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28 ねえ、おかしいわ

 馬車に乗って一時間。街外れも甚だしい、人気のない川沿いの地域。昔、洪水か台風で辺りが侵食されたのだろう。崩れかけた家々が並んだ一角の、比較的まともな一軒家。それでも家を囲む鉄柵はなぎ倒され、朽ちた木が倒れている庭が丸見えになっている。


「え……」


 馬車を降りたアマンダたちは、見るからに廃屋である家を見て絶句した。


「おかしいわ。ねえ、馬車に戻りましょう」


 アマンダがそう言って振り返ると、乗って来たはずの馬車はもういない。


「サーラ様、馬車は……」

「あの馬車は、クリオーネ男爵家で用意したもので……そんな……」


 さすがに騙された、と気付いたが、誰も口にしなかった。玄関の方で声がしたのでそちらに目を向けると、先に到着した少女たちが困惑顔できょろきょろと辺りを見回していた。


「本当にこんなところで?」

「おかしいですわ」

「ねえ、ベッティーナ様はいつ来るの?」


 間違いなく一緒にレッスンした貴族令嬢たちだ。アマンダの背中にひやりとした汗が流れる。彼女たちはアマンダよりも下位の貴族たちばかりだ。子爵家、男爵家……しかもそれほど目立たず際立って裕福でもない、言ってみれば取るに足らない家の令嬢たち……。ずば抜けて高位であり、騎士団長のいる侯爵家のアマンダは元々誘われていなかった。

 ここにいてはまずい。

 明らかに意図的なものを感じたアマンダはすぐに状況の確認をした。


「とりあえず、早くここから離れましょう。人目のあるところへ」


 しかし、少女たちはそこから一歩も足を動かすことができなかった。ボロボロの門柱の影から、鷲鼻の痩せた男が姿をあらわしたのだ。その後ろからは、人相の悪い男たちが続く。鷲鼻の男は貴族風の服を着ているが、後ろの男たちは商人の服装をしている。門の向こうには、大きな幌馬車が見えた。


「皆、しっかりして! あっちよ!」


 アマンダは足がすくんで動けない少女たちの背中を押し、庭へ走った。土から張り出した木の根に足をとられながら、もたもたと逃げる少女たちを、男たちが笑いながら追いかける。

 何とか庭へたどり着いたが、ひしゃげた鉄柵を乗り越えて大きな人影が庭に侵入してくる。挟み込まれた、とアマンダは息を呑んだが、すぐに目を見開いて叫んだ。


「シャルロタ様!」


 眉間に深いしわを寄せ、垂れ下がる木の枝をかきわけて庭に入ってきたシャルロタと目が合った。


「おお、皆、大事無いか」


 そう言ったものの、シャルロタは後ろに続く柄の悪い男たちを見て顔をしかめた。やはりか、とつぶやくと、すばやく少女たちの前に立った。

 突然あらわれたシャルロタに、男たちはすばやく剣をかまえる。


「……っ、なんだ、女か。紛らわしい格好しやがって」

「でかい女だな、誰だ」


 シャルロタの背にかばわれた少女たちは、震えながら寄り添いあっている。ちらりとその様子を確認した後、シャルロタは男たちに向き合った。

 年端も行かぬ少女たち、隠れるように待機していた幌馬車、そして剣を持った柄の悪い男たち。誘拐かどうかはわからないが、彼女たちをどこかへ連れ去ろうとしているのは間違いないだろう。

 やはりトビアーシュからあの槍を受け取っておくべきであったか。

 あごに手を置いてそんなことを考えていたシャルロタであったが、男たちがじりじりと距離を縮めて来ていることに気付き、ため息をついた。


「一応確認するが、貴殿らはダンスレッスンに来たのか?」


 シャルロタの言葉に、男たちがゲラゲラと笑い出す。


「踊ってやってもいいがなあ」

「そうだな。きれいなお姉さんも俺たちと一緒に行きましょうや」


 男たちはそう言い、剣やナイフを片手に一気に踏み込もうとした。


「待たれい!!」

「!?」


 右手を挙げたシャルロタの怒号に、男たちが思わず立ち止まる。シャルロタの背では少女たちが驚いて飛び上がった。

 男たちが固まっているのを確認すると、シャルロタは先ほど踏みつけた鉄柵にゆっくりと近付き、そのうちの細い支柱を一本引っ張った。錆びついた支柱は簡単に外れ、その太さも重さも握って振り回すにはちょうど良く思われた。

 シャルロタはすばやく鉄の支柱を槍代わりに構えた。


「うむ。この通り、殺傷能力は低いのは推して知るべし。されど、この先は尖っているゆえ、当たり所が悪ければ止むをえん。とくと気を付けられよ!!」


 え、こっちが気を付けるの?

 全員が一瞬ひるんだ隙にシャルロタは大きく数歩踏み出した。


「ぬん!」


 構えた鉄の支柱で先頭にいた男を左に薙ぎ払い、返す刀でその横の男の手首を打って剣を払った。一気に男たちが殺気立つ。

 背後から少女たちの悲鳴が上がった。


「アマンダ殿、これ以上はけして踏み込ませぬ! 皆を連れて下がっておれ!」

「はい!」


 腰が抜けて動けない少女を抱えたアマンダが返事をし、全員を連れて建物の壁まで下がった。

 じりじりと間合いを詰め、支柱を構え直したシャルロタは、木の影から飛び出してきた男の剣を払いのける。


「ぬん!」


 それを見た鷲鼻の男が後ずさりして後方へ逃げ、建物の影に隠れた。


「ぬう、ちょこざいな」


 さらに切りかかって来る男の腹を蹴り、向かってくるもう一人の剣を受け止めた。後方にいた男たちが鷲鼻の男の後を追って建物の影に消えてゆく。

 鉄と剣の激しく打ち合う音がしばらく続き、少女たちの悲鳴が上がった。


「埒が明かぬ! 骨折くらいは覚悟せよ!」


 シャルロタは大きく振りかぶって男の腹を二人をまとめて打ち抜いた。男たちが地面に叩きつけられるようにして転がる。逃げた男たちの後を追おうとシャルロタが踏み出すと、先ほど逃げたはずの男たちが走って戻ってきた。すぐにシャルロタが構えると、逃げ道をなくした男たちはあせった様子で剣を放り投げ、両手を挙げた。

 男たちの目線の方からたくさんの走る足音が聞こえ、騎士団の制服を着た騎士たちが踏み込んで来た。

 それを見たシャルロタは構えていた鉄の支柱を振り上げ、地面にドン! と突き立てた。左手を大きく広げ、背に少女たちをかばうその姿は逆光を浴び、まるで後光が射しているかのようであった。

 騎士たちは武器を捨てた男たちを次々と捕縛してゆく。


「シャルロタさん!」


 聞き覚えのある声がして振り返ると、ひしゃげた鉄柵を踏み越えてレオポルドが庭に駆け込んでくるところだった。


「シャルロタさん! それ、渡して! 早く!」


 レオポルドはそう言って、シャルロタの持つ鉄の支柱に手を伸ばした。ムッと顔をしかめたシャルロタがそれを避ける。


「ぬぬっ、なぜだ」

「えーっと、重いものは俺が持つって約束でしょ!」

「うぬう、そうであった」


 シャルロタが素直に渡した支柱を受け取ったレオポルドは、足元に倒れている男を見て「遅かったかあ」とつぶやいた。


「シャルロタさん、大丈夫? ケガしてない?」

「む? それがしは大事無い」


 シャルロタの腕や背中を用心深く確認したレオポルドは、そのままその腰に手をまわしてぎゅうっと抱きしめた。


「良かったあ。無事で」

「うぬぬ、どうした。くるし……」

「シャルロタさん、俺を最初に頼ってくれてありがとうございます。すっごく嬉しかった」

「うむ。貴殿が一番、腰が軽そうであったからな」


 レオポルドは腕の力をぎゅうぎゅうと強くしたが、シャルロタは黙ってされるがままでいた。壁際で寄り添ってそれを見ていた少女たちは、ほんのり顔を赤らめながらその行く先を眺めている。


「はあ……乗馬服のシャルロタさんも可愛い……ぴったりした上着もズボンもすごい似合う。たまんない」

「変態よ」

「どさくさに紛れてどこ触ってるのかしら。変態だわ」

「変態がシャルロタ様を抱きしめているわ」

「……レオ兄様、ちょっと黙ってくださる?」


 口々にレオポルドを罵る少女たちの声は聞こえなかったのか、レオポルドはまだシャルロタを抱きしめたままだ。バキバキと鉄柵の折れる音がして、そこからジェミニアーノが姿をあらわした。


「アマンダ! 無事か」

「ジェミ兄様!」


 少女たちの先頭に立ち気を張ったままだったアマンダが、二人の兄の姿にやっと安心してぽろりと涙をこぼした。ジェミニアーノが少女たちの前に片膝をつき、安心させるように腕を広げた。


「君たちもこわかっただろう。天から舞い降りた天使がごとく優美な俺を見て心を鎮めるとよい。さあ、遠慮せずにたんとご覧あれ」

「この方、様子がおかしいわ」

「この方を見ていると逆に心が騒ぐわね」

「端的に言って言動がおかしいわ」

「本当にお兄様たち、ちょっと黙ってくださる?」


 アマンダの涙がシュッと一気に引っ込んだ。


うちのヒロイン、ぬん! とか言っちゃってるんですけどー

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― 新着の感想 ―
[一言] お兄さまっ笑笑!!
[一言] 大変な場面なのですが、大笑いさせていただきました~。 それぞれが良い味出し過ぎ~~! シャルロタさんとレオぽんだけでも面白いのに、ジェミニアーノ兄さまが!豪華すぎます~。 こんなお兄さ…
[一言] >俺を最初に頼ってくれてありがとうございます シャルロタが言うように身軽そうなのと身近にいる官憲ってだけでレオぽんだから、ではないよね、まだ
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