真昼の鬼火
コバヤシの報告を受けて、翌日の昼間、アケチ探偵とコバヤシは、さっそく、コバヤシが妙子と出くわしたと言う敷地内の地点にと出向いたのだった。
その場所は、確かに、目立たなくて、特に重要な地点だったようにも感じられなかったのである。あえて説明すると、敷地内を横断している通路の一角であって、道の片方は塀へと続き、もう一方の先は時計塔のあたりにまで繋がっていた。
もし、塀さえ通過できるのであれば、この道は、きっと、敷地の外から時計塔へと真っ直ぐに向かえる最短ルートであっただろう。しかし、実際には、この区画の一番そばの塀には、塀だけではなく、塀にピッタリくっつく形で小さな物置小屋まで建っていたので、やはり、この区域は、何も利用できそうにない道路にしか見えなかったのである。
「本当に、この場所で、妙子さんを見たのかい?」アケチは、コバヤシに尋ねた。
「はい。間違いありません」と、コバヤシ。
「だとすれば、彼女は、なぜ、夜中に、こんな所をうろついていたのだろう?」
「本人に、思い切って、聞いてみましょうか」
「いや。あの娘の性格からして、本当のことは教えてくれないだろうね。もし、私的な事情があって、夜に散歩していたようだったならば、なおさら・・・」
アケチは、考え込みながら、この道の地面を見渡した。そこで、彼は、あるものを発見したのである。
「これは?」
しゃがみこんだアケチは、地面の一点を指さした。
そこには、小さく、赤い色がついていたのである。
「もしかして、血痕?」と、コバヤシ。
「確か、昨日の夜、ここで妙子さんは転んだ、と言ってたね?」
「はい」
「ひょっとすると、その時、彼女は傷ついて、路上にも血をつけたのかもしれない」
アケチは、地面のそばの小石の上にも血痕があるのを見つけて、その小石を拾い上げた。
「どうするんですか、先生?」
「うん、ちょっとね。調べてみたい事があるんだ」アケチは、思わせぶりな口調でそう言い、神妙な表情を浮かべたのだった。
同じ頃、玉村家の本邸では、二郎の部屋に一郎が訪ねてきていた。
歳も性格も違う二人であったが、ずっと共に暮らしてきた兄弟なので、決して仲が悪い訳でもなかったのだ。それどころか、一郎は温厚な性格だったし、二郎は純真で、素直に兄の一郎を慕っていたので、むしろ、二人の関係はすこぶる良好だったのである。
この時だって、アケチ探偵の臨時助手となって、一生懸命に働いていると言う二郎の自慢話に、一郎は、うざがる様子もなく、楽しそうに耳を傾けていたのであった。
だが、そんな最中である。
「あ」と、いきなり、二郎が素っ頓狂な声を出した。
「どうした、二郎?」一郎が二郎に尋ねる。
「兄さん、見てごらんよ。ほら、時計塔を。昼間なのに、鬼火が光ってる」
前述したように、二郎の部屋は、時計塔が正面から見えるベストポジションだった。
今も、二郎たちの前では、時計塔の大きな文字盤がはっきりと見えているのである。しかし、その文字盤では、4の数字の近くにある丸窓の奥が、なにやら、キラキラと光っていたのだった。
「鬼火?」一郎も、ア然として、呟いた。
「まさか、こんな昼間にも鬼火が出てくるようになるとは!でも、ちょうどいい機会だ!昼間なら、真夜中よりも、ずっと安全じゃないか。よおし、今すぐ、時計塔に向かって、あの鬼火の正体を暴いてやる!」
「ダメだよ、二郎。行っちゃ、いけない!」なぜか、一郎が猛烈に反対したのだった。
「どうして?」
「あれは、いつもの鬼火じゃない。もしかすると、恐ろしい罠かもしれない」
「なぜ、そう思うんだい。鬼火は鬼火じゃないか」
「昼間に現われたと言うのが、まずヘンだ。それに、鬼火の灯っている高さを見てごらん。これまでの夜の鬼火は、5階のあたりで光ってたじゃないか。でも、あの鬼火は、文字盤の中で光っている。どう考えても、不自然だよ」
「兄さんの方こそ、考えすぎだってば。だいたい、今の時計塔の周辺には、警備の人が、何人も見張りについているんだぜ。だから、彼らも誘って、時計塔の上まで上ってみる事にするよ。それなら、危険な事なんて無いし、ぜんぜん安心だろう?」
「いや、絶対ダメだよ!時計塔に上るのだけはいけない!」一郎の方は、なおも、必死に、二郎の行動を止めようとしたのであった。
しかし、一度思い立ったら、その考えを簡単に曲げるような二郎ではないのだ。二郎は、反対する一郎を押し切って、とうとう、部屋を飛び出してしまったのだった。




