アケチ探偵の真実
青銅の魔人は、目の前の邪魔な歯車や心棒などを、片っぱしから、ひねり曲げたり、叩き飛ばしたりしながら、一直線に、アケチの方むかって、進んでいた。
「先生。早く!こちらの方に逃げて!」機械室の出口のところに陣取っていたコバヤシ青年が叫んだ。
「ダメだ!とても、そちらには行けそうにないよ」
そうなのだ。運悪く、この時のアケチは、時計の文字盤のある側の壁に身を置いていたのである。出口の方まで移動するには、明らかに、青銅の魔人のそばを通る以外になかった。また、壁に開いていた丸窓にしたって、小さすぎて、とても、そこから外へ脱出する事は無理なのだ。
青銅の魔人は、勝ち誇ったように、アケチの正面にと近づきつつあった。このままでは、間違いなく、肉弾戦は避けられそうにないのである。
「仕方ない。コバヤシくん、アレをお願いするよ」アケチは、神妙な顔で言った。
「でも、先生・・・」
「今は、その手を使うしかない。コバヤシくん、君は、僕がアレに変わり次第、すぐ、そこから地上へ下りて、応援を連れてくるんだ。分かったね」
「は、はい、先生」
コバヤシは、ぐっと息を飲んだ。アケチも真剣な表情を浮かべている。どうやら、この二人の間で何かが始まるみたいなのだ。青銅の魔人は、そんな事は無視して、さらに、アケチの元へと接近しようとしていた。
その時。
「目覚めよ、コゴロー!」コバヤシが、いきなり、大声で怒鳴った。
この不思議な掛け声には、一瞬、青銅の魔人も、キョトンとして、立ち止まったのだった。
(ふん。何を言っておるのだ)青銅の魔人となったニジュウ面相は、そのように思っていた。彼は、戸惑うのを止めて、再び歩き出したのだ。
「それじゃあ、先生、やり過ぎないように気を付けてくださいね!」コバヤシは、それだけ口にすると、ほんとに、一人だけで、機械室の外へ逃げ出してしまったのだった。大切な師匠のアケチを置き去りにしてしまって。
「どうしたのですか、アケチくん。頼みの綱のコバヤシくんは逃げてしまいましたよ。君こそ、観念して、私に倒される覚悟を決めたのですか」青銅の魔人は、笑いながら、言った。
しかし、彼には、今、アケチに大きな変化が起きていた事を、全く分かっていなかったのだ。
「俺のことは、アケチと呼ぶな!コゴローと呼べ!」アケチが、いつになく、ドスのきいた声で言い返してきたのだった。
よく見ると、アケチは、顔つきも、普段とはだいぶ違うのである。いつもなら穏やかだった彼の表情が、やたらと険しいのである。これは、まるで、試合中の格闘家の面構えなのだ。こんな顔のアケチは、ニジュウ面相も、はじめて見たのであった。
青銅の魔人であるニジュウ面相は、直感から、つい怯んだ。稀代の怪盗ならではの勘で、何かが違う事を素早く察知したのである。だが、すでに遅かった。
「さあ、青銅の魔人!やってやろうじゃねえか!いくらでも相手にしてやるぜ!」アケチが怒鳴った。明らかに、皆がよく知っている、あの物腰の柔らかいアケチらしくないのである。なんとも、荒々しいのだ。
そして、このアケチは、本当に、自分から、目前の青銅の魔人むかって、飛びかかっていったのだった。
「何を、こいつ!」と、青銅の魔人は唸った。
なんと、アケチときたら、素手なのに、ヨロイで重装備した青銅の魔人に、正面から組みついていったのである。それだけではない。彼は、十分な力で、青銅の魔人を押さえ込んでいるのだ。
「アケチくん。や、やりますねえ」あらためて、青銅の魔人が動揺した。
「だから、アケチと呼ぶんじゃねえ!俺はコゴローだ!」
そう怒鳴るなり、アケチは、さらなる怪力を発揮して、青銅の魔人を勢いよく押し飛ばしたのだった。
青銅の魔人は、後ろへと吹っ飛んだ。そのまま、歯車や心棒にぶち当たりながら、壁にまで押し倒されてしまったのである。鉄のかたまりである青銅の魔人がぶつかったものだから、壁の方も、大きく、ハデに、ぶち破れてしまったのだった。
「ちくしょう!やるな!」
青銅の魔人は、すぐに立ち上がった。こんなに武具の差があるのに、一方的にやられてしまうだなんて、彼だって、納得がいかないし、プライドが許さないのだ。青銅の魔人は、急いで態勢を立て直して、アケチ、いや、コゴロー目がけて、向かっていったのである。
両者は、再び、がっぷり四つに組み合った。
コゴローは、完全武装した青銅の魔人を相手にしても、全然、引けを取ってはいないのである。それどころか、青銅の魔人を、どんどん圧倒し始めたのだ。
コゴローが、なんたる事か、素手で魔人の腹部をぶん殴った。かつては、拳銃の弾をもはじき返すとも吹聴されていた魔人の胴体部をだ。それは青銅製の頑丈なボディーであったにも関わらず、コゴローは、拳を痛がるような素振りさえも見せないのであった。のみならず、青銅の胴当ての奥にあったニジュウ面相の体へと、確実にダメージを与えていたらしいのだ。
負けてはいられない青銅の魔人も、反撃して、コゴローの事を、青銅の太い右腕で叩こうとした。ところが、振り下ろした腕は、簡単に、コゴローに受け止められてしまったのだった。
コゴローは、魔人の手を持ったまま、魔人の体を振り回した。全く、信じられないような怪力なのだ。
剛腕を誇る鉄のロボットのつもりだった青銅の魔人は、哀れにも、すっかり、コゴローの前では、赤子同然の扱いを受けてしまったのだった。
コゴローが、力いっぱいに、青銅の魔人の体を放り投げた。魔人は、またもや、ぐーんと飛ばされて、機械室の壁の一方へと叩きつけられてしまったのだ。
今度は、壁に穴が開いただけでは終わらなかった。勢いづきすぎて、魔人の体は、壁をぶち壊したのみではなく、それを完全に突き破いて、とうとう、青銅の魔人そのものが壁の外へと押し飛んでしまったのである。
機械室は、5階より高い屋根裏の部屋だったのだから、それは相当な高さだった。まともに地上にまで落下してしまっていたら、いくら青銅のヨロイに身を包んでいたとは言っても、無傷では済まなかっただろう。
でも、ニジュウ面相は運が良かった。彼が飛ばされた側の外の空間には、ちょうど適度な大きさの建物があったのである。青銅の魔人に化けていたニジュウ面相は、うまく、その建物の屋根の上に落っこちたのだった。時計塔の機械室から見下ろすと、わずか5、6メートル下の距離である。
青銅の魔人は、その屋根のど真ん中にと放り出されて、仰向けになって、倒れたのだった。




