変装と探偵犬
イチャつく二郎と洋子と別れたアケチ探偵とコバヤシ助手が、そのあと、急いで、どこへ行ったのかと言うと、実は、妙子の警護に当たっていた警備員へと話を伺いに向かったのだった。
アケチは、そのボディガードと対面すると、すぐに、今日の妙子の動向を確認した。
「妙子お嬢さんでしたら、日中は、大学の講義にと出ていましたが」と、妙子専任のボディガードは答えた。
「他に、移動中とかに、街で遊んだりはしませんでしたか?」と、アケチ。
「いえ。こんな非常時ですし、予定にない場所には出かけていません」
「街のカフェに、その時の気分で、友達と食べに行ったりとかは?」
「とんでもない。そのように、飛び入りで別の予定を入れる事は、かたく禁じられています」
どうやら、ボディガードは嘘をついてはいないようだった。
「先生。花園さんの見間違いだったのでは?他人の空似って事もありますし」コバヤシがアケチに言った。
「いや。僕の勘に狂いはないよ。花園さんが見たのは、絶対に妙子さんだ」
「では、妙子さんは、どうやって、警護の目を盗んで、カフェに足を運んだと言うのですか?」
アケチは、少し考え込んだが、すぐにハッとした。
「待てよ。地図で調べてみると、妙子さんの通っている大学と、花園さんが妙子さんの姿を見かけたと言うカフェは、ほんの目と鼻の先だ。大学の講義に出るフリをして、本当はサボって、カフェで時間を潰すって事も、決して出来ない事ではなさそうだな」
「ア、アケチさん。私は、きちんと、妙子お嬢さんが講義に出るのをチェックしましたよ」ボディガードが、慌てて、口を挟んだ。
「だけど、講義がある教室へと入っていく光景までを見届けただけで、その教室の中でも、ずっと、妙子さんと一緒に居続けた訳ではないのでしょう?きっと、妙子さんは、教室に入ったあと、講義も受けずに、すぐに外へ出てきちゃったんですよ。ははは。あの子なら、やりそうな事だ」
「しかし、もし、そんな事をしたならば、出てきた彼女のことを、私だって気が付いたのでは?」
「あなたを責める気はありませんが、恐らく、妙子さんは変装していたのでしょう。人間って、ちょっと変装しただけでも、意外と分からなくなるものなのですよ。ましてや、あなたは、妙子さんが教室から逃げ出すなんて、ちっとも疑っていなかったから、完全に見過ごしてしまったのでしょう」
「そのへんの事情を、ちょっと、妙子お嬢さんに確認してみます!」うろたえたボディガードが叫んだ。
「いやいや。隠れて、講義を抜け出すぐらいですから、問い詰めたところで、彼女があっさりと正直に白状するとは思えません。それよりも、妙子さんの今後のスケジュールはどうなっていますか」アケチが聞いた。
「今夜は、街の方で、新作映画の集団試写会を観にいく予定になっていますが」
「映画鑑賞か。こりゃあ、今度も、彼女は、会場を内緒で抜け出すかもしれないな。よし。今夜は、僕も、妙子さんの警護にと付き添う事にしますよ。そして、もし、彼女が、やっぱり、皆に隠れて、独自の行動をとっているようだったら、僕が、彼女の秘密を全て暴いてやります」
「でも、そんな隠密行動をとって、妙子さんは何をしているのですか」コバヤシが言った。
「どうも、見知らぬ女の人と会って、楽しく遊び回っているらしい。全く、妙子さんときたら、内緒で逢い引きするのが好きな人だよ」
「ああ!じゃあ、それで、最近の彼女は、失恋したばかりなのに、また元気を取り戻してたんですね」
「そうだ。ほんとに困った人さ。よっぽど、火遊びするのが楽しいんだろうね。あるいは、こうやって、ボディガードを上手にあざむく方法も、その女性から教わったのかもしれない」
「では、もしかすると、その相手の女と言うのは、暗黒星の一味である可能性も?」
「うん。その線も否定はできない。だからこそ、今夜は、妙子さんを泳がす事によって、その謎の女をも、とっ捕まえてやろうって寸法なのさ」
こうして、アケチたちは、急きょ、今夜の作戦を、慎重に練り始めたのだった。
その日の夕刻、妙子は、当初の予定どおりに、新作映画の試写会を観に出かけたのであった。
この試写会は招待制であり、妙子はずっと以前に案内状を貰っていたので、家庭内で事件が起きているからと言って、今さら招待を辞退したりもしなかったのである。
代わりに、妙子には、ボディガードが一人、付き添う事になった。昼間、アケチたちも顔を合わせた、あの男の警備員である。彼は、妙子を試写会の会場まで運ぶ自動車の運転手もつとめた。
会場と言うのは、トーキョー・シティの中央の歓楽街にある有名なビルの一つで、ボディガードは、妙子のことを、このビルまでエスコートすると、最後は、試写会が行われる会場の入り口にて、妙子とは別れたのである。
妙子は、試写会場の中へと消えていった。あとは、ボディガードは、妙子が戻ってくるまで、この入り口で待っていないといけないのである。彼は、試写会に招待されていないので、会場の中にまでは入れてもらえないからだ。
試写会場の外は、そこそこに、人混みができていた。それでも、ボディガードは、その人混みの中に紛れるようにして、妙子の帰りを待っていたのだ。
「やあ。様子はどうですか?」と、明るく、ボディガードに声を掛けてきた者があった。
ボディガードが顔を向けると、そこには、鳥打帽にサングラスという風采の、ちょっと怪しい青年の二人組が立っていた。
「あ。アケチさん」ボディガードは言った。
そう。この怪しい二人組は、アケチ探偵とコバヤシ青年だったのである。
アケチは、鳥打帽にサングラスに加えて、つけ髭まで生やしていた。そして、両手には、小さくて可愛らしいポメラニアンまで抱いていたのである。
「いかがです。この程度の変装でも、すぐには、僕たちだとは気付かなかったでしょう?」アケチが、愉快そうに笑った。
「本当にそうですね。しかし、小犬まで抱いてくるなんて、少しディテールに凝りすぎでは?」
「いや。この小犬こそが、今日の大事な主役なんですよ」
「シャーロックって名前なんです。我が探偵チームの重要なメンバーの一人ですよ。今回の作戦のために、知り合いの元から、特別に借りてきました」コバヤシも得意げに説明するのであった。
「ところで、妙子さんは?」と、アケチ。
「今、会場に入ったばかりです」
「じゃあ、そろそろ、外に現われる頃かな」
アケチたち三人は、試写会の会場の入り口の人の出入りにと注意を向けていた。
「あ。あの女の人じゃありませんか!」コバヤシが、声を潜めて、指摘した。
「え?妙子お嬢さまって、あんな感じでしたっけ」
「ほら。やっぱり、騙されてる。ちょっとの変装で、人間なんて、まるで別人に見えてしまうものなんですよ」アケチは言った。
今、試写会場の入り口から出てきた女性は、確かに、妙子とは、服装も印象もだいぶ違っていた。だが、大きな婦人帽子で顔は完全に隠れていたし、服だって会場内で着替えたのだとすれば、決して、妙子のようにも見えなくはないのである。
「さあ、いよいよ、シャーロックの出番だな。よし、シャーロック、お前はどう思う?」アケチは、抱いていた小犬へと話しかけた。
すると、この小犬のシャーロックは、小さく、唸り声を出したのだ。
「ビンゴだよ、コバヤシくん。まさに、あの女性が、妙子さんの変装だったようだ」と、アケチ。
「あ、あのう。どういう事なのでしょう?」ボディガードの男は、キョトンとしていた。
「この犬は、実は、警察犬なのです。もとい、今は、僕が使役してるのだから、探偵犬と言った方が正しいかもしれません。このシャーロックには、妙子さんの匂いを覚えさせておきました。そして、シャーロックは、今の怪しい女性からも、妙子さんの匂いを嗅ぎとったようなのです」
「え。そんな小犬なのに、警察犬の仕事をさせているのですか?」
「むしろ、シェパードなんかよりも、このような小型犬の方が、小回りがきくし、相手も油断させる事ができて、使い勝手が良いのですよ。実際に、このシャーロックは、大変に有能ですよ」アケチは、屈託なく笑った。
それから、彼は、抱いていた小犬を、そっと地面にと下ろしたのだった。
「では、これより、シャーロックによる追跡を始めたいと思います。僕とコバヤシは、あの妙子さんらしき女性を尾行しますので、あなたは、今まで通り、何食わぬ顔で、ここで待機していて下さい。あと、余裕を見て、ナカムラさんの方にも連絡を入れていただけたら、助かります」アケチは、テキパキと、ボディガードに、そのように指図したのであった。




