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 それから、さらに一週間以上が過ぎた。フミヨが行方不明になった日から数えると、すでに半月近くが経った事になる。しかし、アケチ探偵や警察の必死の捜索も虚しく、依然として、フミヨがどこにいるのかは、何の情報も掴めていなかったのだった。

 その日は、アケチは、大トーキョーの西南の片隅にあるM町の方にまで、足を伸ばしていた。

 M町と言えば、あのZ曲馬団の公演が行なわれる場所でもあるのだ。その幕開きが、いよいよ、明後日に迫っていた事もあって、この界隈は、ますます、このサーカス団の噂で賑わっていたのだった。

 町のあちこちには、Z曲馬団の公演チラシがウルサイほど貼られて、道行く人々も、かなりの割合で、このサーカス団の話を交わしていた。町の中に紛れ込んでいたアケチ探偵も、嫌でも、それらを目や耳にする事となったのだ。ただし、暗く沈んだアケチにとっては、このような明るい話題も、しょせんは、ただの煩わしい雑音に過ぎなかったのであった。

 やがて、この日も、何の成果も得られないまま、夕方となってしまった。アケチも、落胆しながら、今日の捜索は、そろそろ打ち切る事にしたのである。

 彼は、近くで目についた、小さな定食屋へと入ってみた。今から事務所に帰ったところで、どうせ、夕食は出前を取る事になるのだから、此処で食べて行く事にしたのである。

 店内の隅の席に着いたアケチは、あまり目立たないようにしながら、平凡な定食を頼んだ。それは、すぐに届いたので、彼は、静かに、ささやかな晩餐を始めたのである。

 その主婦たちの声が聞こえてきたのは、そんな時であった。この三人組の中年女性は、アケチがこの店に入ったあと、少し遅れてから来店したお客たちだった。彼女たちは、アケチのすぐそばのテーブルに腰掛けると、さっそく、大きな声で世間話をし出したのだ。

「ねえ、あんた。その後、お隣さんは、どんなご様子なの?」と、主婦の一人が別の一人に聞いた。

「それが、相変わらずなのよ。全く、不気味で、しょうがないわ」話し掛けられた主婦も、そう答えたのだった。

 彼女らにしてみれば、それは、きっと、コソコソ話のつもりだったのかも知れないが、何せ、彼女らの声が大きかったものだから、少しも内緒話にはなっていないのだ。

「その人は、外出する時は、いつも、黒いマントをつけて、鳥打帽を被って、顔を隠しているんですってね。しかも、帽子の奥に見えた両目は、キラリと光ったとか」別の主婦が言った。

 この内容に、つい、アケチは聞き耳を立てたのだった。どうせ、この主婦たちの大げさな噂話ハッタリだったのかも知れないが、だとしても、そこには、アケチの気になる情報が、色々と詰まっていたのである。

「だから、あんたは、その人のことを、勝手に『ネコじいさん』なんて、名付けちゃったんですもね」主婦の一人が、下品に笑った。

「それがさあ、半月ほど前から、怪しい点が、また一つ、増えたのよ」話し掛けられた主婦が、急に声を潜ませた。もっとも、変わらずに、会話は全て、アケチには筒抜けだったのである。

「何があったの?」

「その『ネコじいさん』に連れができたらしいのよ」

「連れですって?じゃあ、『ネコばあさん』?」

「いや、それが若い女の人なの。まだ20歳ぐらいかしら」

「その女の人も、太陽の光が嫌いで、目が光るの?」

「その辺が、よく分からないのよ。その若い女は、ずうっと、家の中にいるみたいだから。あたしも、窓から、その人の姿をチラチラ見ただけなのさ。きれいな女性でね、なんだか、とても悲しそうな顔をしていた」

「何、それ?もしかしたら、連れなんかじゃなくて、『ネコじいさん』に誘拐されたんじゃないの?家ん中に監禁されているとか」

「そうよ。そんな不気味な男と同居しているのだったら、あり得るわ。最近、流行りの虐待ってヤツかもよ」

「かも知れない。でも、お隣さんがしている事に、事情も分からないのに、口を挟む訳にもいかないしね」

 そこまで聞いてから、アケチ探偵は、ガバッと立ち上がったのだった。もう、これ以上は、聞き流してはいられなかったのである。彼には、それは、ほぼビンゴのように思えていた。まさか、こんな場所で、このような情報が手に入るとは思わなかったのだ。

 アケチは、会話をしていた主婦たちのテーブルの元へと向かった。

「すみません。僕は、こういう者なのですが」そう声を掛けながら、彼は、主婦たちへ、自分の名刺を差し出した。そこには、はっきりと「私立探偵 アケチコゴロウ」の名前が印刷されていたのである。

 そんな名刺をいきなり見せられた平凡な主婦たちは、言うまでもなく、驚きの表情になったのだった。


 それから小一時間後、アケチ探偵は、都内の某所にヒッソリとたたずむ洋館の前にと立っていた。

 この洋館こそは、先ほどの主婦たちが話していた「ネコじいさん」なる男が住んでいる屋敷なのだ。アケチは、主婦たちに事情を話して、この場所を教えてもらったのである。表向きの理由は、この屋敷で横行しているかも知れない犯罪を、代わりに調査してあげる、と言うものだった。だが、アケチとしては、むしろ、此処にフミヨは監禁されているのではないか、と強く睨んでいたのであった。

 すでに、周囲は夜の闇にと包まれ始めていた。この洋館の全景も濃いシルエットとなり、館の窓だけが、まるで猫の目のように明るく光っているのだ。

 果たして、たまたま、町の中で拾った世間話を、ここまで信じ込んでしまっても、良かったのだろうか。きっと、普段のアケチだったならば、もっと周到に、警戒して、行動していたはずである。だが、今のアケチは追い詰められており、後がない状態だった。そこに焦りも加わったものだから、なおさら、こんな不審な情報にでも、ひたすら、すがるしか無かったような有様だったのだ。

 ともあれ、アケチは、今は、まずは、この謎の洋館を調べるしかないのであった。

 彼は、いざ洋館へと踏み込む前に、先に、自分の背広のポケットの中を確認しておいた。そこには、しっかりと、護身用の小型の拳銃がおさまっていたのだ。国家規模の事件の捜査を引き受ける事もあるアケチは、特例として、個人で拳銃を持つ事も許可されていたのである。

 今のアケチにとって、この拳銃は、もっとも大事な武器の一つだった。もちろん、アケチは、怪力無双のコゴローに変身する事もできたのだが、今は一秒でも無駄にできないので、なるべく、コゴローには変わらずに、危機は乗り切りたかったのである。通常は非力なアケチにしてみれば、やはり、拳銃はとても頼もしい存在に感じられたのだ。

 さて、いよいよ、この洋館の中へ突入してみる事にしよう。

 アケチが、ようやく、そう決心を固めた時であった。

 いきなり、洋館の玄関のドアの方が、先に、勢いよく開いたのだった。

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