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無敵探偵活劇 アケチ大戦争  作者: anurito
玉村一族編
33/169

クモ男の逆襲

 玉村邸から、およそ300メートルほど離れた場所に、小さなアパートが建っていた。

 玉村邸とそのアパートの間には、大きな建物もなくて、アパートの2階からは、玉村邸がくっきりと見物できたのであった。特に、背の高い時計塔は丸見えだった。あの大きな時計の文字盤も、よおく拝見できたのである。

 言いかえると、このアパートの2階からだと、真夜中の時計塔の鬼火だって、ばっちり観察できたのだった。

 この2階の部屋には、実は、荒川庄太郎という名の大学生が住んでいた。決して裕福ではなかったが、世間擦れしていて、粗野なムードも漂わせた青年である。彼の毎夜の日課と言うのが、なんと、玉村家の時計塔に鬼火が出現したかどうかを確認する事なのであった。

 もし、鬼火が現われたのならば、庄太郎は、すぐにアパートを飛び出す。そして、玉村邸のそばへと走り向かったのである。それが、彼らの約束事だったからだ。彼らにとって、時計塔の鬼火は「これから会おう」と言う、二人だけの待ち合わせの合図だったのである。

 彼らが落ち合う場所も、いつも、決まっていた。玉村邸の塀のすぐそばに、人通りのほとんどない、ちょうどいい、ひっそりとした路地があるのだ。庄太郎も、そこへ行けば、必ず、相手の女性とも会えたのだった。

 その日の夜も、まさかとは思ったが、玉村邸の時計塔に、合図の鬼火が光ったのであった。確か、玉村邸では、その肝心の時計塔で大騒動が起こったばかりであり、しばらくは、忍び逢っているどころではないようにも聞いていた。しかし、それでも、約束の合図の鬼火が見えた以上は、庄太郎としても、しっかりと会いに行くしかなかったのである。

 庄太郎は、いつもの待ち合わせの場所にやって来た。たいがいは、二人は同じぐらいの時間に到着して、周りには他に人はいないから、安心して、二人っきりになれたのである。

 でも、この夜は違った。

 路地の待ち合わせ場所にいた人物は、明らかに、女性ではなかった。ガタイのいい、スーツ姿の紳士が、月に照らされて、待ち合わせ場所に、キザっぽく立っていたのである。

 庄太郎は、気まずい気持ちになった。これでは、このアカの他人の男に、カノジョとイチャついている様子を見られてしまうだろう。そして、その問題のカノジョの妙子は、まだ、この場所には来ていないみたいなのだった。

 困惑した庄太郎は、見知らぬ紳士からは目をそらして、遠くに妙子がいないかをキョロキョロと探しながら、この場から少し離れようとした。

 その時、謎の紳士の方から、庄太郎へと声を掛けてきたのだ。

「君。逃げるんじゃない。さあ、こちらにおいで」

 庄太郎は、ドキッとして、紳士の方に目を向けた。

「あんた。俺の事を知ってるのかい?」

「そうさ。今日、君をここに呼び寄せたのは、我々だ」

 庄太郎は、ここで、何も考えずに、早く逃げるべきであった。でも、うっかり、若者らしい大胆な無用心さと相手への興味の方が上回ってしまったのである。

「あんた。誰だよ!」紳士の目の前で、庄太郎は怒鳴った。

「自己紹介しよう。オレの名は、クモ男!」そう叫んで、謎の紳士は、名刺がわりに、右手の甲の蜘蛛のイレズミを、庄太郎の方へと突き出したのだった。

 そうなのだ。この紳士は、暗黒星のクモ男だったのである。よく見れば、トレードマークのステッキをついていたし、薄暗い月夜なので分かりにくくはあったが、顔の右半分も焼けただれていたのだ。

 庄太郎は、思わぬ事態に、がく然としたらしく、その場に立ちすくんでいた。

 すると、クモ男の方が、素早く、庄太郎の真正面にまで走り寄ったのである。

 次の瞬間、ドスッと言う鈍い音が、あたりに響いた。

 庄太郎は、驚いたように、大きく目を見開いている。一体、何が起こったのだろう。

 クモ男が、速やかに、庄太郎の近くから離れると、なんと、庄太郎の腹には、いつの間にか、大きなナイフが根元まで突き刺さっていた。刺された傷口からは、ドクドクと血も流れ出ているのだ。

「な、何をする?」庄太郎が、よろめきながら、うめいた。

「ふふふ。やはり、殺しはナイフに限るな。銃弾を打ち込んだだけでは、こんな風に、華やかに血も噴き出さないからな」クモ男が、嬉々として、うそぶいた。

 だが、そのように主張している割には、彼の右手には、なぜか、がっちりと拳銃が握られていて、それも、銃口からは硝煙も出ていたのだった。

「な、なぜ、俺がこんな目に・・・」苦しそうな庄太郎が、やっとの思いで、口にした。

「君はもう用済みなのだよ。だから、始末させてもらった。余計な事は喋ってもらいたくないのでね。まあ、悪く思わないでくれ」

 庄太郎には、クモ男の声は、すでに聞こえていないようだった。彼の体はズルズルと路上にと崩れ落ち、そのまま、動かなくなってしまったのだ。

 その庄太郎の断末魔の上へと、クモ男は、ポイッと、鬼蜘蛛の死骸を放り投げた。この冷酷な殺人鬼は、あくまで、自分のルーティーンは貫き通すのである。

 こうして、目的を果たしたクモ男は、庄太郎の完全な死も確認せずに、優雅に、歩き去り出したのだった。片手でコツコツとステッキをつきながら。

 ここまでの展開で、目撃者は一切いなかった。何一つ失敗もせず、誰にも妨害される事もなかったのだ。まさに、クモ男のパーフェクトな殺人劇しごとのようにも見えた。

 そのはずだったのだが、クモ男が歩き去って間もなく、すぐに、この場に数人の人々が駆けつけたのであった。彼らには、さっきの鈍い大きな音が聞こえたのである。それで、急いで、ここに足を向けたのだ。

 この「彼ら」と言うのは、アケチ探偵とコバヤシ青年、それに、妙子と何人かの使用人だった。どうやら、例の秘密の侵入ルートを明かそうとしていた最中の出来事であったらしい。

「だ、大丈夫ですか!」

 アケチたちは、路上に倒れていた庄太郎の姿を、素早く、発見した。そして、庄太郎の体を優しく抱きかかえたのである。

 庄太郎の顔を見るなり、妙子は自分の顔を手で覆い、悲鳴をあげた。まあ、そりゃあ、そうであろう。よりによって、よく知っている人間が倒れていたのだから。

 他方のアケチとコバヤシは、決して心を乱される事もなく、冷静に、現場の分析を始めていたのだった。

「ナイフで一突きか。なんて、ムゴい殺し方をするんだ」

「そばに蜘蛛の死骸が落ちています。これは、どうやら、クモ男の仕業ですよ!」

「まだ、被害者の体が温かい。きっと、刺されたばかりだ。犯人は、まだ近くにいるんじゃないのか?」

「ほら!あそこに誰か歩いてます!」

 コバヤシが指さした方角の道路には、だいぶ遠くの地点に、米粒ぐらいの大きさの人影が見えた。だが、それこそは、余裕で歩き去ろうとしていたクモ男だったのだ!

 とりあえず、庄太郎と妙子の事は、同行していた使用人にと任せて、アケチとコバヤシは、逃げていくクモ男の方へと走り出したのである。


「待てー!そこを歩いてる奴、止まるんだー!」

 後ろの方から、急き立てて、そう呼び掛けられたものだから、クモ男は、つい振り返った。すると、背後からは、アケチ探偵とコバヤシ助手の二人が、必死に走って、自分のことを追い掛けていたのであった。

「お前たちは玉村の屋敷の中にいるものだとばかり思っていたが。まさか、ここで会うとは、全く、どうした事やら」クモ男が、さして驚いた様子もなく、そう呟いた。

「とぼけるな!そこで人が死んでいたが、どうせ、お前が殺したんだろ!」ようやく、クモ男のすぐ近くまで追いついたアケチが、クモ男を怒鳴りつけた。

「あそこの路上は夜は人が通らないので、明日の朝まで、死体は発見されない手はずだったのだが、どうやら、予定以上に早く見つかってしまったか」しゃあしゃあと、そう言いながら、クモ男は、相変わらず、うろたえたような様子は見せなかったのである。

「現行犯だ!クモ男め!今度こそ、ここで貴様を捕まえてやる!」アケチは大見得を切った。

「おっと。何を熱くなっているんだね?言っておくが、夜は誰も通らないのは、この場所も同じなのだよ」クモ男は、不敵な笑顔を浮かべて、アケチの方に向き合っていたのだった。

 まさに、クモ男の言う通りなのであった。この路上にも、周囲には、まるで人影がなかった。いるのは、クモ男とアケチ探偵、コバヤシ青年だけなのだ。それは、何ものにも邪魔される事なく、存分に殺し合いのケンカができる事も意味していた。

 アケチも、その事に気が付いて、ハッと本気の表情になり、身構えたのである。

 クモ男とアケチ探偵&コバヤシ組は、5メートルほどの距離を置いて、完全に対峙する形となった。

「憎きアケチコゴロウよ!お前が名声を上げたせいで、オレは、私立探偵業から足を洗わざるを得なくなってしまったんだ。その恨みを今日こそ晴らしてやるぞ」クモ男は、手にしたステッキを振り上げて、うそぶいた。

「何を言ってやがる!あなたは、探偵をするかたわらで、被害者の護衛につくフリをして、密かに、犠牲者を殺しまくっていた。その秘密をアケチ先生に見抜かれたから、探偵職からも追放されてしまったんでしょう?言い掛かりも、甚だしいです!」アケチに代わって、ついつい、コバヤシが言い返したのだった。

「うるさい!黙れ、黙れ!よいか、アケチよ、お前の無敵探偵の正体も、こちらでは、すでに謎が解けているのだぞ。今度こそ、逃がしはしないからな。お前も、オレの殺人芸術の一つにと加えてくれるわ!ここで、必ずや、お前の全てを滅ぼしてやる!」

「ほほう。と言う事は、貴様との宿命の戦いも、いよいよ、今回が最後という事になるのかな。だったら、僕の方でも、手加減なしで迎え撃つとするか」

 アケチも、顔では穏やかな笑みを浮かべているが、実は、非常に真剣なのである。

 相手は、何をやらかすか分からない殺人の専門家だ。ここは、いよいよ、コゴローの出番で、パワーで対抗する時なのかとも思われた。

 ところが、その時だった。

「クモ男くん。こんな場所で、抜け駆けはいけませんよ。こちらにいるアケチくんは、我々全員の獲物なのです」

 そんな男の声が、アケチとコバヤシのさらに背後から聞こえてきたのであった。

 その声は、アケチたちにとっても、十分に聞き慣れたものだった。アケチたちが、後ろを振り返ると、そこには、案の定、黒づくめ姿のニジュウ面相が佇んでいたのであった。アケチとコバヤシは、路上のど真ん中で、クモ男とニジュウ面相に、前後から挟まれる形になってしまったのだ。

 手強い敵が一人増えた事で、アケチもコバヤシも、やや動揺を隠せないようなのだった。

「ニジュウ面相!何をしに現われた?アケチなど、オレ一人で十分だ!それとも、手柄を横取りするつもりか!」クモ男が、ニジュウ面相むけて、怒鳴った。

「いえいえ。横取りなど、とんでもない話です。それよりも、クモ男くん、あなたこそ、抜け駆けする意思がないと言うのでしたら、私と二人がかりで、アケチくんを仕留める事にしても良いんじゃありませんか」

「おお。なるほどね。面白い提案だ。その方が、確実にアケチを殺せるか」

 なんと、クモ男とニジュウ面相は、意外とアッサリと意気投合してしまったのだった。ここに、アケチにとっても最悪の脅威とも言える、恐るべき犯罪者タッグが結成されたのである。

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