邪悪なたくらみ
暗黒星のアジトであるプラネタリウム会場。実は、この場所に、皆の探し人である人間ヒョウは、いつの間にか逃げ込んでいて、その身を潜めていたのだった。
あれほどのボート火災に遭遇していながらも、人間ヒョウには、まるで負傷した痕は見られなかった。ただ、一昼夜の風船旅行の疲れだけは抜け切っていなかったらしくて、観客席の一つに座り込み、ひどく困ぱいしていたように感じられたのであった。
今、この会場にいたのは、人間ヒョウの他は、インバネスコート姿のニジュウ面相だけである。だが、ニジュウ面相は、この時は、いつになく、いきり立っていたのだった。
「人間ヒョウくん。君と言う人間には、つくづく失望させられました。なぜ、我々とも相談せずに、勝手に一人で行動したのですか。だから、こんな手痛い目にあったのですよ。そして、世間にもブザマな姿を晒すハメになってしまったのです。我々暗黒星の誇りあるメンバーとして、全く、恥を知りなさい」
ニジュウ面相の言葉づかいは、とても丁寧な分、その裏にある激情が、ひしひしと伝わってきたのであった。人間ヒョウの方も、しくじったのは事実なので、何も言い返す事ができないのである。
「しかも、アケチくんにしてやられたと言うのでしたら、まだ分かりますよ。聞いた話によると、フミヨくんにやり込められたと言うではありませんか。フミヨくんは、かつては我々の仲間だったとは言っても、しょせんは、ただの小娘なのです。情けないとは思わないのですか?」
ニジュウ面相に一方的にガンガン言われまくって、人間ヒョウもとても悔しそうな表情をしていたのだった。
「さいわい、事態を知った私が、急いで、君のことを回収しましたので、大きな被害は出さないで済みましたが、あと少しで、君は、警察ごときに捕まると言うヘマをやらかすところでした。その場合、逮捕された君を足がかりにして、我々暗黒星の秘密までもが、アケチくんや警察にと知られてしまう恐れがあったのです。そんな事になった場合、君はどうする気だったのですか?」
「ふん。心配するな。捕まりそうだったら、その前に、きちんと自決していたさ。オレ様を見損なうな」
「さあて、その言葉、本当に信用できたのでしょうかね。とにかく、君のピンチを、迅速に、この本部にまで知らせに来てくれた、君の豹に感謝する事ですね」ここで、ニジュウ面相は、鋭く、人間ヒョウを睨みつけた。「ひとまず、君は、しばらくの間は、謹慎していて下さい。一人で篭っていて、どこにも出かけず、静かに、今回のミスをよおく反省するのです」
そう言い伝えると、冷酷な態度のニジュウ面相は、さっと背を向けて、スタスタと、この会場から去っていったのだった。
人間ヒョウの方は、まだ、席についたままなのである。これほどまでキツく咎められた事は、今までに無かったものだから、だいぶ精神的動揺が強かったのだ。彼は、ガックリと席に座り込み、膝に置いた拳を震わせて、ブツブツと憎悪の言葉を呟き続けていた。
そんな時、開きっぱなしの会場の入り口から何者かが入って来たのだった。二人組である。どちらも、小柄なのだ。彼らは、仲良く手を繋いでいて、足音も立てずに、人間ヒョウの背後に忍び寄った。
「ねえ、人間ヒョウ。そんなに悔しい?」と、二人組のうちの一人が、冷ややかに、人間ヒョウに話し掛けた。
女性の声なのである。この人物は、ピエロの姿をした、あのジゴクの道化師なのだった。そして、彼女の連れとは、同じく、小男の一寸法師だったのだ。二人は、どちらも、怪しい笑顔を浮かべていた。
「お前ら、オレ様に何の用だ?ドジを踏んだオレ様のことを笑い者にしに来たのか?」振り返った人間ヒョウが、噛みつくように、ジゴクの道化師へと言い返した。
「あら、やだ。そんな事はしないわよ。あたしたちは仲間でしょう?」ジゴクの道化師は、わざとらしく愛想を振りまきながら、そう答えた。
「じゃあ、なぜ、ここに現われた?」と、人間ヒョウ。
「あんた、フミヨのことが憎いんでしょう?」ジゴクの道化師は言った。
「だとしたら、どうなんだ?」
「あたしも、思いは同じよ。どう?あたしたち、手を組まない?」
人間ヒョウは、一瞬、返事をためらった。が、彼は、ジゴクの道化師の笑顔の化粧の奥で、目だけは残忍に光っている事に気が付いたのだった。
「面白い。その話に乗ろう」
人間ヒョウも、態度を変えると、耳まで裂けた口を歪ませて、凶悪な笑い顔を見せたのであった。