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無敵探偵活劇 アケチ大戦争  作者: anurito
玉村一族編
40/169

黒トカゲ

 ビルとビルの間の狭い路地を抜けると、そこには、再び、にぎやかな歓楽街が広がっていた。

 妙子は、どこか特別な秘密の場所へと向かっていたのではなく、やはり、追っ手の目をくらます目的だけで、裏路地を経由していたようである。

 さらに、シャーロックが大きな通りをぐんぐん前進していくと、ついに一軒の店の前で立ち止まった。そこは、オープンカフェもある広い飲食店だった。今は11月なので、夜の屋外は肌寒かったが、それでも、この店では、まだ野外の飲食スペースが解放されていたし、お客も満席だったのだ。

 シャーロックは、この店のオープンカフェの方に向かって、唸り声をあげていたのだが、アケチ探偵とコバヤシ青年は、ひとまず、店先で立ち止まった。

「この店は、ペットの同伴は禁止らしい」店頭の看板を見ながら、アケチが言った。

「じゃあ、シャーロックを連れていけるのは、ここまでですか」と、コバヤシ。

「そうなるね。コバヤシくん、君は、ここでシャーロックと一緒に待っていてくれないかい。あとは、僕だけで、店の中に入って、妙子さんを探してみる事にするよ」

「分かりました」

 簡単に話はまとまって、さっそく、アケチだけが、この飲食店の中へと入っていったのである。

 まだ宵の口だった事もあって、店内は、夕食目当ての客や、仲間と飲み騒ぎたい客などで、かなり混み合っていた。そんな人の波をくぐって、アケチは、探偵ならではの鋭い観察眼によって、ターゲットを探し回ったのだ。

 意外と早く、アケチの尋ね人は見つかる事となったのだった。

 例の妙子が扮装したらしき女性は、オープンカフェの中央にある小さなテーブルに座っていたのである。妙子は、楽しそうに、ケラケラと笑っていた。彼女の前には、他にも、一人の女性が腰かけている。その女は、黒い洋服に身を包んでいて、アケチの方からは、後ろ姿だけで、顔は見えない。妙子は、どうやら、この女性を相手にしたお喋りで、こんなにも盛り上がっていたようなのである。よほど話があう友人なのであろう。

 アケチは、音を立てずに、こっそりと、この二人のそばへ近づいていった。妙子からはアケチの姿はチラチラと見えていたはずだが、アケチも変装していたものだから、まるで気付かないみたいなのである。しかも、この時の妙子は、目先の友人との会話にすっかり夢中になっていて、他のことは完全に視野には入っていなかった。

 そして、アケチは、とうとう、謎の女性の真後ろにまでたどり着いたのである。

 アケチは、バッと謎の女性の肩に手を置いた。その謎の女は、ギョッとしたように、アケチの方へ振り返った。

「やっぱり、君だったか!おい、黒トカゲ!君も、暗黒星のメンバーじゃないかと、ずっと以前から疑ってはいたんだよ!ついに、姿を現わしたな!」アケチが大声で怒鳴った。

 謎の女性は、キッとアケチを睨んだ。この女は、まさしく、黒トカゲであった。暗黒星の紅一点である、美しき女賊の黒トカゲなのだ。

 オープンカフェのテーブルの一つで、なにやら、騒動が発生したと察知したものだから、周囲にいた客たちも、一斉にどよめいた。彼らの視線は、何事が起きたかと、アケチらのいるテーブルの方へと集中していたが、誰もが身構えているだけで、干渉してくる者はいなかったのだった。

 でも、それで良かったのだ。こうして、周りの人間に注目されてしまっただけでも、黒トカゲは、隙を見て、逃げ出す事が難しくなってしまったのである。

「素敵よ。アケチさん。ボクの事を覚えていてくれたんだ」黒トカゲは、緊迫感は解かないままで、しかし、嬉しそうに笑ってみせた。

「当たり前さ。僕も、君には、さんざん苦しめられたからね。どうやら、やっと捕らえる事ができそうだよ」

「うふふ。天下のアケチ探偵に追いかけ回されているだなんて、女性としては、最高の栄誉ね。でも、ボクは、そう簡単に落とせるような女じゃなくてよ」

 アケチと黒トカゲが、互いの腹を探り合いながら、笑顔で会話をしているのを見て、事情がよく分かっていなかった妙子は、思わず立ち上がったのだった。

「もう!一体、何が起きたのよ!あなた、アケチさんね?そんな変な格好をして、なぜ、こんな所にいるのよ?あたしの友達に、失礼な事はしないでよ!」

「友達だって?とんでもない!この女も、あなたを狙っていた賊の一人なんですよ。一般には、あまり名は知られていないけど、実は、黒トカゲと名乗る、暗黒街の女ボスなんです」

「違うわ!この人は、緑川夫人と言って、大学で知り合った、あたしの友達よ。たまたま、同じ講義を受けていたのよ。それで、近くの席に座った事から、とっても仲良くなったの。お話も面白いし、いろいろなアイディアも教えてくれる、素晴らしい方よ。そんな悪い人間なんかじゃないわ」

「緑川夫人と言うのは、こいつが表で活動する時の偽名の一つです。気の毒ですが、事実を正しく受け入れてください。妙子さん。あなたは、もう少しで、こいつに大変な目に遭わされていたかもしれないのですよ」

「ひどい。そんな事ないわよ!緑川夫人は、良い人よ。何もしたりしないわ」

「皆の目を盗んで、こっそりと、こいつと会うようなマネを続けていたと言うのにですか?どうせ、その密会の手口だって、この女から教わって、このようにしたら、皆にはバレないと、そそのかされたのでしょう?でも、もし、ここで今、僕が、あなたたちの交流を阻止していなければ、あなたは、いずれ、この女に殺されるか、誘拐されていたかもしれないのですよ!」アケチは、強く言い放ったのだった。

 その時、オープンカフェの出入り口の方で、新たなヤカマしい音が聞こえてきた。

 見ると、ナカムラ警部と数人の警官が、大っぴらに突入してきたのだ。全員、警察の制服姿だったものだから、やたらと目だったのである。

 どうやら、彼らは、妙子のボディガードから連絡を受けて、すぐに駆けつけてくれたようだった。全く、手柄が絡んでくると、ナカムラの行動は、とにかく早いのである。

 ナカムラのそばには、コバヤシ青年も付き添っていた。警察も介入する緊急事態になった事で、シャーロックも抱いて、一緒に連れているのだ。

 彼らは、一直線に、アケチたちの近くにまでやって来た。

「アケチくん。ご苦労」ナカムラが、アケチに声をかけた。

「警部こそ、お疲れ様です。さっそくですが、見てください。この女は、黒トカゲですよ。今回の事件では、こんな大物まで関わっていたのです」アケチが言った。

「黒トカゲだと?」

「ああ、そうか。ナカムラさんは、この女とは初対面でしたね。暗黒街の女王とも噂されている女賊の黒トカゲの事ですよ。実際に凶行を働く前に捕らえる事ができたのは、不幸中の幸いでした」

 ナカムラ警部は、あらためて、黒トカゲの顔を拝んだ。彼女が、思った以上の美女だったものだから、ナカムラも、ちょっとポッと顔を赤らめたのである。

「では、ナカムラさん、この女は、あなたにお引き渡しします。僕も、あとで署に伺いますので、その時に、事情聴取に加わりたいと思います」

「おう。任してくれたまえ」と、ナカムラも威勢よく答えた。

「待ってよ!いきなり逮捕だなんて、横暴じゃない?ボク、まだ何もやってないのよ」黒トカゲが口を挟んだ。

「残念だけど、君が黒トカゲだと言うだけで、すでに指名手配なんだよ。まあ、取り調べの時に、また話そう」

「さあて。果たして、また会えるかしらね」

 あくまで、黒トカゲも、口では負けてはいないのである。しかし、彼女の周囲は、完全に警官たちによって取り囲まれていた。この状況では、か弱い女が一人では、とても脱出は不可能そうなのだ。

 黒トカゲは、ナカムラに小突かれて、嫌々ながら、席から立たされた。

「おっと、ナカムラさん。こいつには手錠をかけないでください。簡単に外されてしまいますよ。こいつはね、手先がものすごく器用で、スリや錠前破りの名人なんです。手錠や縄は、全く役に立ちません」

「じゃあ、どう捕捉すればいいのだね?」

「こいつの腕を、強く固めて、ずっと握っていて下さい。これなら、さすがに振り払えないでしょう。きちんと服をめくって、地肌の上から押さえるのを忘れないで下さいね。服ごしに押さえたのでは、隙を見て、ダミーの手を摑まされるかも知れませんので」

 ナカムラは、アケチに言われた通りに、黒トカゲの右腕を背後にねじって、さらに、その右腕を自分の両手で押さえつけたのだった。悪党とはいえ、美女の体にこんなに密着できて、なかなかの果報なのである。

「さすがは、アケチさん。わずかな抜かりもないのね。でも、ボクは、まだ負けたつもりはなくてよ」黒トカゲは、笑って、捨てゼリフを吐いたのだった。この絶対のピンチの状況でも、大物は弱音を見せないようなのである。

 こうして、稀代の女賊、黒トカゲは、ナカムラ警部と警官たちの手によって連行され、このオープンカフェから出ていったのだった。

 あとには、アケチ探偵とコバヤシ青年、それに、妙子が残された。

「なんか、納得がいかないなあ。これじゃ、せっかくの黒トカゲの逮捕も、ナカムラさんの手柄扱いになっちゃうんじゃありませんか」コバヤシがぼやいた。

「まあ、最終的に、犯罪者を捕まえるのは、警察の仕事だからね。僕たち探偵は、あくまで、事件を解明し、解決させる事に専念したらいいのさ」アケチは、達観した態度で、そう話すのだった。

 ふと、彼は、妙子のことを思い出して、彼女の方に目を向けた。

 妙子は、テーブルに顔を伏せて、激情して、泣いているのである。

「ひどいわ、ひどいわ。せっかく仲良くなったのに、あたしから、誰も彼もを取り上げていく。アケチさんなんて、大っ嫌いよ!」妙子は、そう呟きながら、泣き崩れていたのだった。

 彼女のこの様子には、アケチも、ちょっと、同情の気持ちが湧いてきたのである。

 だが、その矢先だった。

 オープンカフェの入り口の方で、またしても、騒がしい音が聞こえてきたのだ。その辺りには、まだナカムラたちが居たはずである。黒トカゲ絡みで何かが起きたのは、どうも、間違いなさそうなのだ。

 ハッとしたアケチは、コバヤシに妙子の警護を任せて、一人だけ、店の入り口へと走り向かった。

 やはり、店頭の路上には、ナカムラ警部や警官たちが、まだ立ち去っておらず、ウロウロと佇んでいた。ナカムラなどは、呆れた事に、地べたに座り込んでいるのである。だが、黒トカゲの姿だけが見えなかった。

「何が起きたんですか!」アケチが怒鳴った。

「アケチさん!容疑者に逃げられてしまいました」と、警官の一人が、すかさず答えた。

「どうして?これだけの人数がいて、女ひとり、逃げるのを阻止できなかったのですか?」

「それが、敵の方も、いきなり援軍が現われまして。何だか、奇怪な小人のようなヤツでした。そいつが、奇襲を仕掛けてきて、刃物を振り回していたものだから、私たちも遅れをとってしまったのです」

「さては、一寸法師だな。あいつは、やっぱり、黒トカゲの護衛として、この周辺をうろついていたのか」

「その一寸法師とやらに妨害されたせいで、これ以上は、逃走した容疑者を追う事ができませんでした」

「じゃあ、一寸法師の方は、どうなったんです?」

「そちらの方も、大変にすばしっこい奴でしたから、取り逃がしてしまいました。今、他の仲間の警官が追いかけてはいるのですが」

「多分、もう捕まえるのは無理ですよ。あいつらは、逃走のプロですからね」ここで、アケチは、そばの路地に座り込んでいたナカムラの方に顔を向けた。「で、ナカムラさんは、何をやっていたんですか?きちんと、黒トカゲの腕を放さないように、気を付けていたのですか?」

 ナカムラは、尻もちをついた状態で、なぜか、激しく動揺していた。

「わしだって、あの女の腕は、がっちりと掴まえておったよ。ところが、その腕がすっぽり抜けてしまったんだ」

 確かに、ナカムラは、肩から先がない右腕を、まだ、ぎゅっと抱えていたのだった。

「え?ニセの手?あの状況から、どうやって、すり替えを?」

「いや。これは、偽物なんかじゃないよ。間違いなく、あの女の体にくっついていた本物の腕だ。その証拠に、皮膚の柔らかさが変わっていないし、今だって、肌の温もりも残っておる」

 ナカムラが、あまりにも奇妙な事を言うものだから、アケチも、つい、ナカムラが持っている右腕へと、顔を近づけてみたのだった。そこで、彼はギョッとしたのである。

 黒トカゲが残していった右腕の指は、5本とも、クネクネと動いていたのだ。まるで、生きているかのように。

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