ海岸の岸壁では、コゴローと魔術師ひきいる魔術団の間で、大乱闘が始まったのである。
さすがは統率のとれた盗賊チームだけあり、コゴローが向かってくると分かった途端、魔術団のメンバーは、ボスの魔術師を守るべく、的確な包囲陣を作ったのだった。
まっすぐに魔術師めがけて飛びかかって行こうとしたコゴローに向かって、魔術団は次々に襲いかかっていった。そう簡単には、大事なボスを討ち取られたりはしないのである。
しかし、悲しいかな、コゴローになった時のアケチ探偵のパワーと格闘センスは、並はずれたものだった。多少は戦闘の心得はあったとしても、魔術団ていどの実力では、まるで歯が立たないのであった。
しかも、この時の魔術団のメンバーは、そもそも、戦う予定がなかった。ひそかに、この集合場所にまで逃げてきただけだったので、誰も拳銃などの武器は所持していなかったし、それ以前に、周囲の目をごまかす為に、すっかり一般人に成り切っていたのだった。
こんなんでは、元より、長い鉄棒を振り回して、戦う気まんまんだったコゴローなんかに対抗できるはずがなかったのだ。四方から飛びかかっていく魔術団の一味は、どいつもこいつも、コゴローに軽くあしらわれて、片っぱしから投げ飛ばされていたのだった。
このような不甲斐ない部下の姿を見ているうちに、そばで控えていた魔術師も、ついに本気になった。彼は、バッと、着ていたコートと山高帽を脱ぎ捨てた。中からは、いつもの白塗りの顔と道化師の衣装という、彼の正装が現われた。彼の顔は、鋭く、コゴローの方を睨みつけていた。
次の瞬間、魔術師は、道化服の中から、一丁のピストルを取り出した。彼だけは、手品師だけに、ちゃっかりと、武器を服の中にと隠し持っていたのである。
「諸君、どきなさい!」と、魔術師が命令した。
すると、その声に従って、たちまち、魔術団のメンバーは、コゴローのそばから離れたのだった。
魔術師の真ん前には、ポツンと、コゴロー一人が立っていた。その彼の方へと、魔術師の構えたピストルの銃口が一直線に向けられたのだ。遮へい物もなく、コゴローは、完全に、魔術師のピストルのいい的になっていた。なおかつ、魔術師の銃の腕前は一流なのである。
「さらばだ、アケチくん!今こそ、世紀のショータイムだ!題して『名探偵の死』!」魔術師は声を張り上げた。
コゴローはハッとしたが、すでに弾を回避できそうにはなかった。魔術師とコゴローの距離は近すぎたし、魔術師は絶対に撃ち仕損じるはずがないのだ。
魔術師の持ったピストルが火を吹いた。それは、一発でコゴローの急所を貫いたかと思われた。
ところが、ここで、意外な事が起きたのだった。
コゴローが、弾の飛んできた方向めがけて、とっさに、手に持った鉄棒を振り下ろしたのだ。すると、その鉄棒は、向かってきていた弾に、見事に当たってしまったのであった。つまり、コゴローは、弾を避けるのではなく、手にした棒で受け止めてしまったのである。
コゴローは、すました表情で、魔術師の方を睨んでみせた。
魔術師はと言えば、ちょっと呆気にとられている。
「ま、まさか!まぐれだ!そんな事ができるはずがない!」彼は叫んだ。
そして、魔術師は、コゴロー目がけて、再び、ピストルをぶっ放したのである。
結果は同じだった。
コゴローがブンと鉄棒を振ると、又しても、ピストルの弾丸は、この鉄棒にと当たってしまったのだ。コゴローは、敵の凶弾を、あっさり、受け止めてしまった訳である。
「嘘だ!ありえない!サーカスの見世物で、発砲した銃の弾を素手で受け止めたり、刀で弾き返したりするのは、全て、手品なのだ。実際には、弾丸の速さに人間の動作が追いつくはずもないし、絶対にできない芸当なのだ!」魔術師が、激しく訴えた。
コゴローはニンマリと笑った。
「ところが、できちゃうんだよ。この俺、コゴローのテクニックと最新科学を組み合わせればな。俺の持っている、この鉄棒だけど、実は、福田博士が開発してくれた特殊なマグネット棒なんだ。スイッチをオンにすれば、強烈な磁力を放って、棒の周辺20センチ以内の金属だったら、何でも引き付けてしまう。たとえ、飛んでる最中の鉄砲の弾であろうとね。それを、俺の人並み以上のスピードと動体視力でカバーする。音速で飛んでいる弾丸だろうと、俺の能力だったら、この鉄棒の20センチ以内にまで近付ける事ができるのさ。分かったかい。お前が、どんなに射撃の名手だろうと、この棒の前では無力なのさ」
コゴローは得意げに説明してみせたのだった。
魔術師は、悔しげに、顔をしかめた。彼も、プロの手品師だけに、解説されたら、すぐに仕掛けが理解できるのである。そして、無駄だと分かれば、これ以上の発砲はしなかったのだった。
代わりに、彼は、素早く、きびすを返した。勝てないと判断すれば、余計な抵抗もやめて、すぐに逃げ出す作戦にと切り替えたのである。
コゴローも、そんな魔術師の思惑を察知して、すぐに追い掛けようとした。だが、そのコゴローに対して、再び、魔術団のメンバーが、束になって、飛びかかってきたのである。彼らは、あくまでボスに忠実であり、自分たちが犠牲になってでも、コゴローを足止めするつもりなのだった。
魔術師は、自分の船の方へと向かっていた。彼は、岸壁の端にまで到着すると、ピストルに残っていた弾を全て発砲して、船を岸壁に結びつけていた綱を、岸壁から切り離してしまった。それから、魔術師は、コゴローほどの鮮やかさではないものの、大きくジャンプして、岸壁から船の甲板へと飛び移ってみせたのだった。彼は、この土壇場で、船を動かして、なおも逃走するつもりなのである。
コゴローは、急いで追い掛けたかったのだが、彼にしがみついてくる魔術団たちも必死だった。連中も、何とか、ボスを逃がす為の時間稼ぎをしているのである。こんな風に、魔術団にしつこく邪魔されていたのでは、さすがに、コゴローでも、魔術師を逃してしまいそうなのだ。
その時だった。陸地の三方から、パトカーのサイレンが響き渡り、この岸壁へと近づいてきた。ついに10分が経ったらしくて、警察の援軍がやって来たのである。
これには、コゴローも威勢を取り戻したし、魔術団も怯んだのだ。
岸壁に到着したパトカーの群れからは、すぐに沢山の警官が飛び出してきて、たちまち、魔術団のメンバーを捕らえていった。コゴローも、まといつかれる心配がなくなり、安心して、自由な状態になったのだ。
同じ頃、魔術師の方は、すでに、船の操縦席にまで乗り込んでいたようで、エンジン音を響かせたフェリー船がゆっくりと動き始めていた。コゴローが岸壁の端まで駆けつけた時には、その船は、岸壁からは、だいぶ離れてしまっていたのだ。もはや、コゴローの跳躍力でも、岸壁から船の甲板まで飛び移る事は無理だった。
でも、コゴローは、目ざとく、船の船尾から、岸壁に繋いでいた綱が垂れていたのに気が付いたのだ。
コゴローは、考えもせず、すぐに、海へと飛び込んでしまった。そして、フェリー船から海面に垂れ伸びていた、その綱の先へと飛びついたのである。
フェリー船は、もう、だいぶスピードを出して、走り始めていた。その船尾からは、長い綱が垂れっ放しになっており、その先にはコゴローが掴まっており、船に引っ張られる格好になったのだ。コゴローは、あくまで、どこまでも魔術師の後を追い続ける腹なのである。
フェリー船は、ぐんぐんスピードを上げて、トーキョー湾の中を暴走していた。恐らく、魔術師としても、コゴローを海へと振り落としたかったのだろうが、なかなかウマくいかないのだ。
「アケチコゴロウよ!あくまで、私を捕えるつもりなのか!」
スピーカーで拡大しているのか、フェリー船の中から、魔術師の大声が聞こえてきた。
「バカものめ!私は絶対に捕まりはしないし、玉村家への復讐を諦めたりもしない。たとえ、自分自身が死のうとも、その玉村家への憎しみの念だけは生き続けるのだ。恨みに燃える私の怨霊は、奴らを皆殺しにするまで消える事はない。私は魔術師だ。真のマジシャンは、死してもなお、偉大な魔法を使い続ける事ができるのだ。よおく覚えておくがいい。本当の復讐はこれからなのだ!」
トーキョー湾の海上には、水上警察のランチも出動し始めていたが、魔術師のフェリー船が、まだまだ、まるで速度を緩めようとしないものだから、なかなか近付けないでいた。コゴローだけが、無謀にも、フェリー船の後ろから垂れた綱に掴まって、懸命に、賊の船にしがみ続けていたのである。
やがて、魔術師のフェリー船の前には、大きな岩礁が見えてきた。かなり険しい形をした岩礁なのだ。こんな岩礁にと乗り上げてしまえば、船はたちまち座礁してしまうであろう。
だが、魔術師のフェリー船は、何の迷いもなく、スピードも落とさないで、その岩礁むかって、突進していた。
一体、どういう気なのであろう。これでは、自殺行為なのである。コゴローも道連れにして、魔術師は、本気で死ぬつもりなのであろうか。
そして、とうとう、それは現実となってしまったのだった。
魔術師のフェリー船は、真正面から、岩礁にと衝突してしまったのだ。スピードを出していたものだから、岩の上に乗り上げた程度では終わらなかった。船は、ものすごい勢いで、岩礁にとぶち当たり、そのまま爆発して、船体からは火も噴いてしまったのだ。
コゴローは、抜群の反射神経で、船が岩礁にぶつかる寸前に、綱から手を放した。よって、この悲惨な激突事故には巻き込まれないで済んだのであった。
船のあちこちが炸裂して、炎と煙が巻き上がり、ものすごい轟音が周囲にと響き渡った。
コゴローは、岩礁のすぐ近くの海面にと浮かびながら、呆然とした顔で、燃え上がる船を眺めていた。それは、もし船内に人がいれば、とても助からないであろうと、彼にも思えたほどの惨状なのだった。
現実の日付と作中の日付がシンクロしているのは、ここまで。




