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夜道の追跡

 フミヨが、竜子とこんな近距離で会ったのは、これが初めての事であった。だから、竜子の顔も、この時、初めて、よおく目にしたのである。その顔は、あらためて眺めてみても、フミヨにそっくりなのだった。

 もっとも、それはチラッとしか拝見できなかったので、それ以上の分析はできなかった。と言うのも、フミヨに発見されるや否や、竜子は、フミヨの方に背を向けて、慌てて、逃げ出したからである。

「ああ、待って!逃げないで!」フミヨは、急いで、竜子の背中に呼び掛けた。

 だが、動揺している竜子が、立ち止まってくれるはずもないのである。今の彼女は、不審な相手、フミヨから急いで逃げる事しか、頭にはなかったのだ。とにかく、彼女は、逃走しなければいけない立場だったようなのである。

 とうとう、竜子は、天井裏の一番隅にまで、這って逃げてしまった。もう先はない。一見、追い詰められてしまった状態なのだ。

 しかし、それで竜子は観念などはしなかった。彼女は、続けざま、その行き止まりの天井裏の壁にと体当たりしていったのである。意外なほど、天井裏の壁はもろかった。次の瞬間、竜子の体は壁を突き破り、家の外へと飛び出していったのだった。

「ああ、しまった」フミヨは、つい溜息を漏らした。

 せっかく、タカキ町の謎の女性を発見したはずだったのに、土壇場で逃げられてしまったのである。全ては、フミヨの詰めの甘さが原因だとも言えた。

 それでも、彼女は、急いで、自分も天井裏へと這い上ったのだった。そして、天井裏の上を素早く移動すると、竜子が逃げ出した壁の穴の前まで向かったのである。

 壁の穴に顔を突っ込むと、向こう側には、すでに暗くなっていた往来が見えた。さらに、穴の真下には、短いひさしが伸びていたのである。恐らくは、竜子は、壁のこの地点にひさしがあった事を覚えていたからこそ、こんな無謀な壁破りの脱出劇を試みたのであろう。

 彼女は、壁をぶち破って、外へ飛び出した後、いったん、このひさしの上に飛び乗ったのだ。それから、ワンクッション置いて、下の路上へと飛び下りたのである。フミヨが、目を凝らして、往来を見渡してみると、案の定、ヨロヨロしながら、遠くへと逃げて行く人影が見つかったのだった。多分、この人物は竜子だ。

 そこで、フミヨも、壁の穴をくぐると、ひさしの上に飛び乗ったのだった。そのあと、彼女は、慎重に、地面の上に飛び下りたのである。多少の高さはあったものの、上手にやれば、ノーダメージで下りる事ができた。フミヨは、あくまで、逃げた竜子のことを、なおも追い掛けるつもりなのだった。

 竜子は、すでに、だいぶ遠い場所を走り逃げていたが、足を引きずっていたようなので、あまり早足でもなく、これから追跡すれば、十分に追いつけそうであった。竜子の方は、きっと、慌てて、地面へと落下したものだから、どうやら、足を痛めてしまったらしいのだ。

「待って!何もしないわ!逃げないで!」フミヨは、そう呼び掛けながら、懸命に、竜子のあとを追った。

 もちろん、そんな事を言われても、竜子は、まるで立ち止まる素振りは見せなかったのだ。彼女の方も、必死に、逃げ続けているのである。少しずつ、二人の距離は縮まっているようなのだが、それでも、なかなか追い付くところまではいかないのだった。

 やがて、二人は、タカキ町の中でも、かなり淋しげな場所へと移動していた。周囲には民家はなくなり、前方は、こんもりした森にと繋がっているのである。竜子は、とにかく、人目のない所へ逃げていって、なんとか姿をくらまそうと考えていたみたいなのだった。

 森の中には、ポツンと、さびれた神社が建っていた。今にも追いつかれそうな逃亡者が、一か八かで選んだ最後の逃げ場所は、どうやら、其処らしかった。あいにく、追跡者のフミヨの方にも、そうした竜子の思惑は全て読めてしまっていたのである。

 神社の社殿にまで辿り着いた時、突如として、逃げ走っている人影が消えた。いや、魔法のように人間が消滅するはずがない。竜子は、社殿にある高い床下へと飛び込んだのだ。それは、あまりにも稚拙な隠れ方だとも言えた。追い掛けていたフミヨも、すぐに、竜子の居場所を見破ったのである。

 ついに、竜子は、逃げ道のない場所にと追い込まれてしまったのだ。

 フミヨも、ようやく、竜子を追い詰めた事を認識すると、少しホッとしながら、社殿の床下へと近づいていったのだった。彼女自身まで、相手を追って、床下に入ったりはしなかった。彼女は、床下のすぐ手前から、そこを覗き込み、中にいるはずの竜子へと呼び掛けたのである。

「竜子さん。いや、妙子さん。怖がらなくていいのよ。安心して。もう大丈夫だから。何も怖い事はないから、そこから出てきてもいいのよ」

 フミヨは、懐中電灯を持っていたのだが、安易に床下の中を照らしたりはしなかった。相手を怯えさせてはいけないと、細心の注意を払っていたのである。

 暗い床下からは、すぐには返事は戻ってこなかったが、荒い吐息は聞こえてきた。間違いなく、そこに竜子は潜んでいるのである。

「ねえ、妙子さん。声を聞かせて。そこにいるんでしょう?」フミヨは、もう一度、問いかけてみた。

 すると、ようやく、床下の方から、ひっそりとした声が返ってきたのだった。

「妙子さんって、誰ですか?私、そんな人ではありません」

 その返事に、フミヨは、少し動揺したのであった。

 竜子の地声は、この時、初めて耳にしたのだが、思っていたよりも、ずうっと、自分の声とはトーンが違う感じがするのだ。確か、双子であるフミヨと妙子は、瓜二つの声をしていたはずであった。

「あなた、本当に、妙子さんではないの?」フミヨは、落ち着いて、相手に聞いてみた。

「私は、北園竜子です。妙子なんて人は知りません」

「でも、北園竜子というのは、あなたの偽名ではなかったの?」

「違います。私は、本物の北園竜子なのです。あなたは、私を追っていたのではなかったのですか?」竜子の声は、ひどく震えていた。とても嘘や演技だとは思えないのである。

 フミヨの方も、なんだか、自分のこれまでの確信が、急に揺らいできたのだった。

 果たして、この床下の人物は、何者なのであろう。妙子ではなかったのだろうか。

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