玉村親子の救出
それは、まさに、劇的なタイミングの再会だった。
「コゴローさん!良かった!生きてたんですね!」コバヤシ青年は、涙を流しながら、喜んだ。
「ほ、本物のアケチくんのようだね?それにしても、なんて格好をしておるのだ?今まで、どこに行っておったのかね?」ナカムラ警部も、呆れながら、コゴローに尋ねた。
「へへへ。俺とした事が、ちょっと、ドジを踏んじまってね。暗黒星の奴らに、うっかり、捕まっちまったんだ。そのまま、船で太平洋まで連れて行かれちゃったんだよ」コゴローが、照れ臭そうに、鼻の頭をこすってみせた。
「それで、よく、逃げ出せたものだな」
「それがさ、この俺だって、さすがに危なかったんだよ。太平洋のど真ん中で、海の中に突き落とされたんだ。とっさにコゴローに変わったから、すぐには溺れ死にはしなかったものの、そのあと、三日三晩、泳ぎ続けた。ようやく、日本の海岸に泳ぎ着いたのはいいが、その場所がどこなのかが分からない。迷いながらも、あちこちをさまよって、ようやく、この屋敷にまでたどり着いたって訳さ」
コゴローが明かした話には、コバヤシもナカムラ警部も、ただただ、呆気にとられるばかりなのであった。
「でも、とにかく、コゴローさんが無事で良かったです」コバヤシは、心を込めて、告げた。
「おっと。無駄話はあとだ。見たところ、俺のパワーが必要な事態でも起きてるんじゃないのかい?俺も、ずっと泳いだり、走ったりし続けていたから、そろそろ、コゴローの状態でいるのも限界なんだ。もし、俺の力が入りようだったら、さっさと、指示の方をお願いするぜ」コゴローは、ニッと笑って、言った。
「おお、そうだ、そうだ!アケチくん。この壁の中に隠し部屋があって、そこに玉村さんの一家が閉じ込められているようなのだよ」ハッとして、ナカムラが、問題の壁を指さした。
「なるほど。そう言う事か」
と、呟くなり、コゴローは、その件の壁めがけて、勢いよく、突進していったのだった。
これには、コバヤシもナカムラも驚いた。コゴローのやる事は、毎度の事ながら、あまりにも、ストレートすぎるのである。
だが、コゴローの体当たりの一撃で、たちまち、壁には大きさ裂け目ができてしまったのだった。けっこう分厚かった壁にも関わらずだ。
コゴローが、数回、タックルした事で、壁には、とうとう、大きな穴が開いてしまった。人がくぐれるほどの広い穴である。コゴローがいれば、困難な力仕事も、いとも簡単に終わってしまうのだ。
「さすがです、コゴローさん!」コバヤシが歓喜した。
「よくやってくれた!アケチくん」と、ナカムラ警部もコゴローを讃えた。
コゴローの方も、実に得意げなのである。
こうして、彼らは、コゴローが作ってくれた穴を使って、その壁の奥にあった隠し部屋へと入ってみたのだった。
そこには、まさしく、幅1メートルほどの空間が広がっていた。全く、何も置かれていない、質素なスペースである。のちに分かった事なのだが、この隠し部屋への実際の秘密の出入り口は、さらに向こう側の壁の方にと設置されていたのであった。隠し扉がない方の壁の外側に「0」の数字を提示しておく事で、暗黒星は、よけいに捜査を混乱させようと目論んでいたのである。
とにかく、ナカムラたちは、暗黒星の企みなど物ともせず、この隠し部屋へと、一直線に突入してしまった。
ところが、部屋に入れば入ったで、皆は、再び、困惑してしまったのである。
この部屋には、何もないだけではなく、予想していた玉村親子の姿も見当たらなかったからだ。
ただし、部屋の中央に、セメントが固まりになって、大きく盛り上がっていた。即効性のセメントらしく、この場所に置かれて、乾いて、固まってから、間もないような雰囲気なのだ。
よく見ると、この部屋のはしの方には、鉄製のハシゴも置きっ放しになっていた。
これらの遺留された物品は、果たして、一体、何を意味していたのだろうか。
「分かった!このセメントの固まりの下には、もともと、地下に下りる為の扉があったんですよ!このセメントは、その扉を塗り塞いだ跡です。だとすれば、玉村さん達がいるのは、この部屋の真下です!」とっさに推理を働かせたコバヤシが、そう叫んだのだった。
「何だと?この下に?それじゃ、助けるのは一苦労じゃないか!それも、扉の上に、こんなにもセメントを盛り上げられたのでは、これを取り除くだけでも、建設用の機械が必要になってしまう」ナカムラがおののいた。
そうなのだ。暗黒星の手口は、どこまでも用意周到なのであり、たかが隠し部屋を見つけたぐらいでは、すぐには犠牲者の玉村親子を助け出せられないようにしていたのである。
「ほほう。敵も、なかなか用心深いじゃねえか!」と、コゴローだけが、不敵にうそぶいていた。
そんな時、ようやく、大きなハンマーを手にした警官が、この場所に到着したのだった。元々は、この壁を叩き破る為のハンマーを持ってきたのである。
「よおし!お前、それを貸せ!」
と、コゴローは、いきなり、警官の持ってきたハンマーを奪い取った。
「アケチくん。何をするのかね?」ナカムラがおののいた。
もちろん、ご想像どおりだが、コゴローは、ハンマーを手に入れるなり、そのハンマーで、盛り上がったセメントをぶっ叩き出したのだった。
それは、とても無謀な行為にも見えた。すっかり固くなったセメントを、人力だけで叩き割って、全部、取り去ってしまおうと言うのである。それは、あまりに時間がかかり過ぎる作業なのだ。多少は待たされたとしても、正式な掘削機械を取り寄せて、それを用いて、セメントを砕いた方が早く作業が終わりそうな感じもした。
だが、コゴローのパワーに不可能はないのであった。彼が、全力を込めて、ハンマーを振り下ろすと、なんと、鉄のように固くなっていたセメントが、どんどんヒビが入って、砕け始めたのだ。
ナカムラもコバヤシも、すっかり驚がくして、その様子を眺めていた。
そして、ついには、コゴローの力技の前に、あれほど頑丈に見えたセメントの固まりも、とうとう、砕け散り出したのである!コゴローも手を休めずに、どんどん、ハンマーを打ち続けた。すると、みるみるうちに、セメントは砕き飛ばされて、取り除かれていき、間もなく、そのセメントの下にあった鉄の扉も次第に見えてきたのだった。
それでも、コゴローは、まだまだ、手を休めようとしなかった。セメントのほとんどが叩き散らされてしまったにも関わらず、コゴローは、なおもハンマーを振り下ろし続けた。そうして、しまいには、鉄の扉をも叩き潰しだして、とうとう、その扉すらも叩き壊して、弾き飛ばしてしまったのだ。
コゴローは、たった一人の力で、全ての破壊作業を終えてしまったのだった。ここで、ようやく、彼は、ハンマーを持つ手を休めたのである。
さて、コゴローの活躍を讃えたいところだが、ここは、ひとまず、玉村親子の救出の方が先なのだ。
ナカムラもコバヤシも、扉が取り去られた跡に出来た穴へと、急いで、走り寄った。
「あれ?この地下の部屋には、水が溜まっていますよ」
「うむ。何やら、バシャバシャと音が聞こえてくるようだが」
「あ!人ですよ、人!水面に人間が浮いているんです!一人じゃありません。何人か、います。もしかして、玉村さん達じゃありませんか?」
コバヤシたちの推測どおりだった。
そこは、まさに、玉村親子が閉じ込めれていた地下シェルターだったのである。しかも、かなり危ない状態だったのだ。すでに、賊の仕掛けたトラップである放水は、部屋の3メートルぐらいの高さまで入り込んでいた。今、玉村親子は、その水の詰まった部屋の中を、立ち泳ぎで、必死に耐えていた最中だったのである。全く、もう、体力の限界が近づいていたところだった。助かる希望さえ失いかけていた。水が部屋を天井まで埋め尽くしてしまうのも直前であり、もし、悠長に掘削機械が届くのを待っていたならば、間に合わなかったかもしれないのである!
彼らの救出については、さっそく、ナカムラ警部の指揮で、迅速に進められる事になったのだった。泳ぎや救命作業が得意な警官だって、沢山いる。たちまち、玉村親子の三人は、彼ら警察の手によって、無事に助け出された次第なのだった。
玉村親子の救出活動の流れは、大体、以上のようであり、もっと細かく記す必要もないであろう。
こうして、やっと安心できた事により、コバヤシも、ようやく、功労者のコゴローの方に目を向けて、あらためて再会を喜んだのである。
コゴローは、すっかり力を使い果たしたらしく、隠し部屋の片隅の方で、ぐったりと座り込んでいた。彼のそばへと、笑顔のコバヤシが寄っていった。
「お帰りなさい、アケチ先生。そして、この度のご活躍も、実にお見事でした。やっぱり、先生は、世界一の名探偵です」コバヤシは、そう賞賛しながら、コゴローへと微笑んだ。
「俺も、こうやって起きているのは、そろそろ限界のようだな。ヨシオ、あとは頼んだぜ」と、疲労しきっていたコゴローも、ニコリと笑った。「なあ、ヨシオ。一つ、お願いがある。実はな、このトーキョーの近くの港に、不審な船が停泊してるんじゃないかと思うんだ。もし、あれば、それこそが、きっと、俺を誘拐した賊のアジトの船だ。そこで、お前に命令するが、お前の推理でだな、その船を探し出してほしいんだよ。で、今度、目覚めた時には、俺はその船に乗り込んでいって、連中を一掃してやろうと考えている。残念な事に、今の俺では、お目当の船を絞り込んで、見つけてやるだけの推理力が働かないんだ。だから、任せたぜ」
それだけを口にすると、どうやら、ホッとしたのか、コゴローは静かに眠りにと入っていったのだった。




