ピエロの大魔術
さて、ここで話を少し戻して、サーカス会場の表ステージでは何が起きていたのかを見ていく事にしよう。
コバヤシが席を離れ、ガイコツ男のあとを追って、ステージの舞台裏へと消えていくと、それと入れ違うように、中央ステージでは、演目の奇術ショーが始まったのだった。
最初に登場したのは、身の丈が5メートルはありそうな巨大ピエロだ。そんなピエロが、ステージの袖から、ヨロヨロしながら、歩いて、現われたのである。
もちろん、このような巨人が実在するはずがない。この巨人ピエロは、ステージの中央まで到着するなり、いきなり蹴つまずいてしまい、地面に倒れたかと思うと、着ていた大きな道化服がはだけてしまったのだった。すると、中からは、三人のピエロが転がり出てきたのである。そう、このピエロは、三人の人間が縦に肩車する事で作った、ニセの巨人だったのだ。
もっとも、そんなタネは、観客のほとんどが、はじめっから、お見通しだったであろう。
巨人ピエロがいなくなった代わりに、そこには、大中小の三人のピエロが加わる事になった。一人は大男、一人は子供らしき小さな奴、もう一人は、ごく普通の背丈のピエロである。彼らが、ステージの中央で、息のあった連係プレイで、コミカルなダンスを踊って、場を盛り上げ始めたのだ。
ステージだけではなく、客席だって、何となく楽しい雰囲気になってくるのである。きっと、この奇術ショーは、終始がこんな感じの、陽気な見世物なのであろう。
やがて、ステージの裾からは、新たなピエロが、貫禄いっぱいに出現したのだった。それまでステージで舞っていた三人のピエロは、ピタリと踊るのをヤメて、大げさで滑稽なジェスチャーで、この最後に登場したピエロを出迎えたのである。
つまりは、この最後のピエロこそが、この奇術ショーのリーダーの手品師だったのであろう。そして、最初の三人のピエロは、その弟子たちなのだ。このマジシャン集団は、すなわち、ピエロの格好をした奇術師グループなのである。
この件については、観客席にいた玉村の人々も、若干、不安を掻き立てられたのだった。何と言っても、道化師と言えば、やはり、暗黒星の一人の魔術師を思い浮かべてしまうのだ。もしかすると、このピエロの奇術団の中にも、さりげなく、魔術師が紛れ込んでいたのではなかろうか。
だが、そんな心配が思い浮かんでも、善太郎も二郎も、さらにはナカムラ警部だって、思い切って、このピエロ魔術団に詰め寄っていく気にはなれなかったのだった。そもそも、このピエロたちは、まだ何もしていないのだ。もし、全くの無関係の本物のピエロ魔術団だったとすれば、今から制止するような介入を行なえば、逆に騒動を起こしてしまう事になリかねない。まずは、慎重に動向を伺うべきなのだ。
こうして、メインの奇術師も揃ったピエロ団は、いよいよ、本格的な魔術ショーを開始したのだった。とは言え、周囲360度をお客に固められてしまって、まるで死角もなく、マジックをするには、いささか不利なステージなのである。それでも、すべての観客を、手品のタネもバレないように楽しませようとするとは、なかなかの優秀な奇術師だと思われるのだ。
最初は、シルクハットの中からモノを取り出したり、大きなトランプのマークが一瞬で変わってしまうと言った、たわいもない手品から始まった。それが、さまざまな手品を披露していくうちに、どんどん、派手なイリュージョンへと移っていったのであった。
最初は、疑心暗鬼の目で鑑賞していた玉村家の人間たちも、いつしか、真剣に、このピエロ奇術師のマジックを見入っていた。それほど、鮮やかな手品のお手並みだったのである。師匠の手品が素晴らしいだけではなく、三人の弟子たちのタイミングのいいオトボケなども楽しくて、まさに緊張と緩和のバランスが取れた、本当に堪能できる魔術ショーなのだった。
こんな面白いステージが披露できるのに、このピエロ魔術団のことを、今まで、まるで知らなかったとは、全く不思議なぐらいなのである。そして、妙子も、こんな素敵な魔術ショーだったと知っていたからこそ、あれほど観たがって、チケットまで購入していたのであろうか。
さてと、魔術ショーの方も、いよいよ、大詰めを迎えようとしていた。今回のステージで最後で最大のマジックが始まるのである。
あの大男の弟子のピエロが、新たに、一人のピエロを胸もとに抱えて、ステージの裾から現われた。その新しいピエロは、ほっそりした体型で、どうやら女性らしくて、大男のピエロの両腕の中で、すっかり眠り込んでいたのであった。
善太郎や二郎は、この女のピエロを見て、少しドキリとした。もしかすると、この女のピエロこそ、姿を消した妙子じゃないかと思ったからだ。しかし、この勘には、何の根拠もなかった。なにより、この女ピエロも、顔はおしろいで真っ白けなので、実際の素顔がいっさい分からなかったのである。そんな訳で、やはり、もう少し、様子を伺い続けるしかなさそうなのだった。
ステージの方にも、新しい小道具として、三本の棒が立てられていた。2メートルほどの高さの、細い鉄棒だ。この三本の棒が、50センチ間隔ぐらいで、並べて、設置されたのである。
そこへ、眠れる女ピエロが連れてこられた。三人の弟子ピエロたちは、この女ピエロの手足を大きく広げると、三本の棒にくくり付けだしたのだった。これぞ、文字どおりの磔である。中心の棒には胴体を、左右の棒にはそれぞれの側の手足を縛り付けられて、女ピエロは、大の字の形で、完全に棒にと固定されてしまったのだ。
BGMとして、スリリングなドラムの音が鳴り響いた。がぜん、サーカス会場の中には、緊張した空気が漂いだしたのである。
弟子ピエロの一人が、大きな青龍刀を師匠ピエロへと手渡した。この刀で、磔となった女ピエロの体をバラバラに切り刻んでみせようと言うのである。いわゆる、美女解体術というマジックだ。最後の最後で、実にショッキングな手品の演目を持ってきたものなのである。
ところが、師匠のピエロは、すぐに、それを実行しようとはしなかった。この程度のマジック、自分の手を汚すまでもないとばかりに、あの子供のピエロへとダンビラを譲ってしまったのだ。
すると、子供のピエロは、素敵なオモチャを貰ったかのごとき喜びようで、ピョンピョンと跳ねながら、磔台の女ピエロのもとへ向かったのだった。それにしても、この小さなピエロは、ほんとに、正体は子供だったのであろうか。あるいは、もしや?
こうして、最後の解体マジックは、小ピエロによって、実施される事になったのだ。最大の見せ場を、もっとも小さき者に任せるとは、なんたる余裕、なんたる大胆な演出なのであろう。我らピエロ魔術団は、全員が一流の腕前だとでも誇示するかのようなのである。
そして、小ピエロは、まるで乱暴なお手並みで、解体作業に取り掛かりだしたのだった。ほんとに下手くそで、スマートじゃなかったのである。イリュージョンの華麗さなど、カケラもない。これでは、まるで屠殺なのである。やっぱり、弟子なんかでは、こんなマズいマジックしか出来なかったのだ。
もっとも、それだからこそ、逆に言えば、人間を解体する怖さが、真に伝わってくるようなショーにもなっていたのであった。
小ピエロが、ダンビラを女の体に押し当てて、力づくでゴリゴリと切っていく。すると、切り口からは、凄まじい量の血糊もほとばしった。眠っていた女ピエロも、あまりの痛さに目を覚ましたのか、真っ白な顔を引きつらせて、大声で悲鳴をあげる。それは、全くもって、ものすごい迫力の残酷ショーなのだった。
いやいや、これは確かにマジックのはずなのだ。本当の人間が刀で切られている訳ではないのである。今のこの女ピエロは、実際には人形とすり替わっていたのであろう。血しぶきも偽物だし、女だって、演技で泣き叫んでいただけに違いあるまい。と、そのように、仕掛けは分かっていたのに、それでも、ついゾクゾクさせられてしまう見世物なのであった。
小ピエロは、幼い子供がオモチャを壊して、遊んでいるかのようなノリで、次々に、女ピエロの体を分解していった。まずは、両手を胴体から切り外し、次は、両足を股の付け根から切断してゆく。その度に、少しやり過ぎに思えるほどの鮮血が噴き出すものだから、すでにステージの上は血の海の状態なのだった。
とことんリアルな演出を追求したのか、両手足を切り取られた頃には、犠牲者の女ピエロもすっかり元気を失ってしまい、グッタリして、叫び声さえ出さなくなっていた。そんな女ピエロの首に、小ピエロは、とどめのダンビラを押し当てたのだ。最後の仕上げに、小ピエロは、女ピエロの頭まで、切り落としてしまったのである。
これまでの手品ショーの内容がユーモラスだっただけに、ラストで、なんとも後味の悪い展開なのであった。
とは言っても、実際には、これで全てのマジックが終わった訳なのではない。この解体ショーのマジックは、このあとで、バラバラになった犠牲者が復活するオチがあるものなのだ。もちろん、このピエロの魔術ショーでも、その最後の下りは実行されたのだった。
6つの肉塊に分かれてしまった女ピエロは、その全ての部品を、一つの大きな箱の中にと投げ込まれた。すると、蓋を閉じたあとに、その蓋を開いてみると、箱の中からは、元気よく、女ピエロが飛び出してきたのだった。彼女は、五体満足で、どこも欠けている部分はない。見事に蘇ったのである。
なんて、ホッとする瞬間であっただろう。まさに、緊張のあとの緩和なのだ。それは、観客たち全ての心を安心させ、皆は、盛大なる拍手を、彼らピエロ魔術団へと、惜しげもなく捧げたのだった。
拍手をしたお客の中には、当然、善太郎や二郎、ナカムラ警部も混ざっていた。彼らは、ピエロ魔術団がどうやら賊とは何も関係なかったらしいと思えた点でも、ひどく胸を撫でおろしていたのであった。
このように、ラストの美女解体術のマジックも大成功をおさめ、これにて、奇術ショーもお開きとなったのである。ピエロたちは、それぞれが滑稽な見栄を切ってみせてから、揃って、ステージの裾へと帰っていってしまったのだった。奇術ショーも、無事に終了したのだ。
そして、その直後に、ようやく、コバヤシ青年が客席へと戻ってきたのだった。
「ナカムラさん。こちらの様子は、どうでしたか?」コバヤシは、心配そうに、ナカムラへと話し掛けた。
「なかなか見事なショーだったよ。君の方こそ、何か、分かったのかね?」
「いえ。はっきりした事は掴めませんでした。あの怪人には逃げられてしまいました。でも、どうも何かあったらしいのです。本当に、こちらのショーでは、おかしい事はなかったのですか?」
「本当に何もなかったよ。最後まで、素晴らしいマジックを拝ませてもらっただけだ」
ナカムラは、すっかり、今見たショーに酔いしれていたようなのであった。これでは、コバヤシとしても、これ以上の追及もできそうにないのである。
こうして、コバヤシら四人は、何の収穫もないまま、サーカス会場をあとにして、玉村邸へと戻る事になったのだった。
だが、本当に、この大サーカスの奇術ショーでは、何も怪しい事は起きていなかったのだろうか?実は、このサーカスの全てが、ほんとは、まるで幻のような、賊の仕掛けた壮大なるイリュージョンだったのでは?
そして、この同じ夜のうちに、早くも、次なる奇怪な事件は発生していたのであった。




