青銅の魔人
時計塔内の狭い機械室の中で、アケチ探偵とコバヤシのコンビは、壁の前に超然と立つニジュウ面相と、正面から向き合っていた。お互いに、表面的には平静を装っているが、本当は最大の宿敵同士なので、内心では凄まじい緊張感を抱いているのだ。
「ニジュウ面相は、いつから、この場所に潜んでいたのでしょう?」コバヤシが、そっとアケチにささやいた。
「おや。コバヤシくん。君は、私が魔法使いである事を忘れたのですか。私の手にかかれば、この程度の屋敷など、目をつぶっていても忍び込めるのです」ニジュウ面相が、あざけるように、うそぶいた。
「ふん。どうせ、他の連中と同じ侵入ルートを使ったんだろ。ニジュウ面相、それにしても、お前には失望したよ。お前のモットーは、人を殺したり、傷つけたりはしない事じゃなかったのか?なのに、クモ男や人間ヒョウみたいな凶悪な不良犯罪者と手を結ぶとはな」と、アケチ。
「いいえ。私のモットーは、今でも変わってはいませんよ。私は、一般人や警官のことは、絶対に殺しません。だから、クモ男たちが、この時計塔のトラップで人を殺そうとした時も、私だけは参加していなかったでしょう?彼らとは、私は、あくまで、犯罪上のパートナーにすぎません」
「つまり、お前たちが勝手に『暗黒星』と名乗っている組織の事を言ってるのかい。まあ、いいさ。いずれは、僕が、お前らの事は、まとめて捕まえてやるよ。首を洗って、待ってるんだね」
「おお、なんと言う自信!さすがは、巨人と呼ばれている名探偵です。その日が来るのを、私も楽しみに待っている事にしましょう。もっとも、君は、今の私の事だって、捕らえる事ができるのですか?」
アケチとニジュウ面相が、このような会話を交わしている最中も、コバヤシ青年は、ひそかに、部屋の出口の方へと移動していた。出口の前に立って、ニジュウ面相の脱出経路をふさぐ為だ。アケチ・コバヤシのコンビは、いつだって、阿吽の呼吸の、抜群のチームワークぶりなのである。
こうして、それとなく、ニジュウ面相の退路は閉ざされてしまったのだった。もはや、彼には、アケチたちと戦って、相手をやっつけるか、あるいは、自分が捕まってしまう以外の選択肢はないのだ。
「さあ、ニジュウ面相、どうする?こんな場所で、僕の前に現われたのが運の尽きだな。おとなしく、捕まるかい。それとも、悪あがきして、まだ逃げ出しでもするのかい」挑発するように、アケチはニジュウ面相に呼びかけた。
「どちらでもありません。だって、私は、アケチくん、君に用事があって、ここに来たのですから。私は、どうしても、君の秘密を知りたいのです」ニジュウ面相は、笑いながら、言った。
「僕の秘密だって?」
「そうです。今日こそは、それを暴かせてもらいますよ」
ニジュウ面相は、さっと、大きな歯車の後ろに隠れた。
次の瞬間だった。ニジュウ面相が隠れた付近からは、ギリギリと鉄が擦り合うような音が聞こえてきたのだ。
アケチもコバヤシも、ハッとした。
続いて、ニジュウ面相が隠れていた場所からは、先ほどのニジュウ面相とは、まるで別の容姿のものが現われたのだった。
それは、全身が鉄で出来た怪物なのである。いや、正確には、鉄ではない。青銅なのだ。鈍い青色をした、青銅製のロボットなのである。顔も青銅のマスクならば、胴も腕も両足も青銅の肌で包まれており、全身が青銅で出来た化け物なのだった。これこそが、かつて、トーキョー・シティを恐怖と混乱に落とし入れた青銅の魔人なのである。
「アケチくん。この姿を覚えていますか。以前、私が扮装した怪物の一つである青銅の魔人です」と、その金属のロボットは、ニジュウ面相の声で語り始めた。
「もちろん、覚えているよ。まさか、その姿で登場するとはね」アケチも、少々、おののいていた。
「あの時は、私は、『食料として、時計の歯車やゼンマイばかりを食べる怪物』という設定のもとで、この青銅の魔人に化けました。そして、あちこちの時計店を襲って、大量の時計を奪いまくったのです。しかし、それは、全て、最後の大仕事の為のカモフラージュでした。私は、この青銅の魔人の姿で、最終的には、国宝級の芸術品である『皇帝の夜光の時計』を盗むつもりだったのです」
「だけど、僕の方が、先にその陰謀に気が付いて、お前の計画は事前に阻止してやったんだったね。『夜光の時計』を守り抜いたのみならず、青銅の魔人の正体がお前である事も暴いてやったんだ」
「全く、その通りです。おかげで、私の方も、これ以上、青銅の魔人を演じる事が無意味となり、この青銅の魔人もお払い箱になってしまいました。でも、あの時は、ついに、この青銅の魔人の姿では、君とは、直接、戦う事はありませんでしたね。だから、今回はリベンジです。時計塔の中で、青銅の魔人の姿で、君と決闘するなんて、実に、最高の余興だとは思いませんか」
そう言って、ニジュウ面相である青銅の魔人は、ギリギリと音を立てて、笑ったのだった。
もちろん、ニジュウ面相が、本物の機械人形にと変身してしまった訳ではなかろう。きっと、青銅の魔人のこの金属製の肌の内側には、ニジュウ面相が入っているのだ。いわば、彼は、青銅のヨロイを着た状態なのである。
とは言え、だからって、決して安心はできない。金属のヨロイで武装していると言うだけでも、十分に脅威なのである。しかも、アケチの方は、こんな展開を予想してなかったものだから、今は完全に丸腰なのだった。とてもじゃないが、素手では、ヨロイを着た相手には太刀打ちできるとは思えないのだ。
ついに、青銅の魔人が動き始めた。窮屈で、重いヨロイをつけているものだから、その動きは決して早くはないが、代わりに、ものすごい迫力なのだ。
デモンストレーションとばかりに、青銅の魔人は、軽く、手前にあった心棒を叩いた。すると、その心棒は、あっさりとへし曲がってしまったのだった。いやはや、恐るべき腕力なのだ。
「待て!ニジュウ面相!そんな姿で、僕と本気で戦って、どうするつもりなんだ。僕を殺すつもりか?お前のモットーは、人殺しをしない事と違ったのか?」とっさに、アケチ探偵はニジュウ面相に訴えた。
「私が殺さない対象は、あくまで、一般人です。でも、君は、一般人ではなく、名探偵でしょう?しかも、宿敵なのでしたら、なおさら、私の殺さない範疇ではありません。むしろ、相手がアケチコゴロウだと言うならば、私の手で、ますます葬ってみたいものです」青銅の魔人は、そう言って、冷たく笑ったのだった。
どうやら、アケチ探偵は、今、並ならぬ危機に直面してしまったようなのである。




