またもや鬼火
アケチが遅い食事を食べ終えて、それから食堂へと向かった時には、そちらでは、すでに、この屋敷にいる主要な人物が集合していた。コバヤシが、早く集会をできるように、手際よく準備していてくれたのである。
玉崎家の家族で集まっていたのは、善太郎、一郎、妙子の三人。今回も、まだ療養中の二郎は欠席だった。
あとは、玉崎家で中心となって働いている使用人たちと、この屋敷の警備の目的で派遣されていた何人かの刑事たち。この刑事らは、ナカムラ警部の代理である。ここ最近、立て続けに事件が起きた為、その検証と報告に忙しくて、今夜は、ナカムラはこの屋敷には滞在していなかったのだ。ただし、ナカムラがいても、手柄を横取りしようとして、捜査を引っ掻き回しがちなので、留守の方が良かったのかもしれないが。
こうして、話し合いに必要なメンバーは揃ったので、アケチも、コバヤシを横に連れて、ついに、推理の演説を開始したのだ。
「皆さん。ある程度の判断材料が手に入りましたので、これから、確実に断言できる事だけを、順に話していきたいと思います。その際、皆さんにも、最後の確認の質問をするかもしれませんので、その時は、隠さずに、真実を喋ってくださる事を、よろしくお願いいたします」
アケチの前口上に、集っていた人々は、慎重な表情を浮かべた。恐らく、これらの中には、本当は、アケチに事実を明かしたくないであろう人物だって、混ざっているのである。
「まずは、時計塔の最上階にあった隠し部屋についてです。皆さんの中に、前から、あの部屋の存在を知っていた方は、どれだけ居ましたか?」
アケチのこの問いに、ほぼ全員が、反応を示さなかった。つまり、ずっと、この屋敷に住んでいながら、あの隠し部屋のことは聞かされていなかった人間ばかりだったのだ。玉村家の家族である一郎や妙子も含めてである。恐らくは、この場にいない二郎だって、隠し部屋については、全く知らなかったのであろう。
しかし、一人だけ、隠し部屋のことを分かっていたに違いない人物がいた。
「善太郎さん。あなたは、さすがに、あの隠し部屋を知ってましたね?」アケチは言った。
善太郎は、気まずそうな表情を浮かべて、なかなか答えようとしなかった。
「最初にお願いした通り、ごまかさないで下さいね。おおよそ、調べはついているんですよ」と、アケチ。「隠し部屋は、あの時計塔が、丸伝時計店の本店にあった頃から存在していたのです。だから、時計塔を、そのまま、この屋敷にと引越しさせた善太郎さんが、その存在を知らなかったはずがないのです。この事で責めたりはしませんので、どうか、正直に答えてくれませんか」
「確かに、わしは、あの隠し部屋のことは、最初から知っていた」ようやく、善太郎は口を割ったのだった。
「待って下さい。では、なぜ、今まで、その事を我々に教えてくれなかったのですか?あなたさえ、早くに打ち明けてくれていたら、すぐ、あの隠し部屋が賊の潜伏場所だと見当がついて、こんなに事件が大ごとになる事もなかったと言うのに」刑事の一人が、つい、善太郎にきつく食いついた。
「刑事さん。まあ、落ち着いて。ここは、責めたりはしないと言う約束です。善太郎さんには、そこまでして、あの隠し部屋の存在を人には悟られたくなかった事情があったのですよ。そうですよね?」
アケチに問われて、善太郎は、相変わらず、当惑していたのだった。どうやら、何もかもが、アケチの考えていた通りだったようなのである。
「善太郎さんは、あの隠し部屋を、いざという時の、自分自身の逃げ場所、大事な避難先に使いたかった。だから、なんとか、誰にも教えないで済まそうとしていた。ですよね?」
笑顔のアケチに念を押されて、とうとう、善太郎も素直に頷いたのだった。
「避難場所だって?善太郎氏が、なぜ、隠し部屋などに逃げなくちゃいけないのですか?」と、刑事。
「例えばですよ、善太郎さんの脱税がバレたとする。だったら、捕まる前に、一時的に隠れる場所としては、あの時計塔の隠し部屋は、ちょうど最適じゃありませんか」
「何よ、それ!お父さまが、影で脱税してたとでも言うの?失礼だわ。何を根拠に、そんな事を言うのよ!侮辱よ!」アケチの言葉に対して、真っ先に、妙子が過敏に反応したのだった。
「だから、例え話ですってば。私だって、善太郎さんが脱税しているとは、考えてはおりません。だけど、善太郎さんほどの財界の大物ともなれば、本人も知らないうちに、取り巻きの余計な計らいとかで、いつの間にか、犯罪の中心人物にされてしまう事だって、きっと、ありうるでしょう。だからこそ、善太郎さんにしてみれば、いざという時に、逃げ場所とか避難方法は確保しておきたかった訳ですよ」
アケチが、かなりオブラートに包んだ表現に言い換えたので、妙子も、ようやく納得したのだった。もっとも、本当は、アケチは、善太郎が全くのシロだとは、決して思ってはいなかったのだが。
「そうだとしても、あの隠し部屋は、何度も賊に利用されてしまったのです。善太郎さんだって、その事は、うすうす、気付いていたのでしょう?今起きている事件の解決をこそ優先して、隠し部屋の確保は諦めてくだされば良かったのに」刑事が、なおも、そう主張した。
「でも、賊たちが、あの隠し部屋を悪用していると言う十分な確証は、最初の頃は、ありませんでした。だったら、善太郎さんとしても、あの隠し部屋と賊が関係ない可能性の方に賭けて、できれば、隠し部屋の存在を人にはバラしたくなかったのでしょう。一度、明かしてしまったら、あの部屋は、もう、完全に隠し部屋としては利用できなくなってしまいますからね」アケチが、さらに、善太郎の心情を代弁してみせたのだった。
「だとしても、なぜ、そんなにまで、賊と隠し部屋の関係性を疑わなかったのですか」と、刑事。
「だって、あなたがた警察だって、まともに捜索しただけでは、あの隠し部屋は見つけられなかったでしょう?普通だったら、この屋敷の部外者である賊どもが、この隠し部屋を知っているとは思えません。さらに、この屋敷は、電流の流れる塀によって、厳重に守られているのです。そもそも、賊が屋敷内に侵入していること自体が、想定していなかった事態なのです」
「そう。そこですよ!なぜ、賊はこの屋敷の中に自由に出入りしているのですか?その点も、あの隠し部屋と同じく、何かの秘密があったのですか?」
「まあ、順番にご説明しますので、焦らないで下さい。善太郎さんにとっては、これは、もっとも恐れていた状況だったんですよね?だから、なおさら、信じたくなかった。この屋敷のカラクリが、どれも、賊に知られていて、逆に彼らに悪用されていたなんて、あまりにも恐ろしすぎる話で、それで、その全部を否定したくて、これまで、何も話そうとしなかったのですよね?」
「アケチくん。全て、君の言う通りだよ」気まずそうに、善太郎は、小さな声で答えたのだった。
「そんな、そんな!ありえないわ!この家に、隠し部屋以外の秘密もあるだなんて!そんなもの、無いわよ!ねえ、ねえ、お父さま、そうでしょう?おかしな秘密なんて、絶対に無いわよね!」
ここにきて、妙子が、急に騒ぎ始めたのであった。
「おやおや、妙子さん、どうしましたか?いきなり、慌てだしたりして。なぜ、それほど、この屋敷の秘密を否定したがるのです?もしかして、あなたも、秘密の一つを知っていたとか?」アケチが、可笑しそうに言った。
「もう、何よ!意地悪な探偵さん!あ、あたしは何も知らないわ!」
「さあ。それは本当ですか?やはり、あなたも隠し事があったのではありませんか?悪いけど、あなたの事実についても、あらかたの見当はついているのですよ」
妙子はぐうの音も出ないらしく、すっかり、黙り込んでしまったのだった。
「という事で、それらの事実を、ここで、お話しても、よろしいですね?」
「ふん。勝手にして!」
「では、話します。長いこと、この屋敷で話題になっていた時計塔の例の鬼火なのですが、その犯人は、実は、この妙子さんだったのです」
アケチのこの断言には、さすがに、聞いている人々の間で、どよめきが起きたのだった。善太郎すらも、ちょっと驚いているようだ。肝心の妙子は、図星だったらしく、何も言わずに、ふてくされているのである。
「証拠は?」刑事が言った。
「まあ、色々と挙げられるのですが、一番の決め手となったのは、時計塔で見つかった妙子さんの指紋ですね。あの時計塔は、あなたがた警察が何度も捜索してますので、本来でしたら、いきなり、妙子さんの指紋が発見されるなんて事はありません。なのに、妙子さんの指紋が急に採取できたと言う事は、つまりは、彼女が、頻繁に、あの時計塔に上がっていた事を意味しているのです」
「でも、なぜ、妙子さんは、皆に隠して、そんなマネを?」
「はっきり言っちゃいますよ。妙子さん、いいですね?あなたは、夜、時々、この屋敷を抜け出して、外にいる人間と会っていたのでしょう?妙子さんが時計塔で鬼火を灯したのは、その人へと、今から会いに行く事を知らせる為の合図だったのです」
アケチの説明に、再び、周囲はどよめいたのだった。
「妙子!お前は、わしに内緒で、そんな事をしていたのか!」
意外にも、善太郎が特に動揺していて、妙子に激しく詰め寄ったのだった。
「待ってください、善太郎さん。あなただって、人のことを言える立場では無いでしょう?妙子さんは、鬼火を灯して、こっそり屋敷を抜け出していました。でも、この屋敷を極秘に出入りする方法は、善太郎さんだって知っていたのではありませんか?」
アケチにズバリと言われて、善太郎も言葉を失ったのだった。アケチにかかれば、全てがお見通しなのである。
「善太郎さん、妙子さん。僕は、あなたがたの知っている、屋敷を出入りする秘密の方法を教えていただきたいのです。それこそが、賊も、自由に屋敷内に侵入できた真相です。そのような秘密の抜け道がある事までは分かったのですが、それがどこにあるかまでは、さすがに、僕の推理でも突き止める事ができないのですよ。お願いです。今度こそ、正直に喋ってください。この抜け道をふさぐ事こそが、賊にこれ以上の好き勝手をさせない為のベストの対策なのです!」アケチが力説した。
善太郎にせよ、妙子にせよ、アケチのこの要請に対して、ひどく迷っているような雰囲気なのである。
その時だった。
「お屋形さま。どうしましょう。鬼火です!時計塔で、また、鬼火が光っています!」そう叫びながら、使用人の一人が、おののきながら、食堂に入ってきたのだった。
「鬼火だって?」と、この場にいた全員が驚いた。
だって、何しろ、たった今、鬼火の犯人は妙子だったと、アケチが言い切ったばかりではないか。
「ほれ、アケチくん!見たことか!鬼火は、また現われたじゃないか!だったら、鬼火と妙子は関係なかったのと違うのかね?」ここぞとばかりに、善太郎はアケチに反撃したのだった。「さあ、妙子!お前も言ってやれ!お前は、とんだ濡れ衣を着せられかけたんだぞ!」
善太郎にけしかけられたが、妙子は何も言わなかった。どうやら、彼女も、怪訝そうな表情を浮かべているのだ。
「おかしいな。鬼火の正体は、妙子さんで間違いないはずだったのに。全て、証拠は揃っていたんだが」アケチは、不思議そうに呟いた。
そこで、はたと閃いて、彼は、鬼火の報告を持ってきた使用人の方に顔を向けた。
「そうだ!今、現われた鬼火と言うのは、どんな感じでしたか?やはり、チカチカしていましたか?」
「いえ。それが・・・なんだか、ライトでも照らしているような光なのです。こんなタイプの鬼火は、私もはじめて見ました」と、使用人。
「やっぱり!じゃあ、その鬼火はニセモノです!いつもとは別の人間が照らしてるんです!」
アケチのこの推測に、皆が動揺した。
「一体、誰が鬼火を照らしていると言うのです?」と、刑事。
「多分、賊の一人です。図々しい奴だ。妙子さんのフリをして、勝手に鬼火を照らしてるんだ」
「なぜ、そう言えるのかね?」
「いつもの鬼火は、妙子さんが、自分の持っているランタンを灯していたからですよ。だから、人魂みたいにボッとした形だったし、油の強弱のツマミをひねる事で、チカチカ照らす事もできたのです。このランタンは、妙子さんの部屋にお邪魔した時に、そこに置いてあったのを確認ずみです。アンティークを装って、棚に飾ってましたが、実は頻繁に使用していた事は、鑑識で調べれば、すぐ証明できるでしょう」
「ああ!そのランタンでしたら、ぼくも目にしました!」と、コバヤシも、アケチの証言を援護した。
「もう、何よ!あなたたち、女子の部屋に入って、そんな事を盗み見していたの!」妙子が、顔をしかめて、わめいたのであった。
「あのう。ぼくも、アケチさんの言ってる事の方が正しいような気がします。ぼくも、二郎が襲われる前に、時計塔の鬼火を目撃したのですが、その時の鬼火は、いつもの鬼火とは明らかにタイプが違いました。きっと、この時の鬼火も、賊が照らしていたからなんだと思います」意外にも、おとなしかった一郎が、突然、アケチに味方する証言を発してくれたのだった。
「え!ちょっと待てよ。じゃあ、もし、今、出現した鬼火が賊の手によるものだとすれば、それって、どうなるんだい?」ハッとして、刑事が言った。
「かなり危険な状況です。賊が、何か、本当に必要があって、鬼火を照らしている事になるんですからね。こないだの二郎さんの時みたいに、大きな事件をやらかす前兆なのかもしれません」ここで、アケチは、鬼火の報告をした使用人の方に顔を向けた。「ねえ、君。鬼火が現われてから、どのくらい経つ?」
「もう、10分ほど前になります」と、使用人。
「私たちは、急いで、時計塔の方に向かってみます!」刑事たちは機敏に叫んだ。
「もう、賊は逃げた後かもしれませんが、ひとまず、そちらの方はお願いいたします」
アケチに頼まれて、刑事たちは、急いで、食堂から出ていったのだった。
そして、アケチは、あらためて、善太郎と妙子の方に目をやったのだ。
「お二人とも!お分かりになりましたね?今は、そこまで切羽詰った状況なのです。どうか、あなた方の知っている秘密の侵入ルートを僕に教えてくれませんか?それによって、最悪の事態が回避できるかもしれないんです」
善太郎と妙子は、オロオロしながら、お互いの顔を見合っていた。こうなると、もう明らかに、この二人は、何かを知っているらしいと考えられるのである。
「ね、ねえ、お父さま」
「わしは知らんぞ!」
だが、決心した妙子は、アケチの方を見たのだった。
「アケチさん。あたしについてきて。案内してあげる。そこはね、あたしかお父さまが一緒じゃないと、ダメなのよ」妙子は、真剣な表情で、そう告げた。




