魔術師の告白
今から30年前の私は、上流社会では、ちょっとした名士であった。当時の私の名は、奥村源造と言った。亡くなった父の莫大な財産を譲り受けて、まだ20歳そこそこの年齢だったにも関わらず、私は、国内でも有数の億万長者の一人にと名を連ねたのである。
もっとも、私は、財界とか金儲けなどには、まるで興味がなかった。働かなくても、父の残してくれた遺産だけで、いくらでも十分に遊んで暮らす事ができたし、私は、悠々自適に、ひたすら、自分の趣味だけに没頭して、面白楽しく過ごしていたのだ。
そんな私は、ある時、一人の精力的な商人と知り合った。その男は、私よりも少し年上だったのだが、やはり、私と同じように、死んだばかりの父から宝石商の職業と資産を引き継いでおり、そんな共通点にも惹かれて、私は、彼と次第に親しくなっていったのだった。
この男こそが、若き日の玉村善太郎だったのである。
善太郎は、浮世離れした私とは違い、とにかく、野心的だった。自分がまだまだ貧弱な規模の宝石商だった為に、真の力のある金持ちに対してコンプレックスとかも抱いていたのであろう。彼の心の内には、実際には、常に、成功への野望ばかりが燃えていたのである。
善太郎は、彼の方から、積極的に、私にと近付いてきた。私も、宝石のコレクションなどを所有していたので、宝石商だった善太郎とは、けっこう話が合ったのである。歳が近かった点でも、私には、善太郎がなおさら親しみやすくも感じられたのだった。
こうして、私と善太郎は、どんどん仲良くなっていったのだ。いつしか、私たちは、周囲も認めるような親友の関係にと変わっていったのだった。一人っ子だった私にとっては、善太郎は、とても頼れる兄のような存在にも思えたのである。
善太郎は、私を喜ばせる目的で、次から次へと、素晴らしいイベントを企画して、提供してくれた。その事もまた、私が彼を好きになり、心底から信じ切ってしまった一因にもなったのだった。
善太郎が提案するイベントや遊びの中には、時には、完全に法に触れてしまうものすらも有った。だが、その危険な香りが、ますます、刺激があり、私を楽しませ、どっぷりと浸らせる事となったのである。
さて、私の数多い趣味の一つに、遺物巡りと言うものがあった。私は、昔の人が作った建築物や造形物に、ほのかなロマンを感じるような人間だったのである。
そこで、善太郎は、私に、九州のS市にある大牟田家の霊廟ツアーなんてものをプレゼンしてきたのだった。大牟田家と言うのは、かつてS市を支配していた豪族だ。彼らは、山の中にほら穴を掘り、その中を自分たちの霊廟に使うと言う、独特な風習を持っていたのである。
あいにく、大牟田家はすでに衰退しており、その霊廟の方も、完全に遺物と化していた。市の名所には指定されているものの、霊廟の中に入る事までは禁じられている。ところが、善太郎ときたら、この霊廟の入り口の鍵のレプリカを極秘に手に入れたと言うのであった。
それが何を意味するのか、君たちには分かるであろうか?つまり、善太郎は、非合法な、大牟田家の霊廟の内部への探検ツアーを、私に持ちかけてきたのだった。遺物マニアにとって、こんな冒険が出来るのは、実に、又とないチャンスなのである。
私は、全く躊躇う事もなく、善太郎の誘いを受け入れてしまったのだった。
そして、いよいよ、S市へと、霊廟ツアーをする日がやって来た。しかし、私たちは、あえて、周囲には、トーキョーの近くのアタミ市へ遊びに行くと、嘘の情報を広めておいたのだった。大牟田家の霊廟の中に忍び込むのは、あくまで犯罪なので、皆には内緒にしておく必要があったからだ。
そんな訳で、実際に、このS市への霊廟ツアーに参加したのは、私と、善太郎と、それに、私の愛人だった瑠璃子の三人だった。瑠璃子も、私にとっては、もっとも信頼できる人間の一人であった。彼女のおなかには、すでに私の子供もいて、近いうちに結婚する事だって約束していた間柄だったのだ。
私たちは、このようにして、巧みに、誰にも見つからないようにして、墓荒らし同然の霊廟の探検を敢行したのであった。善太郎の手際は良く、私たちは、まんまと、大牟田家の霊廟の中へと侵入する事に成功した。まるで、古代の王族の古墳を暴くような興奮に満ちた冒険なのだ。
しかし、そこまでであった。
このあと、私は、なぜか、記憶が飛んでしまったのである。
気が付くと、私は、真っ暗な洞窟の中にいた。いや、そこは、大牟田家の霊廟の中だったのだが、全ての過去の記憶を失っていた私には、それが分からなかったのだ。自分が何者なのかも思い出せなかった。その状態で、こんな暗い墓場の中にいたのだから、その恐怖がどれほどのものか、果たして、お分かりいただけるだろうか。
私は、やみくもに歩き回って、ついに、霊廟の入り口にまでたどり着いた。だが、その出入り口の扉は完全に閉まっていた。どんなに押しても、ビクともしない。そう、私は、この霊廟の中に閉じ込められていたのである。この絶対に逃げられない状況を知って、私の恐怖心はますます膨れ上がったのだ。
私は、周囲の状態を把握した事で、ようやく、自分のことも考えられるようになった。頭がズキズキするのだ。頭頂を触ってみると、血まみれになっていたのか、触った手がヌルヌルになってしまった。どうやら、私は、血が出るほど強く頭をぶつけたらしい。そして、その結果、気を失ったし、その間に、記憶喪失にもなってしまったらしいのであった。
いろいろな事情は分かってきたが、依然として、この危機的境遇から脱する希望はなかった。このままでは、私は、人知れず、この霊廟の中で朽ち果ててしまう事になるのだろう。私のショックと恐怖はピークにと達した。
その時だった。
「おい。そこにいるのは誰だ?」
そんな男の声とともに、薄暗いランプの光が私の姿を照らした。
なんと言う奇跡であろう。こんな廃れた霊廟の中に侵入してきた者がいたのである。やはり、非合法に、この霊廟内に出入りしていた人物なのであった。偶然にも、私は、彼らと出会う事ができたのだ。
彼らの方も、まさか、こんな場所に人がいたとは思っていなかったらしくて、とても驚いたようである。だが、彼らは、親切にも、私のことを一緒に外へと連れ出して、救い出してくれたのであった。
もっとも、私の方は、記憶のない謎の人物のままなのである。その扱いに困った、私の救い主たちは、私のことを、自分たちの船へと乗せ、船員の一人として雇用する事にしたのだった。
実は、彼らは海賊だったのだ。30年前はそうとう悪名が高かった朱凌谿と言う海賊団である。彼らは、東の海を荒らし回り、奪い集めた財宝の数々を、あの大牟田家の霊廟の中へとしまい込んでいたのだった。連中は、入り口とは別に、違う場所から抜け道を掘り、そこから霊廟内に忍び込んでいた訳である。
霊廟の中の私と出会った時も、彼らは、たまった財宝を、大牟田家の霊廟に隠しに来たところだったのであった。そんな時に、うまく鉢合わせになれたなんて、全く、私は運が良かったのである。
もともと、朱凌谿の一味は、横暴な独裁政治を敷く本国へのレジンスタンスとして活動を始めた海賊だったので、義に厚く、弱者の味方だった。だから、不幸な身の上の私のことも、憐れんでくれて、何も言わずに、自分の船に引き取ってくれたのだ。
私が霊廟の中で味わった恐怖は、想像以上のものだったらしい。朱凌谿に救われた時、私の髪は全て白くなっていた。この髪は、のちに、一本も黒色に戻る事はなかった。この事が、ますます、海賊たちが私に同情する理由となり、私は海賊船に温かく受け入れられる事となったのである。
記憶が無いながらも、それからの長い期間は、私は、海賊の子分の一人となって、実直に働き続けた。親分の朱凌谿に付き従って、ともに、東の海を航海したのである。
朱凌谿は、表の世界では、悪い海賊として恐れられていたが、一個の人間としては、大変な人格者だった。私が正直者として、彼に忠誠を誓い、気に入られると、彼の方も、さまざまな生きる術やテクニックを、私に教えてくれたのである。
朱凌谿の前身は、サーカス団の親方だった。そのサーカス団の頃の曲芸やマジックなどの技術を海賊業に生かしたからこそ、彼は優れた海賊王になる事ができたのだ。朱凌谿は、暇を見て、私にも、それらのサーカスの見世物のノウハウを教えてくれた。私は、飲み込みも良く、教わる事を片っぱしから習得していったものだから、朱凌谿の方も教え甲斐があっただろう。私の方も、この時、朱凌谿から学んだ技能や知識が、のちに強盗団を結成してから、大いに役立つ事となったのだ。
さて、このように、私は、しばらくの間、海賊としての新しい生活を送っていたのだが、ある時、突然に記憶がよみがえる事となったのだった。なんて事ない。うっかりしてマストから落ちた時のショックで、資産家の奥村源造だった時の記憶が、何もかも復活したのである。
そうと分かれば、私も、急いで、朱凌谿に全ての真実を話して、日本への寄港をお願いしたのだった。
前にも書いたように、朱凌谿は、義に厚く、話の分かる男なのだ。私の打ち明け話に納得した彼は、さっそく、海賊船の進路を日本へと向けてくれたのであった。私が彼らに拾われてから、およそ10年後の話だ。
私は、海賊船から下りると、密かに日本へと上陸した。この10年のブランクは、やはり、長かったと言えよう。私は、自分が奥村源造である事を、皆にどう認知してもらえばいいか、その方法が分からなかった。そこで、まず最初に、身元不明の密入国者のままで、現在の情報収集から始めたのだが、そこで、驚くべき事実が判明したのだった。
なんと、私、奥村源造は、10年前に、アタミのカガミヶ浦で海難事故に会い、死体が見つからないまま、死んだ事になっていたのである。その証人が、善太郎と瑠璃子の二人だった。確かに、私たちは、S市への霊廟ツアーの事を隠す為に、周囲には、アタミに遊びに行った事にしていたので、私の失踪についても、このような形で説明されたとしても、他の人々は疑わなかったのかもしれないが、でも、よく考えたら、これはオカシくはなかろうか。
私は、きっと、霊廟の中で、一人だけ遭難してしまったのだろうと思う。だとすれば、私を助ける為だったら、たとえ霊廟への不法侵入の事実がバレようとも、善太郎と瑠璃子の二人は、私が霊廟内で行方不明になった事を、警察に伝えて、捜索隊を派遣してもらっても、良かったのではなかろうか?もし、そのような方向で救助の話が進んでいれば、私は、朱凌谿に出会わなくたって、先に無事に救出されていたかもしれないのだ。
そして、もっと奇妙な事に、私の海難事故のニュースを詳しく調べると、死亡扱いされた私の財産は、全て、善太郎が受け継いだ事になっていた。それどころか、善太郎は、私の愛人の瑠璃子の身すらも引き取っていたのだ。
あまりにも、ヘンな話だとは思わないだろうか。きちんと霊廟内さえ捜索してくれれば、私は助かっていたはずなのに、善太郎のヤツは、それもしないで、私の死後の始末ばかりを、当たり前のように、自分に都合よく、手際よく進めていたのである。そして、その結果として、もっとも得した人物とは、つまり、善太郎ただ一人なのだ。
私は、ようやく、善太郎の本性に気が付いたのだった。この男は、最初っから、私から財産を巻き上げるのが目当てで、私に接近してきたのである。となれば、S市への霊廟ツアーだって、実は、仕組まれた計画だったようにも思えてくるし、私は霊廟内で遭難したのではなく、意図的に、善太郎に殺されかけた、と言うシナリオも、うっすらと浮かび上がってくるのだ。そう、私は、霊廟の中で、不意打ちで善太郎に殴られて、気絶した状態だったのを、そのまま置いてけぼりにされたのかもしれない。私たちが大牟田家の霊廟に侵入していた事は、他の人は誰も知らない訳だから、ここで私を抹殺してしまえば、まさに完全犯罪の成立なのである。いや、まさしく、私は、まんまと、この巧みな犯罪のエジキになってしまっていたのだ。
私は、善太郎への怒りで逆上した。だが、気付くのが、あまりにも遅すぎたのだった。
今ごろになって、私が、自分こそが奥村源造だと名乗り出たところで、果たして、皆に信じてもらえるであろうか?今の私は、風貌もすっかり変わってしまったし、やっている事も密入国者で、奥村源造の証しを何も持っていないのだ。どんなに当時の思い出話を語ってみたところで、それだけでは奥村源造の真の証拠としては乏しく、奥村源造のフリをした偽物として、門前払いされてしまうかもしれない。残念ながら、指紋などの確実なデータだって、資産家時代の私のものが、まだどこかに残っていたとは思えず、私は、自分の身元証明をしたくても、すっかり、お手上げの状態だったのだ。
哀れにも、せっかく生還してきたにも関わらず、私には、元の奥村源造にと戻れる見込みが、何一つ無かった訳であった。
この時から、私は、復讐の鬼に変わった。こうなったら、たとえ犯罪者になろうとも、社会の正義に反そうとも、ただ、善太郎に制裁を加える事だけに、私は、残りの人生を捧げる決心をしたのである。
私の最大の復讐のチャンスは、ちょうど21年前に訪れた。この年、善太郎のもとには、新しい子供が生まれたのだ。善太郎は、私を踏み台にしておきながら、自分では幸せな家庭を築き、すでに二人の男児をもうけていた。そして、まだまだ、愛する我が子を増やすつもりでいたのである。
実は、私と瑠璃子の間に出来たらしい子供は、善太郎にと引き取られていた。綾子と名付けられた、その女児は、なんと、善太郎が私の財産を引き継ぐ為の道具に使われたのだった。可哀想な綾子よ。何も知らずに、まさか、実の父の仇のもとで育てられただなんて!きっと、血の繋がらぬ義父の手によって、さぞ、虐げられて、辛い生活を送っていた事なのであろう。
この時期は、瑠璃子の方はすでに亡くなっていたので、私の愛慕の念は、全て、この綾子にと向けられる事になった。善太郎への復讐とは別に、どうか、我が子の顔をじかに見たい、と私はずっと願い続けていたのだった。
しかし、狡猾なる善太郎の身の守り方は鉄壁で、彼の家族の身辺警護についても並ならぬ力の入れようで、私は、なかなか、綾子のそばに近づく事ができなかったのである。
そこで、善太郎の一家のもとでは、新たな生命が生まれる事となったのだった。
これは、絶好の機会であった。まだ生まれていない子供の方が、その周辺の警備は甘かったのだ。産婦人科病院の中ならば、なんとか、善太郎の家族にも接近ができそうなのだった。
そこで、私は一計を案じた。私の目的は二つである。一つは、我が娘の綾子と水入らずで対面する事。もう一つは、善太郎自身に、私を殺そうとした過去の罪を自白させる事だ。
その実現の為の切り札として、私は、善太郎の生まれたばかりの赤ちゃんを利用する事にしたのであった。
出産した直後ならば、病院の方もバタバタしていて、つけいる隙もあるのだ。私は、病院の看護師を買収して、善太郎の赤ちゃんを盗ませる事を思い立った。そして、この盗んだ赤ちゃんを返してやる事を交換条件にして、先の二つの要求を善太郎にと突きつける事にしたのである。
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「こんな話、ウソだあ!デタラメだ!」
と、ここまで聞いて、善太郎が、顔が真っ赤にして、怒り出したのだった。彼の手には、箒が握られていた。その箒を振り上げて、彼はボイスレコーダーを叩き壊そうとしたのだ。
「お父さん、待ってよ!ウソでもいいから、最後まで聞いてみようよ!なぜ、そんなに怒るんだ?もしかすると、この内容は、どれも真実だったのかい?実は、俺たちには知られたくなかったような話なのか?」
そう言って、二郎が、慌てて、善太郎の行動を制止しようとしたのだが、間に合わなかった。
善太郎は、勢いよく、箒を振り下ろしたのである。箒の先の一撃を受けたボイスレコーダーは、あっけなく、弾き飛んだ。その内側の機械は壊れ、中から聞こえてきた魔術師の声も止まってしまったのだった。
ほんの僅かな間だけ、部屋の中は静まり返った。
だが、次の瞬間、部屋の天井に近い壁の一角がボンと爆発したのである。
ギョッとして、善太郎も二郎も、音がした方に目を向けた。
果たして、何が起きたのだろう?爆発した壁には、見事に、大きな穴が開いてしまっていた。その穴の奥の方からは、何やら、ゴボゴボと言う音が響いてくるのである。
そして、続けて、その穴からは、力強く、大量の水が噴き出してきたのだった。




