表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/146

怪人との遭遇

 リョウゴク旧国技館の入り口は、こんな遅い時間だったにも関わらず、戸惑う事もなく、フミヨへと入場チケットを渡してくれた。そこは商売なのだから、たとえ閉館間際であろうと、客にはきちんとチケットを売ってくれるのである。恐らく、さっきの怪人も、同じように、ここに入館したのだと思われた。

 今回、この会館で開催されていた展示は「中曾夫人のロウ人形展」と言うものだった。イギリスには、「マダム・タッソーのロウ人形館」という見世物がある。どうやら、この「中曾夫人」とは、マダム・タッソーのそれの日本版ないしパロディだったらしいのだ。

 よって、展示場ギャラリーの中には、タッソーのロウ人形館そっくりの、いき人形の展示物がいっぱい置かれていたのだった。こんな仕事の片手間などではなく、普通に見物で訪れていたならば、十分に楽しめそうな展示ショーなのである。

 これまで何度も改装を行なってきた旧国技館内は、仕切りの壁や小部屋なども増設されて、より展示会場にふさわしい環境にと作り直されていた。今回の「中曾夫人のロウ人形展」にしても、展示された人形が効果的に見物できるように、じょうずに各所に配置されていたのである。

 人形たちは、ジャンル別に分けて、展示されていた。歴史上の人物ならば、そうした人物の人形ばかりを、あるいは、近年の有名人だったら、それらの著名人の人形ばかりを同じ区画ブースに並べておく、と言った感じにである。

 例えば、「現代の政治家たち」と言うコーナーでは、なんと、世界各国の現時点での首相や大統領たちが一つの丸テーブルを囲んで、ずらりと座っており、厳かな世界会議を開いている、なんて1シーンが演出されたりもしていたのだった。

 さらに、この時はフミヨは見物しなかったのだが、実は、有名人の人形のブースでは、アケチ探偵とコバヤシ青年が怪盗ニジュウ面相を追っかけている、なんて構図の人形ですらも、飾られていたのである。

 こんな感じで、今、この旧国技館の中には、実物そっくりの生人形たちによる沢山の光景パノラマショーが、展開されていたのだった。それも、本家のマダム・タッソーとは別物なのだから、若干、悪ノリしたような人形だって置かれていたのだ。すなわち、この中曾夫人の人形展では、空想上の人間や動物、例えば、アニメのキャラとか妖怪なんかの人形までもが展示されていたのであった。

 さて、フミヨは、職務中だったものだから、そうした人形の展示にいちいち目を奪われる事もなく、通路ばかりを選んで、淡々と歩き進んでいた。彼女の目的は、あくまで、例の黒マントの怪人物なのである。そいつは、きっと、この展示場内のどこかに、今でも潜んでいるはずなのだ。でも、現時点では、それらしき人物は、まだ見当たらないのであった。

 閉館間近という事で、見物客の数はかなり少なかった。その点では、フミヨとしても、人探しの作業はやりやすかったのである。とは言え、これだけ広い会場なのだ。フミヨ一人で捜索をするには、やはり持て余すような広範囲だったし、まだ残っていた見物客にしたって、少なくても数百人は居たのではないかとも思われた。

 やはり、あの怪人物は、フミヨの尾行を巻く為に、こんな広い会場の中に、わざと潜り込んだだけだったのであろうか。そうだとすれば、目当ての人物は、すでに、フミヨの目をかいくぐって、会館の外へ逃走している可能性もある。

 フミヨが、冷静に、そんな事も思案し始めた時だった。

 フミヨが通り過ぎた通路の物影から、突然、一人の人間が、すばやく飛び出した。薄暗闇の奥に隠れていたものだから、フミヨも、うっかり、そんな人物がいたのを見落としてしまったのだ。そいつは、逃げる間も与えず、フミヨの背後にピタリと貼りついた。

 フミヨも、チラと振り向いて、ドキリとしたのだった。と言うのも、この彼女のバックをとった人物こそは、まさに彼女の探し人だったからである。つまり、背の高い、黒マントの怪人だ。

「おっと、逃げるんじゃねえ。声だって出すんじゃないぞ」その怪人は、気味の悪い男の声で囁いた。

 同時に、その怪人は、フミヨの背中に、なにか尖ったものを押し付けたのだった。フミヨの目線からでは、それが何かを確認する事はできなかった。だが、状況からして、銃かスタンガンのたぐいだった可能性が濃厚なのだ。となると、フミヨとしても、うかつに相手に逆らったりはしない方が良さそうなのである。

「ふふふ。このまま、一緒に歩き続けてもらおうか。まあ、お前も男っぽい格好をしてきてくれたものだから、オレたちが並んで歩いていたところで、他の見物客には、男どうしの遊び仲間にしか見えないだろうよ」怪人は、可笑しそうに、フミヨへと話し掛けたのだった。

「あなた、アケチさんの探偵事務所をずっと探っていた人物でしょう?なぜ、そんな事をしていたの?」と、フミヨも、ひそめた声で、怪人に聞き返した。さすがは、アケチの片腕をつとめるほどの女傑なのだ。フミヨも、ただ、敵の言いなりになってばかりもいないのである。

「そうさ。オレ様は、お前たちの事務所の様子を探っていた。アケチのやつが、ニジュウ面相と戦ったばかりで、体力を使い果たしてしまい、今は眠り込んでいるらしい、と聞いたもんでね。それが事実かどうか、自分の目で確かめようと思ったんだ」怪人は、そんな大事な真相をあっさり白状してしまったのだった。

「あなたが、なぜ、そんな事を知っているの?あなたって、一体、何者?こないだまでアケチ探偵の命を狙っていた賊とは仲間なの?」

「ひひひ。そんなに気になるなら、オレ様の顔を自分で確認してみろよ。いいんだぜ、振り向いてみても」

 フミヨは、言われた通りにした。彼女は、ゆっくりと後ろを振り返ったのである。怪人も、特に邪魔するような素振りも見せなかった。

 そして、まさに、フミヨの背後には、あの真っ黒な怪人物が、超然とした態度で立っていたのである。その威圧感も、この近さだとハンパじゃないのだ。何よりも、ここまで接近すれば、あの鳥打帽の内に隠されていた顔も、はっきりと目にする事ができたのだった。

 さあ、そこにあったのは、果たして、醜い骸骨のような顔だったのだろうか。

 いや、違った。その顔は、恐らく、フミヨにとっては、もっと最悪の人物のものだったのである。一見、若い男性のようだった。しかし、目はギラギラしており、その口は耳もとまで大きく裂けていたのだ。そう、こいつは、「唇のない男」などではなく、暗黒星のメンバーの一人、人間ヒョウだったのである!

 この予想外の極悪人の出現で、さしものフミヨも、背筋がゾクッと寒くなったのだった。人間ヒョウは、本当にそこまで危険な犯罪者なのである。

「そう嫌な顔をするなよ。オレ様の方は、ずっと前から、お前に会いたいと思っていたんだぜ。まあ、夜は長いんだ。これから、じっくりとオレ様に付き合ってくれよな」そう言って、人間ヒョウは、下品に笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ