暗黒星の襲撃
玉村家の敷地内への唯一の入り口である正面門は、厚さ約30センチの鋼鉄製の扉だった。普段はガッチリと閉じられていて、猫の子一匹くぐる事はできない。もちろん、玉村の家族の者や関係者だって、このままの状態では、そのまま通過する事は出来ないのだ。
この門のすぐ内側には、門番の小部屋が設置されていた。門の外に到着した来客や玉村の家族自身も、外よりインターホンでこの門番小屋へと連絡を取って、この門を開いてもらうのであった。いちおう、門は電動式だった。何トンもの重さのある鉄の扉は、さすがに人力だけで開けるのは困難だったのだ。
そんな訳で、この門こそが、玉村邸への不法侵入者を阻止する最大の要だったのだが、その余りの鉄壁さゆえに、門番たちの緊張が多少ユルんでいたのも事実なのであった。特に、この一昼夜は、玉村邸の外で事件が連発していた事もあって、警察関係者の人手は相当数が外へ出回っていて、玉村邸全体の警備そのものが少し手薄になっていた。なおかつ、賊の犯罪予告であるカウントの「1」はまだ見つかっておらず、この「1」が発見されるまでは、この玉村邸内での大規模な事件も起きないだろうと言う、根拠のない油断の心も、門番たちの間では広がっていたのだった。
だからこそ、その災難は全く予想外であったし、門番たちも、いっさい防ぐ事が出来なかったのである。
その時だって、彼らは、決してサボっていたのでもなく、門番小屋の中で、誠実に、番兵としての役を務めていた。インターホンの方へ連絡が来れば、すぐに門を開ける心構えは出来ていたし、門の外にいたのが不審者ならば、冷静に対応する準備だって整っていたのだ。
しかし、それは、いきなり降りかかってきた。
突如、激しい音とともに、門番小屋もグラリと揺れたのだった。一瞬、地震かとも勘違いしかけた。だが、揺れがおさまったかと思うと、再び、もっと大きな轟音とともに、あたり一帯が揺さぶられたのである。
驚いた門番たちが小屋の外へ飛び出してみると、原因はすぐに分かった。
あの巨大な正面門が突き破られていたのだ。もちろん、この鋼鉄の扉が、あっさりと破壊されるはずもないし、時間をかけて壊そうとしたのであれば、門番だって、先に、その異常に気付けたであろう。
正面門には、巨大なダンプカーが、バックして、荷台の方から、突っ込んでいたのであった。その挙句、正面門は押し破られて、扉もこじ開けられてしまっていたのだった。
とは言うものの、この正面門だって、それなりの衝撃に耐えられるように、かなり頑丈には出来ていたはずだ。それを、こうもアッサリぶち破るとは、このダンプの方も車体をかなり改造していた事が考えられるのである。
外見が普通のダンプカーだったものだから、ますます、玉村邸のそばへの安易な接近も許してしまったのだとも言えるだろう。まさか、まっすぐ、正面門に突っ込んでいくとは思わなかったので、このダンプが外の車道を堂々と走っていようと、誰も警戒はしなかったのだ。そして、その勢いのまま、この改造ダンプは、玉村邸の正面門へと突進してきたのである。
門番だって、この実に大胆すぎる凶行には、最初、呆気にとられてしまっていた。当初は、単なる事故の可能性すらも疑ったようだった。だって、まさか、賊が、ここまで、真正面から攻めてくるとは思いもよらなかったから。
でも、それが事実である事を、彼らはすぐに思い知らされたのであった。
ダンプの荷台からは、すぐさま、10数人の男たちが下りてきたのである。連中は、いずれも武装していた。門番たちが、もっと注意して観察しておれば、これらの下りてきた男たちの中に、魔術師やクモ男、人間ヒョウ、一寸法師の姿もあった事を、すぐに察知していたはずであろう。
だが、それは叶わなかった。
地面に下りた賊どもは、たちまち、攻撃してきたからだ。
遅れをとった門番たちは、連中の手にかかり、抵抗する間もなく、あえなく始末されてしまったのであった。
賊の方も、今回の犯行はスピード勝負なのである。玉村邸の守衛や警備たちの相手で手間取りたくないし、彼らに連絡を取り合う隙さえ与えたくなかったのだ。
「よし。まずは、突入成功だ」と、魔術師が顔を上げ、ダンプカーの運転席の方に声を掛けた。
ダンプの運転席から、ひょいと顔を出したのはニジュウ面相だった。今回、このダンプのドライバー役は、彼が担当していたらしい。彼は、笑って、魔術師たちに手を振ったのだった。
「ニジュウ面相よ。今までのご協力、感謝する。このダンプは、このまま、この場所に止めておいて、敵の援軍が来た際の妨害物にしておいてくれ給え。あとは、我らで、うまく対処する」魔術師は告げた。
「皆さん。ご健闘をお祈りします」ニジュウ面相も、涼しげに答えたのだった。
こうして、暗黒星による玉村家への総攻撃がついに始まったのである!
魔術師が、キッと、仲間の方に目を向けた。クモ男らお馴染みの顔ぶれ以外のメンバーは、魔術師の子分である魔術団の人間なのだ。
「では、諸君。これより、玉村邸への強襲を決行したいと思う。15分で、この敷地内の全てを占拠する!それ以上の時間をかけてしまうと、外からも敵の援軍が到着してしまい、より作戦の達成が困難になるだろうからだ。玉村邸の中には、善太郎、一郎、二郎の玉村家の三人が居るはずだ。彼らを確実に捕獲する!途中、邪魔する者がいれば、いっさい躊躇せずに排除しても構わない。敏速に行動する為に、我らが移動中に出会った人間については、片っぱしから始末していく事にする」魔術師が、テキパキと指示を出した。
「って事は、思う存分に殺してもいいんだな?」一寸法師が、嬉しそうに、刃物を振り上げた。
「そうだ」
魔術師の許可を得たもんだから、一寸法師は、喜んで、キャッキャッと跳ね回ったのだった。
「さあ、魔術師よ。急ごうじゃないか。時間がないんだろ?」クモ男がせかした。
「分かっとる!今より、我ら『暗黒星』最大のショータイムを始める!」
人間ヒョウは、相棒である本物の豹まで連れて来ていた。
まさに、今回の彼らは、やる気満々で、本気モードだったのである。かくて、ここに、史上まれに見る大虐殺の犯罪事件の幕が上がったのだ。
あいにく、この時、玉村邸の中には、警備チームの重鎮であるナカムラ警部もコバヤシ青年もいなかった。彼らは、ちょうど、警視庁の対策本部の方で、カウント1の謎を解いたばかりであり、急いで、この玉村邸の方に向かっていた最中だったのである。
もちろん、彼らの留守を預かる形で、敏腕の刑事らも、この玉村邸内には待機していたのだが、どだい、賊の計画の方が、ちょっとスケールがでかすぎた。多少の腕利きの警官や、ましてや、実戦経験の少ない民間の警備員などでは、とても善戦などは出来なかったのである。
暗黒星の方も、文字通りの有言実行ぶりだった。彼らは、分散しながら、それぞれが玉村の本邸の方へと足を進めたのだが、途中で見かけた玉村家の人間については、容赦なく、次々に倒していったのである。警備員だろうが、ただの使用人だろうが、お構いなしにだ。まさしく、ローラー作戦というヤツで、玉村邸の敷地内にいる玉村家側の味方の人間をどんどん排除してしまい、最終的なターゲットである玉村家の家族を孤立させていったのだった。
その光景は、地獄図と言っても良かった。それぞれの犯罪者が、自分の得意とするエモノで、見かけた人間をどんどん処分しているのだ。クモ男は愛用のステッキから毒針を発射し、一寸法師は刃物を振り回す。人間ヒョウは仲間の豹に相手を襲わせていたし、魔術師は強力な催眠術でまず犠牲者の動きを止めてしまった。
この屋敷内には、現在、使用人と警備員を合わせて、50人以上もの人間がいたのだが、その全員が、殺されたり、重傷を負わされたり、傷つけられてしまったのであった。賊の行動が俊敏だったものだから、誰もが、逃げ出す事も、立ち向かう事も、まるで間に合わないのだ。何よりも、他の人と連絡を取る時間さえも与えてもらえなかった。
その結果として、入り口から遠くにいた者は、何か、正面玄関の方から騒ぎが起きている事は何となく気が付いても、正確な情報を得られなかったのである。で、賊と出くわした時には、もう手遅れで、すぐ、賊の凶刃で倒されてしまったのだった。
暗黒星の魔の手は、あっと言う間に、玉村の本邸へと迫っていた。屋敷の中でも、訳の分からぬままに騒がれ出していて、その中には、それぞれの場所で待機していた善太郎、一郎、二郎も混ざっていたのである。
「おい。何を騒いでいる!一体、何が起きたのだ?」
動揺した善太郎が、部下の者へと怒鳴ったが、彼らも正しい事態を掴めていなかったのであり、退避しようにも、どこが安全なのかも、まるで分からない有様なのであった。




