フミヨの疑惑
フミヨは、そのあと、鳥井から、タカキ町の謎の女性の名前と詳しい住所を聞き出すと、彼をすぐ店へと返したのだった。もちろん、これらの情報のやり取りをした事は、二人だけの内緒である。
そして、探偵事務所の中に一人っきりになってしまってからも、フミヨは、しばらくの間は、呆然とした状態でいたのだった。
「暗黒星に所属していた犯罪者たちは、いずれも、自分だけの隠れ家を保有していたわ。クモ男もだし、人間ヒョウもそうだった。そして、彼らは、普段は別の人物を装って、世の中を欺いていたのよ。だとすれば、暗黒星入りしてしまった妙子さんも、同じ事をしている見込みがあるのでは?そして、鳥井くんがタカキ町で見つけた謎の女の人こそが、妙子さんの世を忍ぶ仮の姿だったのでは?」
フミヨが心で思った事は、すっかり、呟きとなって、口から漏れていた。
「何よりも、タカキ町の女性には、左手の人さし指が無かったらしいと言うのが、アヤシイわ。妙子さんも、暗黒星の企んだ偽装殺人に加担させられて、左手の人さし指を切断しているのよ。こんな部分まで一致していたとなると、ますます、タカキ町の女性は妙子さんだった可能性が強くなってくるわ」
しかし、そうは考えてみても、今のフミヨには、どうする事もできないのであった。
師匠のアケチ探偵にでも、これらの推測を、打ち明けておくべきだろうか。いや、アケチは、今、別件にかかりっきりで忙しい身だ。確実な証拠でもない限りは、こんな曖昧な情報には、すぐに着手はしてくれないだろう。
それに、フミヨには、勝手な思い込みで、妙子にと負い目を感じていた。彼女が暗黒星に身を寄せてしまったのは、自分のせいだと、フミヨは信じていたのである。だから、フミヨとしては、何とかして、妙子のことを、自分の手で悪の道から救い出したいと言う気持ちもあったのだった。
よって、今回の妙子にまつわる重要な情報は、まだ誰にも話したりはせず、自分の手柄にしたいと言う心情も、フミヨの中には、少なからず残っていたのである。
もっとも、このように、タカキ町の謎の女性の存在の情報を得た後も、この件については、しばらくは進展がなかったのだった。やはり、フミヨ自身が積極的に行動しない限りは、これ以上の詳しい事実を得る事はできなかったようなのだ。
かと言って、鳥井にばかり、新しい情報をねだる訳にも行かなかった。彼は、今回の件については、部外者には違いなく、これ以上、深く巻き込むべきではなかったからである。
そんな次第で、フミヨにしてみれば、タカキ町の謎の女性について、気になるけれど、それ以上は知る事のできない、モヤモヤとした日々が続く事になったのだった。
だが、やがて、フミヨにとっても、絶好のチャンスが訪れたのだ。
その日は、アケチ探偵は、大事な調査の為に、助手のコバヤシ青年だけを連れて、ヤマナシ県の方に出向いていたのである。フミヨは、またしても、一人っきりで、事務所の留守番を任されていたのだった。アケチは、今晩のうちには戻ってくるとは言っていた。それでも、フミヨは、またもや一人ぼっちにされて、事務所の中で、つまらなそうに、アケチらの帰りを待っていたのだった。
そうした退屈している状況で、フミヨは、ふと、あるアイディアを閃いた。その計画を思い浮かべているうちに、彼女は、ますます、それを本気で実行したくなってきた。そして、とうとう、フミヨは、姪のマユミと連絡を取ってしまったのである。
マユミもまた、探偵という職業には、並ならぬ関心を抱いていた少女であった。だから、おばのフミヨから、「少しの間、事務所の留守番を引き受けてほしい」と相談されると、喜んで、アケチの事務所にまで飛んできたのだ。
マユミが到着したら、フミヨは、すぐに留守番を代わってもらった。それから、自分は、素早く、外出用の姿に着替えたのである。以前にも披露した事のある、紺のスーツ姿の男装だ。女のフミヨとしては、この格好になった方が、探偵活動がしやすいのである。
こうして、フミヨは、事務所をマユミに預けてしまい、自分はさっさと事務所の外へ飛び出したのだった。目的地は、言うまでもなく、アオヤマ区のタカキ町である。彼女としては、どうしても、妙子らしき人物の姿を、自身の目でも、はっきりと確認しておきたかったのだ。
アケチの探偵事務所とタカキ町は、そこまで離れていた訳でもなかったので、すぐに到着する事ができた。女探偵であるフミヨにかかれば、鳥井から教わった住所も、たちどころに発見してしまったのだった。
そこは、昔から続いている住宅街であった。目的の家は、大きな邸宅に周りを囲まれた、小さな平屋の一軒家だったのである。その家は、特に古くから建っていたように感じさせる、年代ものの民家なのだった。貸家と言うよりも、持ち家のようにも見えた。
とにかく、フミヨは、しばらくの時間、この家を見張っている事にしたのである。
どうやら、観察した限りでは、確かに、この家屋には、誰かがヒッソリと住んでいるようなのだった。家の窓からは、チラチラと、女性らしき姿が動いているのが、フミヨの目にも写った。ただし、その正確な容姿までは見極められなかったのである。
その女性は、ずっと家に閉じこもったきりで、なかなか、屋外に出てくる気配もなかった。働かなくてもいい身分なのか、それとも、在宅ワーカーだったのだろうか。
フミヨは、もう少しだけ、待ってみる事にした。すると、これまた運が良かった事に、望んでいた瞬間が、ついにやって来たのだ。
と言うのも、お目当の住人が、ゴミを出す為に、たまたま、家の外に出てきてくれたのである。ゴミ袋を抱えて、家の玄関に姿を現わした目的の人物の姿を、フミヨは、今度こそ、バッチリと目撃する事になったのだった。
「あ!」と、思わず、フミヨは小さな声を漏らした。
なぜならば、そのゴミ袋を持った女性は、遠くから観察しても、フミヨと顔がとても酷似していた事が、はっきりと分かったからである。