怪しい手紙
アケチ、コバヤシ、二郎の三人が時計塔から下りてくると、塔の入り口では、善太郎が、駆けつけてきた使用人を前にして、不快げな顔をしていた。
「どうしましたか」と、アケチが善太郎に尋ねた。
「ちょうどいい。アケチくん、話を聞いてくれるかね。この使用人が言うには、何やら、今、ヘンな手紙が届いていたと言うのだよ」善太郎は言った。
「その手紙は、ここにありますか」と、アケチ。
使用人は、問題の手紙を持ってきていたらしく、それをアケチの方へ差し出した。一見、普通の白い封筒で、表の面には、宛先として善太郎の名前が書かれていた。
「拝見してもいいですか?」
アケチの言葉に善太郎が頷いたので、アケチはすぐに手袋をはめた。この手紙は証拠物件になる可能性があるので、自身の指紋をつけない為である。手紙を受け取ると、アケチは、まずは、軽く、封筒を見回した。
「ほほう。差出人の名前が書かれていない訳ですね。でも、代わりに、封筒の裏面には、あの黒い放射状の線のマークがプリントされています。これは、例の暗黒星のシンボルですよ。どうやら、この手紙は暗黒星が送ってよこしたものと考えて、間違いないですね」
アケチはせせら笑った。彼にとっては、この程度の事件が起きる事は、すでに想定内だったのである。
「中を覗いてもいいですか?」と、アケチ。
「構わんよ。君の手で開けてくれ」善太郎が、全てをアケチに任せた。
薄っぺらい手紙だったので、中に危険物が入っていた恐れはあるまい。それでも、アケチは、慎重に、封筒の先端を破った。そして、手袋をつけた指で、ゆっくりと、封筒の中にあった紙を引っ張り出したのである。
それは、一枚の白い半紙だった。アケチが、その半紙のはしを摘んで、下に垂らしてみると、そこには、真っ黒な色で、大きく、太く、「10」と書かれていたのだ。
この奇妙なメッセージには、この場にいる全員が首をかしげたのである。
「善太郎さん。10という数に、何か、思い当たる事はありませんか」
「いきなり、そんな事を聞かれても・・・」と、善太郎が口ごもった。
「そうだよ。やっぱり、ただのタチの悪いイタズラだったんじゃないのかい?」二郎が言った。
「それでしたら、ひと安心なんですがね。ひとまず、この手紙は、鑑識に回しておく事にしましょう。もっとも、犯人が暗黒星なら、多分、何の手がかりも残してないでしょうがね」
ナカムラ警部の元へ持って行かせる為に、アケチは、その手紙をコバヤシへと手渡した。やはり、すでに手袋をはめていたコバヤシは、手紙を受け取ると、すぐに駆け出したのである。
「一見、意味不明の手紙みたいでしたが、犯人は一つだけヒントを与えてくれていましたね」コバヤシが走り去ったあと、アケチは、サラリと、そう口にしたのだった。
「え!どこに?だって、数字以外、何も書かれていなかったのでは?」二郎が驚いた。
「消印ですよ。消印の地名がS市になっていました。S市と言えば、九州です。何の理由もなければ、わざわざ、そんな場所から手紙を出すはずもないでしょう?」
「ああ、なるほど!」と、二郎は感心した。
「S市と聞いて、何か、思いつく事はありませんか?」
「いいえ。うちの家族は九州に旅行した事はあっても、S市を訪れた事はないよ。会社の取引先にも、S市の関係者はいなかったはず。ねえ、そうだよね、お父さん」
二郎は、気さくに、父の善太郎にと話しかけた。
ところが、善太郎は、少し気難しい表情を浮かべていたのである。
「あれ。お父さんは、何か、知っている事でも?」
「いや。わしも、何も知らんよ」善太郎は、急いで答えたのだった。
だが、善太郎のこの僅かな動揺を、名探偵のアケチは、決して見逃してはいなかったのである。
その夜から、アケチ探偵とコバヤシ助手の二人は、玉村家の豪邸に泊まり込んで、住み込みの状態で、彼ら家族の護衛につく事になったのだった。
家長の善太郎が、自分の屋敷の防犯システムに絶対の自信を持っていたのは確かだったが、それでも、家族4人を全員守るとなると、さらに私立探偵のガードマンをつけておいても、決して用心し過ぎではないのだ。そして、アケチ探偵の方も、強敵・暗黒星に対する闘志に燃えていて、今回の事件には、すごく積極的だったのである。
アケチとコバヤシには、休憩場所として、広い客間の一つがあてがわれた。その夜も、二人は、その自分たちの専用の部屋で、用意されていたベッドにて、頭を並べて、睡眠をとったのである。
ただし、二人は、消灯してからも、しばらくは眠らなかった。二人とも、新たな冒険が始まった事に対して、ひどく興奮しており、まだまだ、いろいろな事を喋り足りなかったのだ。
「鑑識の分析によると、昼間、届いた暗黒星の手紙からは、やはり、何の手がかりも見つからなかった。全く、想像した通りの手ごわい相手だよ」と、アケチが言った。
「唯一の糸口が、その手紙の消印が九州だった点なんでしょう?」と、コバヤシ。
「そうだ」
「でも、捜査を撹乱させる為の陽動だった可能性もあるのでは?」
「暗黒星は、前にも一度、警視庁の方に手紙を送ってよこしているんだ。その時の手紙は、トーキョーの隣のサイタマ県の消印となっていた。捜査の撹乱が目的の陽動だったのなら、この程度の離れた距離で十分さ。しかし、九州と言うのは、少し遠すぎる。恐らくは、誰かがこの消印に注目するのを見越した上で、わざとS市を選んだんだ。それに、善太郎氏が少し動揺していたのも気になるな」
「なるほど。そういう訳でしたか」
「いずれ、謎を解くために、S市の方にも出向く事にもなるかもしれないな」
「確かに、善太郎さんは、どこか挙動が不審ですよね。何かを知っているのに、わざと隠しているみたい。この屋敷の防犯設備の徹底ぶりだって、凄かったもん。ぼく、刑務所かと思っちゃいましたよ」
「実は、そのへんも気に掛かる部分なんだよな。この玉村邸が、いつ頃、建てられたかも調べてみたんだ。すると、だいたい、30年前だった。その時期といえば、善太郎氏も、まだ若くて、がむしゃらに働いていて、そのダーティな仕事ぶりで、ひそかに悪い噂も広まっていた頃なんだ。もしかすると、善太郎氏は、その当時から、自分の悪行ぶりをうっすらと自覚していて、自分の犠牲者による復讐を恐れていたのかもしれない」
「つまり、善太郎さんは、自分の身を守るために、こんな厳重な警護の屋敷を建てたと言うのですか」
「多分、そうだ。ほら、善太郎氏の親友の奥村源造氏が、海難事故で亡くなった事件があっただろう?この事故の1年後に、この屋敷の建設が始まっているんだ。もしかすると、奥村氏の事故も、どこかで善太郎氏と繋がっているのかもしれないな。まあ、現段階では推測に過ぎないのだけどね」
とまあ、この名探偵の師弟にかかれば、今起きている玉村家の事件についても、すでに、こんなところまで調査と推理が進んでいたのである。
「コバヤシくん。君は、引き続き、この屋敷の敷地全般の見回りの方を頼んだよ。僕は、玉村家の家族一人一人に話を伺いながら、彼らの警護に当たってみる事にするよ」
「分かりました、先生」
そして、二人は、ようやく、話し合いを終えて、部屋の電気を暗くしたのだった。




