表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/146

黒手組の来客

 トーキョー都内の某所に、さりげなく周囲の街並みに混ざって、小さな貸金業者が事務所を構えていた。しかし、この事務所こそは、指定暴力団組織・黒手組の表向きのアジトでもあったのだ。

 こんな如何わしい場所だった訳だから、この事務所に訪れる客というのも、やはり、まともな奴のはずがなかった。その日、この事務所の玄関をくぐった人物というのも、実に怪しい格好をしていたのである。

 全身を覆う黒いマントに、深く被った鳥打帽。顔は、帽子の奥に完全に隠れていた。そして、ひときわ背が高い。これだけの特徴を聞いただけでも、読者の皆さんは、すぐに、ある怪人のことを思い浮かべた事であろう。しかし、この不審な来客には、もう一つ、目立った特徴があった。この人物は、とても大きなボストンバッグを携えていたのだ。あまりに大きくて、中身も重たかったらしくて、バッグの底についた車輪で床を滑らせて、移動させていたほどである。

 こんな怪しい人物が、入り口のドアをくぐった訳だから、事務所内にいた社員たちも、いっせいに、この人物の方にと目を向けたのであった。

 もっとも、暴力団の隠れ蓑の会社だったのだから、その社員たちというのも、まともだった訳ではない。いずれの社員も、まっとうな会社員らしくスーツは着込んでいたのだが、その顔を見た限りでは、いかにもチンピラといった感じのメンツばかりなのであった。

 怪しい来客の方も、こんな連中に取り囲まれても、まるで怯んだ気配は見せていなかった。この人物は、まっすぐに、事務所の受付へと向かったのである。そして、受付の前の椅子にドサリと座り込んだのだ。

 すぐに、担当の社員が対応にと現われた。この男も、背広を着て、普通の会社員を装ってはいたのだが、実際には、黒手組の幹部格の一人だったのであろう。

「先ほど、電話をした須藤だ。用件を済ませに来た」怪しい来客が、手短に言った。渋い男の声なのである。顔は、相変わらず、帽子の奥に隠したまま、誰にも見せようとはしないのだった。

「ええと。北園竜子の借金の件でのお話でしたね」担当者が、営業スマイルを浮かべながら、相手に応じた。

「そうだ。彼女の借金を、代理で払いに来た。電話で話した通りだ」

「うちの会社が北園竜子に貸したお金は、元金だけでも7000万円になります。本当に、耳を揃えて、お支払いできるのですか?」疑わしそうに、担当者は客にと尋ねた。

 その際、彼は、上目遣いに、相手の顔を探ってみたのだった。鳥打帽の奥にある、暗い顔の中で、キラリと目が光ったような気がした。それだけではない。この人物の口も、やたらと大きかった事が、うっすらと確認できたのだ。それだけで、担当者には、この人物の正体が分かったらしくて、ニンマリと笑ったのだった。

「小切手でもいいのか?」と、お客。

「いえ。我が社は、基本、現金でのお取り引きを原則としております。だって、そうでしょう?我が社の客は、多額の借金を抱えた者ばかりなんですから。借金をチャラにしたくて、どんなゴマカシを仕掛けてくる卑怯者がいるか、分かったものではありません。不渡りの小切手などを渡された暁には、我が社の大損ですからね」

「だったら、現金で支払えばいいのだな?」

「さようです」

「ふん。どうせ、そんな事だろうと思っていたよ。心配するな。その準備もしてきた」

 そう言いながら、お客は、真横に置いていたボストンバッグを、自分のそばへと引き寄せたのだった。なるほど、この人物は、その為に、こんな大きなバッグを持ってきていたのである。

 だが、お客が、そのバッグを開こうとした時、担当者の方は、急に顔をしかめたのだった。

「お待ちください、須藤さま。そのお金はちょっと受け取れませんね」

 その一言を聞いて、この須藤という客は、ぐっと前のめりになったのである。

「なんでだよ?現金でよこせと言ったのは、そっちの方だろう?」彼は激しく怒鳴った。

「そりゃあ、まともな金でしたら、問題はありませんよ。でも、お客さまが用意したお金は、果たして、汚い金ではないと言う保証はあるんでしょうかね?もし、ヘンな金を預かりでもしたら、後で処分しなくちゃいけないのは、私どもの方なのでね」

「てめえ。オレ様が、不正で稼いだお金を持ってきたとでも言いたいのか!」

 ここで、担当者の方も、ガバリと立ち上がって、この客のことをグッと睨みつけたのだった。

「そうですよ!だって、あなたの正体は犯罪者でしょう?あなたのような者が、こんなに簡単に、これほどの大金を用意できるとは思えません。どうせ、これは、どこかから盗んできたお金なのでしょう?」

「なんだと!バカにするな!」と、お客も大声で言い返した。

「バカになどしちゃいません。むしろ、そちらこそ、我々のことを舐めないでほしいもんですな。我々は、真剣に商売をしているのです。あなたのように、面白半分に世間を騒がせているのではないのですよ。どんな了見から、北園竜子の借金を肩代わりする気になったのかは知りませんが、ただの遊びなのでしたら、すぐにお引き取り願います。そして、二度と、この場には現われないでほしいですな。真の裏社会の怖さをリアルに思い知る事になりますよ。ねえ、分かりましたか、風船男さん」

「き、きさまあ!」

 お客の方も、きつく唸りながら、担当者のことを睨みつけたのだった。彼には、この「風船男」というアダ名が、たいそう不名誉で、気に入らないものだったようなのである。

 両者は、立ち上がり、激しく睨み合っていた。文字どおりの一触即発の状態なのだ。どちらも、なかなか、引こうとはしないのである。

 その時だった。

「これ、やめなさい!お客さまに、なんて失礼な事をしているのだ!」突然、そんな怒鳴り声が聞こえてきたのだ。

 その声の方を見ると、事務所の奥の部屋から、恰幅のいい老人が出てきたところだった。非常に貫禄がある、鋭い顔つきの老人なのである。

「あ、組長、いや、社長!」と、担当者は、慌てて、かしこまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ