新たなる魔手
暗黒星の悪者たちが、堅固な玉村邸の敷地内に侵入してみせた方法は、抜け道を悪用したと考えて、ほぼ確定かと思われていた。ところが、ここにきて、善太郎も妙子も、その可能性はないと言い出したのだった。
「なぜ、抜け道を使ってないと言い切れるのかね?」と、ナカムラ警部が聞いた。
「理由は簡単だ。あの抜け道の中間地点には、顔認証という最新式の施錠システムが設置されているからだ。この関門だけは、よほどのプロの泥棒であっても開錠する事はできない」善太郎が言った。
「その顔認証システムとは、どんな鍵なのかね?」
「名前の通りですよ。顔そのものが鍵として使われるのです。だから、その関門の許可した顔の持ち主しか、この関門をくぐる事はできません」アケチが、横から口を挟んで、説明した。
「あの抜け道の顔認証システムに顔を登録してあるのは、わしと妙子だけだ。よって、この二人以外は、あの抜け道は絶対に通過できないのだよ」と、善太郎。
「しかし、顔ごときが、そんなに完璧な通行証になるものなのかね?わしには、すぐには信じられんが」
「例えば、指紋認証の施錠システムでしたら、最近、かなり出回ってきましたよね。指紋とは、人それぞれで、全員、異なりますので、一見、その人だけの唯一の身分証明書にもなりそうですが、逆に考えますと、面積が小さい分、安易に、他人に複製も作られやすいのですよ」
「つまり、複製した指紋を表面に刻んだハンコを作ってしまえば、それが有るだけで、第三者でも、指紋認証システムの関門を突破できてしまうと言う事なのです。そして、意外と、指紋の跡なんて、本人にも気付かれないうちに、簡単に盗めてしまうものなのです」アケチの解説に、コバヤシがさらに説明を加えた。
「これが、もし、指紋ではなく、顔だとすれば、顔の型なんて、とてもじゃないけど、本人に気付かれずに採取するなんて、不可能な話でしょう?だからこそ、顔認証システムの方が、指紋認証より、はるかに安全だと言う事になるのです」
「だが、顔こそ、実物大の写真の顔とかを見せても、間違って、認証してしまうのではないのかね?」
「それが、この玉村邸の抜け道の顔認証システムは、もっと仕組みが複雑なんですよ。平面の顔写真ではダメなのです。立体の顔でなくては、認証しないのです。そうですよね、善太郎さん」
「その通りだ。90パーセント以上、顔の大まかな凹凸が一致していないと、わしの屋敷の顔認証システムは、開錠してくれない。そう、本人の顔しか、まず認識されないのだ」
「ああ。だから、デスマスクを作る必要があるとか、言っていたのか」
「そうです。僕も、妙子さんが、この顔認証システムを使うところを見せてもらいましたが、洗面器のような機械にと、自分の顔を突っ込むのです。そうして、この機械が本人だと認めてくれたら、ようやく、扉が開く仕掛けみたいなのです」と、アケチ。
「だったら、それこそ、知らないうちに、デスマスクを作られてしまったら、どうなるのかね?デスマスクじゃなくても、普通の変装や整形でもいい。善太郎氏や妙子さんの顔の複製を、犯人どもが、すでに用意していたとしたら?だとすれば、それでも、連中にも抜け道を通過されてしまうのではないのかね?」
「いいや。うちの機械は、そんなに甘いシステムでもないのだ。顔認証に加えて、熱センサーの機能も取り付けてある。だから、どんなに同じ顔の形であっても、そこに体温も伴っていないと、機械は反応しないのだ。それも、本人の顔どおりの、熱の分布でなくてはいけない。よって、ただの人形の冷たいデスマスクでは、うちの顔認証の装置は攻略できないのだ」
「変装や整形した顔でも認識されないのかね?」
「変装したり、整形してしまいますと、顔の上に加工物を乗せたり、骨をイビツに削ったりしますので、本人とは、きっと、顔の表面の熱の分布状況も変わってきてしまうでしょう」と、アケチ。
「だが、暗黒星には、ニジュウ面相という変装の名人もいるだろう?」
「それが、ニジュウ面相の変身方法なのですが、こないだ、奴が被っていたコウモリの頭が手に入った事で、彼の変装術は、実は、顔や体の上に特殊な布を覆わせるタイプのものであった事が判明しました。このスーツは、電気刺激を与える事で、形状を自在に変形できると言うものなのです。ただし、これですと、やはり、表面に十分な熱が通っていませんので、玉村邸の顔認証システムをパスする事はムリでしょう」アケチが、ナカムラに、さらに詳しく説明したのだった。
しかし、そうなると、せっかく抜け道の存在が判明したにも関わらず、あらためて、賊が、どうやって、この抜け道を潜り抜けてみせたのかが、いよいよ、分からなくなってきたのだった。
「とは言え、様々な状況証拠から、賊がこの抜け道を利用していた事は、ほぼ間違いないはずなのです。あとは、連中が、どんな手段を使って、この顔認証システムを攻略したのかを見破るだけです」
「ちょっと待ってよ。もし、顔認証を通過できたとしても、物置小屋にも鍵がかかっていたわ。こちらは、どうやって、くぐり抜けたの?」と、妙子が口を挟んだ。
「相手は、一流の盗賊ばかりですよ。普通の施錠でしたら、全く、話にもなりません。合鍵を作ったり、ピッキングしたり、いくらでも簡単に開けてしまえるでしょう。そうやって、鍵や施錠システムに過信しすぎていた事も、賊につけいる隙を与えてしまったのです」アケチが、ぴしゃりと言ったのだった。
「ところで、アケチくん。暗黒星の奴らは、なぜ、庄太郎氏のことを殺してしまったんだろうね」と、ナカムラ。
「恐らく、暗黒星と庄太郎さんは、どこかで繋がっていたのでしょう。庄太郎さんは、暗黒星に利用されていたのです。本人も気付いてはいなかったのかもしれませんが。妙子さんと会う日とかを、それとなく、暗黒星の誰かから指定されていたんじゃないのでしょうか」
「あ。そう言えば、庄太郎の方から会いたいと言ってきた日に限って、事件が起きていたわ」と、妙子。
「じゃあ、間違いないですね。庄太郎さんは、まんまと、暗黒星に操られていたのです。そして、最後は、口封じで、殺されてしまったのかもしれません」
場の空気が、なんだか、シンミリとしてしまったのだった。
「おっと、そうだった!アケチくん。今回はね、君に頼まれたDNA鑑定の結果報告を持ってきていたのだよ」気分を変える為に、ナカムラ警部が、ひょっこりと、そう告げた。
「ほんとですか!良かった!それを待ってたんですよ」
アケチが嬉しそうな声をあげたので、ナカムラの方も得意げなのである。依頼主はアケチであっても、手柄の半分はナカムラのものに出来そうだからだ。
「その結果を聞けば、また一つ、賊が抜け道を使っていた事の確証となるかもしれません」
「そうか、そうか、それは良かった。DNA鑑定をした結果なのだがな、君がよこした二つのDNAは、ほぼ同一のものだと言う判定が出たよ」
「え」
ナカムラはニコニコしていたのに、アケチとコバヤシはキョトンとしてしまったのだった。
「先生、これは、一体?」
「ううむ。おかしいな」
と、アケチとコバヤシの二人は、困惑した表情を浮かべているのだ。どうやら、期待していた結果ではなかったらしい事を、ナカムラもすぐに察知したのだった。
「おや。一致したら、良くなかったのかね」と、ナカムラ。
「その鑑定は、本当に正確なのですか」アケチが尋ねた。
「非常に鑑定しやすかったと、話には聞いている。検査した部分のDNAのほぼ全てが一致していたそうだ。たとえ親子でも、ここまでDNAの内容がキレイに合致したりはしないらしい。この二つのDNAは、同一人物のものと見て、まず間違いないそうだよ」
ナカムラが断言すれば断言するほど、アケチの方は首をひねるのであった。
アケチが鑑定を依頼したDNAと言うのは、片方は妙子のものである。もう一つは、夜中にコバヤシが遭遇した不審者のものだ。と言う事は、この不審者の正体は妙子だったのであろうか。でも、そうなると、これまで組み立ててきた憶測にだって、大きな歪みも生じてくるのだ。果たして、真実はいかに?
「それにしても、アケチくん。君は、どうしても、賊が抜け道を悪用した事にしたいらしいが、それでは、賊は、なぜ、抜け道や時計塔の隠し部屋の存在を知っていたのかね?まずは、そのへんの根拠を、具体的に説明してくれんだろうか?」ナカムラが話題を変えた。
「ああ、その点ですね。もちろん、その調査も済んでますよ。今日、元々、それを皆さんにお話するつもりでした。特に、善太郎さんにね」と、アケチは善太郎の方に顔を向けた。「ねえ、善太郎さん。この屋敷を最後に改築したのは、1年前でしたよね?」
「ああ。最後の改造は、だいたい1年前だ。その時に、こっそりと、抜け道にも顔認証システムを取り付けたのだ」善太郎が答えた。「だから、あの顔認証システムは、本当に、最先端の技術なのであり、とても泥棒なんかに破られたりするとは思えないのだよ」
「建物の建造も、それらの防犯システムの設置も、全て、同じ建築会社に任せていましたね?そして、抜け道や隠し部屋などシークレットな部分については、善太郎さんと建築会社だけの秘密にしていた。世間一般には、秘密の増築部分は未記入の見取り図を配布していて、あくまで、この屋敷のカラクリについては、善太郎さんと建築会社の一部の人間しか知らなかったんですよね?」
「もしかして、建築会社の人間が、賊に、うちの屋敷の秘密情報を横流ししていたとでも言うのかね?それは有りえんはずだ。彼らは、とても信用できる人物たちだ」
「それが、ほんの最近、僕の方で、直接、当たってみたところ、もっと飛んでもない事が判明したんですよ。実は、この屋敷の秘密が書かれていた設計図は、いつの間にか、その建築会社から盗まれていたのです。会社で3ヶ月前に確認した時は、何の異常もなかったらしいので、盗まれたのは、きっと、ほんの最近の話です」
「何だって!」
善太郎をはじめ、この場にいた人間が、全員、どよめいたのだった。
「完全にしてやられましたね。相手は、一流の盗賊ぞろいなのです。会社から書類を盗み出すなど、実にたやすい仕事だったでしょう。そんな訳で、設計図を盗んだのが暗黒星である事は、ほぼ確実だと思われます。つまり、この屋敷のカラクリとか防犯システムの仕組みなんて、最初っから、敵には全て筒抜けだったのですよ」
がく然として、善太郎は、すっかり言葉を失っていたのだった。
「分かりましたか。善太郎さん。あなたは、必死に、この屋敷のカラクリを隠したがっていましたが、そんなの、はじめっからムダだったのです。それどころか、逆に、賊の犯行のトリックに大いに利用される事になってしまったのです。屋敷の秘密を知らなかったばかりに、むしろ、あなた方を守ろうとする我々の方が翻弄されるハメになったのです」
アケチは、怖い表情で、さらに善太郎へと詰め寄った。
「いいですか、善太郎さん。屋敷の設計図を盗まれてしまった以上、敵には、この屋敷の仕掛けが丸分かりですが、僕たちの方では、それらの情報がますます得られなくなってしまったのです。あとは、善太郎さんだけが頼りなんです。きちんと教えていただけませんか?この屋敷には、他にも、カラクリは仕組まれていないのですか」
「な、ない。秘密にしていたのは、時計塔の隠し部屋と塀の抜け道だけだ」善太郎がためらいながら答えた。
「本当ですか?教えてくれないと、そのカラクリもまた、賊に悪用されて、あとで恐ろしい事態を引き起こすかもしれないんですよ」
「ほ、本当だ。あれら以外の秘密はもう無い」
善太郎は、うろたえつつも、そう言い切ったのだが、アケチはまだ疑った顔つきをしているのだった。
「まあ、いいでしょう。しかし、あとで何かを思い出したら、どうか、必ず、隠さずに教えてくださいね」
「さて、そうなると、この屋敷の警備は、今後はどうするつもりかね」ナカムラが言った。
「どうするも何も、敵の方が、この屋敷の構造については詳しいのです。まずは、敵に利用されそうなものは、片っぱしから、封鎖してしまいましょう。時計塔の隠し部屋の方は、もう使い物にならないので、放置しておいてもいいのですが、抜け道は完全に閉じてしまった方がいいです。いくら顔認証システムが完璧だと言われても、とても安心できません。あの抜け道は塞いでしまって、以後はいっさい使用禁止にします。それで納得してくださいますね?」
こうして、アケチがとても厳しい口調で提案したので、さすがに、善太郎も妙子も反対する事はできなかったみたいなのであった。
玉村邸で、賊への対策会議が開かれていた一方で、実は、暗黒星でも、今後の行動を決定する為の重要な集会が行なわれていたのだった。場所は、いつもの、謎のプラネタリウム会場である。
「玉村家では、とうとう、例の抜け道が公のものとなってしまい、警察にもアケチくんにも知られてしまったそうです。あの抜け道は、出入り口の両方がバリケードで塞がれ、全く通れなくなってしまいました」
中央の投影機のそばに立つニジュウ面相が、そのように現状を説明した。
「と言う事は、今後は、二度と、あの抜け穴からは玉村邸の中へ忍び込めなくなった訳だな。さあ、これから、どうするつもりなのだね。まだカウントダウンは『4』までしか終わってないのだよ」魔術師が、鋭い口調で、周囲の仲間にと訴えた。
「おいおい。オレたちが悪いとでも言いたいのかい?責任転嫁はよしてほしいな」そう怒鳴ったのは、クモ男だ。
「クモ男。おぬしはカウント4の時だって失敗しているのだよ。今回だって、わざわざ、庄太郎を殺してしまったのも、余計な行為だったとは思っていないのかね?」と、魔術師。
「うるさい。あの男に、これ以上の利用価値はなかった。ボロを出す前に処分しておくのが当然だろ?」
魔術師とクモ男は、すっかり、険悪な雰囲気なのだ。
「まあまあ。内輪揉めはヤメてください。お互いの言い分は、十分に分かりました。抜け穴がもう使えなくなったのは、確かに残念な話でしたが、でも、あの抜け穴の存在をアケチくんが探り当ててしまうのは、すでに時間の問題でした。この辺りで手放すのは、決して誤った判断でもなかったとは思いませんか?」ニジュウ面相が、穏やかな態度で、仲裁に入った。
「だが、ニジュウ面相。この先の計画は、どうするつもりなのだ。11月20日が、もうそこまで迫っている。それなのに、抜け道がなければ、これからは、玉村邸に潜入するのだって、一苦労だぞ」
「魔術師くん。はやる気持ちは理解できますが、まあ、ここは、私たちの力を信じてください。私たちは、世界最高の犯罪結社なのです。なあに、抜け穴の一つや二つ、使えなくなったところで、玉村家の人間には、いくらでも接近する事ができます」
「ニジュウ面相よ。ひとまず、おぬしの言葉を信じる事にしよう。だが、また失敗するようならば、私の方でも、独自の強硬手段を取らせていただくぞ。いいな?」
「まあ、そう疑わずに、ご期待ください。我ら暗黒星の人材は、まことに豊富なのです。大丈夫。すでに、次の使者が行動を始めております」そう告げて、ニジュウ面相は怪しく笑ったのだった。
玉村家では、屋敷の警備がさらに厳重になっただけではなく、一家の者に個々につけられる警護の方も、より大げさになったのだった。家族の者たちも、屋敷の中にずっと閉じ篭り続けている訳にもいかなかったからだ。やはり、ささいな小用であっても、皆、定期的に外出する必要があったのである。
そんな時、屋敷の外に出た玉村家の人間は、善太郎にせよ、二郎にせよ、その周囲には何人ものボディガードが付き添う事となったのだった。妙子もまた、例外ではなかった。彼女も、今はまだ大学生だったので、時々、学校へ講義を受けに行かなくてはいけなかったのである。
内密に交際していた相手が殺されてしまった事で、妙子は、すっかり沈み込み、当分は立ち直れそうにないようにも見えた。それなのに、外出する時は、いちいち、屈強なボディガードに取り囲まれて、移動しなくちゃいけないものだから、可哀想に、彼女は一人静かに感傷に浸る事すらもできないようなのだった。
もっとも、妙子が女性で、ボディガードたちが全員男だった事で、実は、意外と、ボディガードをうまく遠のかせる機会も、決して少なくはなかったのである。
例えば、大学で講義を拝聴する時間とかも、その一つだった。さすがに、生徒でもないボディガードたちが、教室の中にまでドカドカと入り込むのは、はばかられたのだ。よって、講義の時間は、妙子にとっても、ちょっとだけ、心を落ち着かせる事のできるひと時になったのであった。
その日も、そうである。屋敷を出て、大学に着いてからも、ずっと自分の周りをうろついていたボディガードと、やっと離れる事ができて、妙子は、ホッとして、教室内の席の一つに腰を下ろしていた。そんな彼女のそばに、ひそかに忍び寄る影があった。
「おとなりに座っても、よろしいかしら?」そんな優しい声が、美しい笑みとともに、ふと、席に着いていた妙子へと投げ掛けられたのだった。




