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竜子の正体

「どういう事なの?あなたが北園竜子だとしても、なぜ、隠れたり、逃げたりする必要があったの?」フミヨは、あらためて、社殿の床下にいる女性へと質問してみた。

「私、借金を抱えていたのです。それも、とても返せそうにないほどの金額の。それで、ヤクザにしつこく取り立てを迫られて、風俗店で無理やり働かされてもいました。あなたは、そのヤクザの使いではなかったのですか?」相手が、震える声で聞き返してきたのだった。

「違うわ。第一、私、女よ。ヤクザなんかとは、まるで関係ないわ」

 そう答えつつも、フミヨは、ハッとしたのだ。今の彼女は、スーツを着て、男装していたのである。チンピラに見間違えられても、やむを得ない格好だったのだ。

「待ってよ。少し、話を整理させて。まず、あなたの姿をきちんと見せてくれない?」

 そう言いながら、フミヨは、一方的に、社殿の床下の奥を、懐中電灯で照らしてみたのだった。

 ぱあっと、床下にいた人物の姿が明るくなって、フミヨの目でも確認できた。そこにしゃがみ込んでいた女性は、紛れもなく、フミヨと同じ顔をしていたのだった。いや、実際には、微妙にフミヨとは違っていた。同じ顔と言うよりも、いわゆるソックリさんなのである。こうやって、じっくりと間近で顔を見たからこそ、ようやく、そこまで見分ける事ができたのだった。しかし、双子である妙子は、わざと二人の姿を似せ続けていた事もあって、フミヨとはそっくりレベルではなく、完全に同一の顔だったはずだ。

「あ、あなたは、やっぱり、妙子さんじゃないの?」うろたえながら、フミヨが呟いた。

「だから、そう言っているじゃありませんか。私は、北園竜子です」

 竜子は、懐中電灯の眩しい光を遮ろうとして、自分の顔の前に左手を持ってきた。激しく走り回った為、今では、その手に巻いていた包帯も取れてしまっており、肌がむき出しになっていた。その手には、まさしく、人さし指が無残にも欠けていたのである!

「じゃあ、あなた、その指はどうしたの?なぜ、あなたは、人さし指がないの?」フミヨは、すかさず、竜子に尋ねてみた。

「これは、借金の代償です。つい最近、私の借金を肩代わりしてくれると言う人物が現われたのです。その人が、支払いの見返りとして、私の指を所望したのです」

「何ですって!」フミヨは、驚いたのだった。あまりにも異様すぎる話なのだ。

 竜子は、さらに、身の上話を続けた。

「借金で首が回らなくなっていた私は、もはや、他に選択の余地がなくて、その人物の申し出を受け入れました。結果として、私は左手の人さし指を無くしましたが、無事に借金は返済してもらえたらしいのです」

「でも、あなたは、今さっき、私のことを、ヤクザの仲間と勘違いしたのでは?」

「はい。借金を肩代わりしてくれた人が、私に忠告してくれたのです。借金が無くなったのは間違いないけれど、相手はヤクザなので、この先も、どんな言い掛かりをつけて、また私に干渉してくるか分からないって。だから、ヤクザに見つからないように、逃げた方がいいと言われたのです」

「それで、あのタカキ町の一軒家に、突然、引っ越してきた訳だったの?」

「はい。借金を肩代わりしてくれた人が、優しく、あの引っ越し先まで紹介してくれたのです。あとは、あの家で、目立たないように、ひっそりと暮らしていくようにと言われていました。それなのに、ある時から、私の身辺を探る、怪しい者が現われて・・・」

 それを聞き、フミヨはハッとしたのだった。竜子の話に出てきた怪しい人物とは、どうやら、ヤクザなんかではない。恐らくは、竜子の身元を調査していたフミヨの事を言っているらしいのだ。何てことであろうか。フミヨのとった行動が、平和に過ごしていた竜子に余計な不安を与えてしまったようなのだ。

 竜子は、さらに話を続けた。

「私は、この事を、すぐに、例の借金を肩代わりしてくれた人に相談しました。すると、彼は、今の家の天井裏に隠れるようにと提言してくれたのです。それが一番、安全な身の隠し方だと言われました。私も、その通りだと思い、これまで実行していました。それなのに、こうも簡単に見つけられてしまうなんて!ああ、もうおしまいです。どうか、これ以上、私のことを苛めないでください。できれば、見逃してください」竜子は悲痛な声で懇願してきた。

 フミヨも、呆然としてしまったのだった。

 一体、この件は、このあと、どうしたらいいのだろうか。これまでの話を聞いた限りでは、この竜子という女は、完全に人違いのようであった。しかし、なぜ、こんな誤解をするハメになってしまったのだろうか。フミヨが勘違いするように、あまりにも、話が出来すぎている感じもするのだ。

「ねえ、竜子さん。あなたの借金を肩代わりしてくれた人って、何者なの?」フミヨは、さりげなく、竜子に尋ねてみた。

「詳しい素性は、私もよく分かりません。須藤と名乗る男の人でした」

「その人、何か、特徴はあった?」

「いつも、黒いマントを羽織って、鳥打帽を被っていました。あと、背が高かったです」

 フミヨはギョッとした。この特徴は、あの「唇のない男」と同じものである。こんな案件で、またしても、「唇のない男」と出くわしたのだ。フミヨは、一気に、嫌な胸騒ぎを覚えたのだった。

「その男の顔は、どんな風だったの?」

「それが、きちんと見せてくれた試しがなかったのです。いつだって、サングラスとマスクをつけて、顔を隠していました。でも、一度だけ、不注意でマスクが外れてしまった事があって、その時、チラッと見えた彼の口は、怪我をしていました」

「怪我?」

「はい。気の毒にも、口が頬っぺたまで破れた事があるらしくて、大きな切り傷になっていたのです」

 フミヨは、がく然とした。竜子が見たものは、切り傷なんかではない。それは、この男の本来の特徴なのだ。つまり、竜子の恩人とは、あの悪漢・人間ヒョウと考えて、間違いなさそうなのである。人間ヒョウは、あのスミダ川の事故では死んではおらず、やはり、まだ生きていたのだ!

 と、その時だった。

「はいはい。そろそろ、お喋りは終わりにしてくれないかしら」

 そんな女の声が、フミヨの背後から聞こえてきたのである。

 若い女の声だった。いや、それ以上に、フミヨには、それは大変に聞き覚えのある声だったのである。だって、自分の声にソックリだったのだから。

 驚いたフミヨは、すかさず、後ろを振り向いた。そして、彼女は、さらに驚く事になったのである。

 と言うのは、そこには、ピエロの格好をした女が立っていたからだ。説明するまでもあるまい。この女こそは、まさしく、暗黒星の一員、ジゴクの道化師なのだ。つまりは、フミヨが求めていた本当の探し人の妙子なのである。

 そして、その場にいたのは、彼女だけではなかった。ジゴクの道化師に寄り添うように、もう一人、あの怪人・一寸法師もウロチョロしていたのである。

 ジゴクの道化師も一寸法師も、可笑しそうに、ニタニタと笑っていた。

「ひょっとして、あなたが本当の妙子さんなの?」頭が混乱しながらも、フミヨは、相手に尋ねた。

「それがどうだって言うのよ」ジゴクの道化師は、冷たく、言い返した。「要するに、あんたは、まんまと、あたしの仕掛けた罠に引っかかったって事よ」

「罠?罠って、なぜ、そんな事を?」

「あんたを、うまく、アケチの奴から引き離して、ラクに誘拐する為よ。そこの床下に隠れている女は、この罠のエサとして用意した道具だった。実際、思っていた以上に、あたしたちに似ていたでしょう?ここまで似ている他人を見つけてくるのは、けっこう大変だったわ」

「ど、どうして、彼女を巻き込んだりしたの?」

「だって、あたし自身を囮にして、あんたをおびき寄せるような危険なマネはできないでしょ。だって、あんたは、あたしの居場所を知ったら、問答無用で、殺しに来るだろうからね」

 フミヨには、ジゴクの道化師こと妙子の言っている事が、何もかも、よく分からなかった。フミヨは、妙子への憎しみや敵意などは微塵もないのだ。それなのに、妙子の方は、フミヨが妙子に害意を持っていると考えていたようなのである。もっとも、どっちだったにせよ、フミヨは、妙子の替え玉である竜子に引っ掛かってしまったのだから、妙子の罠は見事に成功した事になるのだが。

「ねーちゃん。まだ喋ってるのかよ。早く、始めようぜ」と、いきなり、ねだるような声で、一寸法師がジゴクの道化師へと催促した。

「そうね。あたしも喋り過ぎみたいね。よおし、それなら、始めようか」ジゴクの道化師は、キッとフミヨの方を睨みつけた。「いいわよ、進一。やっちゃいなさい」

 次の瞬間、嬉々とした表情の一寸法師は、ブツブツと般若心経を唱えながら、まだ頭が混乱していたフミヨ目がけて、素早く、わあっと飛びかかっていったのだった。

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