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新たなる火種

 さて、アケチ探偵事務所では、あのリョウゴク国技館での人間ヒョウの事件が起きて以降、フミヨは、すっかり、事務所内での留守番や事務処理ばかりをやらされる日々を送っていた。

 アクティブなフミヨにしてみれば、本当は、もっと外へ出て、思いっきり活躍したかったのであるが、所長のアケチ探偵が、それを許可してはくれなかったのだ。

 しかし、それもそのはずであろう。もともと、フミヨは、アケチ探偵のもとで保護される意図で、この事務所には遣わされていたのである。なのに、自ら、危険な現場に飛び込んでいったりしたら、全くの本末転倒なのだ。さらに、リョウゴク国技館の一件で、犯罪組織・暗黒星の一味が、まだ、フミヨのことを諦めていなかった事もハッキリした。だったら、なおさら、フミヨを事務所の外で働かす訳にはいかなくなったのである。

 その事をよく分かっていなかったのは、いやはや、フミヨ本人だけなのであった。だから、なおさら、今の彼女は、現在の待遇に不満を抱き、自分がやけに過保護にされる事を不思議にすら思っていたのだった。

 最近では、このアザブ区リュウド町にある事務所を引き払って、新しい探偵事務所に引っ越す計画まで進んでいたようなのだ。ただし、この引越しの話は、必ずしも、フミヨの為ばかりとも言い切れない面もあった。このリュウド町の事務所は、この頃、敵対者の襲撃をやたらと受け過ぎていた。せっかく、さまざまな仕掛けや防犯システムを備えていたのにも関わらず、その全てが、どうも、敵にも知られてしまったようなのである。これでは、もう安全なアジトとも言えないのだ。どうやら、この事務所を捨てて、新事務所に移る潮どきだったのかも知れないのであった。

 ともあれ、そんな状況下で、フミヨは、今日も、事務所での留守番をやらされていたのである。

 なにぶん、アケチは、全国に知れ渡った名探偵なのだから、仕事を依頼してくる電話や手紙などは、毎日のように、事務所へは届いていた。だが、今日は、留守番電話や携帯電話だってあるご時世なのだ。誰かが、いちいち、それらに直に対応する必要はなかったし、それらの依頼を受けるかどうかも、結局は、所長のアケチの判断だったのである。よって、居残りのフミヨは、やっぱり、事務所に居たところで、つまらない雑用ぐらいしか、やる事はなかったのであった。

 その日の昼間にしたって、わざわざ事務所にまで上がり込んできた来客は、所内で食べる食料品を運んでくれたスーパーの店員だけだったのだ。

 この配送してくれた店員というのが、実は、アケチ青年実働隊のもと隊員だった。アケチ青年実働隊というのは、言わずと知れた、アケチ探偵の屈指の若き助手チームの事である。そのメンバーは、全員、少年院や少年鑑別所の出所者で構成されていた。アケチ探偵は、これらの未来ある若者たちの更生や社会復帰の目的で、彼らを積極的に自分の事務所で採用していたのである。

 そして、この青年実働隊の出身者の中には、めでたく、実働隊での活動期間を終えて、無事に、普通の社会生活に戻っていった人材も、ぼちぼちと現われ出していた。このスーパーの店員、鳥井青年も、その一人だったのだ。と言うか、本当の話をすると、この鳥井も、実際には、アケチ探偵の斡旋があったからこそ、今勤めているスーパー、山形屋にうまく就職する事ができたのであった。その点でも、確かに、アケチの実働隊に参加しておく事は、出所者たち自身にとっても、たいへん有利にはなっていたのだった。

 そして、そんな事情もあったものだから、アケチの探偵事務所では、山形屋をご贔屓にして、必需品なども、優先して、この店から取り寄せるようにしていたのであった。今日も、その定期配達日だったのである。

 フミヨは、いつものように、鳥井が、大きな箱に入った購入品を届けてくれると、事務所の受付で、その中身を丁寧にチェックしていた。そうして、注文した内容に間違いがない事が分かると、彼女は鳥井へとニッコリと微笑んだのだった。

「ありがとう、鳥井くん。今日も、中身は全部、揃っているわ」

「こちらこそ、いつも、ご注文くださって、ありがとうございます。うちの主人も、よろしくと言っておりました」鳥井の方も、気安く、フミヨへと礼を言ったのであった。

 元々がアケチの事務所の使用人だったのだから、鳥井の方も、フミヨとは十分に顔見知りだったのである。二人は、ただの店員とお客以上に、気心の知れた間柄なのだった。

 しかし、それなのに、今日の鳥井は、ちょっと様子がおかしいのであった。彼は、フミヨの顔を、時々、奇妙そうに眺めているのだ。決して、知らぬ仲ではなかったはずなのに。

 フミヨの方も、さすがに、女探偵の端くれだったのだから、そんな鳥井の怪しい態度にも、すぐに敏感に気付いたのだった。

「どうしたの、鳥井くん。私の顔に、何か、ついている?」フミヨは言った。

「いえ。大した事じゃないんですけどね。やけに似ているなあと思って」鳥井の方も、フミヨに尋ねられると、あっさりと答えたのだった。

「似ているって、何が?」

「最近、新しい顧客が増えて、そこの家にも、よく配達に行くんですが、そこの主人らしき女の人が、フミヨさんとそっくりな顔をしているんです。一瞬、オレも、フミヨさんかと思っちゃったほどです」

「え」この話には、フミヨも、ハッと、目を見開いたのであった。

「でも、他人の空似ってヤツですよね。トーキョーには、これだけ人が住んでいるんですから、そりゃあ、似た人だって、一人や二人はいますよ。ごめんなさい、フミヨさん。気を悪くしたようでしたら、今の話は忘れて下さい」

「ま、待って。その話、もう少し、詳しく聞かせてくれない?」

 どうした事か、フミヨの方が、この話題には、ひどく食いついてきたのだった。自分に似た人物が気になるのは当然であろうが、それにしても、異常な食いつきぶりなのである。

「いいですけど、個人情報になりますので、皆に話し回ったりはしないで下さいね。その人は、アオヤマ区のタカキ町に住んでいるんです。一軒家でした」

「アオヤマ区?あなたのお店は、ウエノにあったわよね?だいぶ、離れた場所じゃない?」

「そうなんです。わざわざ、遠くの店から、近所の人には分からないように、食料とかを取り寄せていたみたいな感じだったんです。その点でも、オレは、妙に記憶に残っちゃったんです。でも・・・」

「でも、どうしたの?」

「一番、印象的で、気になったのは、その人の左手ですね。その女の人は、怪我をしたばかりなのか、左手いっぱいに包帯を巻いていたんです。グルグル巻きです。それで、もしかしたら、オレの勘違いかも知れないけど、その包帯の中の人さし指が無かったようにも見えたんです」

 鳥井の話を聞いて、いよいよもって、フミヨは、はっきりとした驚きの表情を浮かべたのであった。

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