22 ぎゅっと握ってみて
あけましておめでとうございます!!
シャルロタは深く帽子をかぶり、人がひしめき合う街道に立っていた。隣ではアニェーザが背伸びをして様子を窺っている。
アマンダが参加する夜会は、新制プリージ帝国の使者を歓迎する宴であった。皇帝が変わり新しい国となったことのあいさつ回りだ。皇帝が何か月も国を空けることはできないので、代わりに使者が皇帝からの書簡を届けに来るのだそうだ。
その話を聞いて以来、シャルロタはずっと何とも言えない気持ちで使者の来訪を待っていた。
使者とは誰だろう。プリージ卿に近しい貴族であれば、シャルロタも知っている人かもしれない。護衛の兵士に知っている顔もあるかもしれない。会いたいような、会いたくないような。複雑な思いを抱えたまま、シャルロタは帝国の使者が乗る馬車を見物する人々の行列に並んでいた。
遠くからざわめきが伝播し、シャルロタはその声の方向に顔を向けた。
よく整備された街道に小気味よい蹄の音が響く。騎馬した全身鎧の騎士を先頭に、近衛騎士が続き、大きな黒い馬車が姿を現す。
「トビアーシュ……!」
その後を追う兵士たちの中に見知った顔を見つけ、シャルロタは思わず声を上げた。
彼はシャルロタの所属していた第五部隊の副隊長を務めていた。見たことのない軍服と鎧をつけ、周りの兵士と並んで騎馬している。どうやら役職のない一般兵のようだった。しかし、やはりとても体が大きく、馬も一人だけ大きな軍馬に乗っているので、ひときわ目立っていた。その背には相変わらず大きな槍を背負っている。彼はシャルロタの同期であり、また、同じ槍を得意とする同志でもあった。
シャルロタは嬉しくなって少し頬を緩めたが、すぐにハッとしたあと、眉間にしわを寄せた。
「お嬢様?」
わずかに眉を上げてこちらを見上げているアニェーザの声に、シャルロタは笑顔を返す。
「いや、大事無い。見知った顔があったのでな、ぼうっとしていた。もう行こう、疲れたであろう」
帝国の列の最後尾も見ないまま、シャルロタは足早にその場を去った。
「とっても上手に踊れたのよ。たくさんお友達もできたわ! シャルロタ様のおかげよ」
上機嫌のアマンダが甘い果実水に手を伸ばす。両手でグラスを持っているアマンダはやはり幼くて可愛い。
夜会デビュー(仮)の出来は上々だったようだ。楽しそうに帰って来た後は、さすがに疲れて昼まで寝ていたそうだ。だが、寝起きのはずの彼女はとても元気だ。
シャルロタはめずらしく侯爵家の庭に招待されていた。代わりにトスカが子爵家でフローリアの相手をしている。いつものことだが。
「うむ。その調子なら、本番でもうまく行くことであろう」
「そうだといいわ。それでね、シャルロタ様にお願いがあるの」
「うぬ?」
アマンダはシャルロタの腕をぎゅっと掴んで、上目遣いで見上げている。お願いも何も聞く前にシャルロタは思わず頷いてしまいそうになるのを、ぐっとこらえた。
「あのね、私ね、数人の男性と踊った後に、私と同じように初めて夜会に参加した女の子たちに囲まれて、堂々と踊ることができてすごい、って褒められたの。それで、ダンスの先生がすごくイケメンだからちょっとやそっとじゃ緊張しないわ、ってこたえたの」
「ほう、……いけめん、とは?」
「そうしたら、その先生紹介して、って言われちゃって」
「うむ?」
「次のレッスンの日に三人のご令嬢がうちに来ることになっちゃったの」
「ふむ、それがしはその三人のご令嬢と踊ればよいのか?」
「ごめんね、勝手に決めちゃって。お友達がうちに来るの初めてで、嬉しくって、つい」
「ふ、かまわぬ。それがしは無職ゆえ、時間はたんとある」
「やだあ、無職だなんて! 令嬢は令嬢なのが仕事よ」
足をばたつかせて楽しそうに笑うアマンダは、急に膝に手を置いて背筋を伸ばした。そして、かすかに頬を赤らめながらシャルロタを見た。
「あのね、誰にも言わないでほしいんだけど……夜会ではね、最初はさすがにジェミ兄様と踊ったんだけど、お兄様が無駄にキラキラオーラ出し過ぎて」
「きらきらおーら」
「せっかく着飾ってきたのに俺と一緒にいるとやはりかすんでしまうな、かわいそうに。ってお兄様が言うから、ファーストダンスはすごくつまらなかったの。踊り終わった後は、やっぱり皆お兄様ばかり見てて……私は壁際でジュース飲んで無になってたんだけど」
「……それは、あわれなことよ」
果実水をごくりと飲んだアマンダは、その時のことを思い出したのかさらに頬をぽっと赤くした。
「そんな私をね、ダンスに誘ってくださった方がいたの。二つ年上の伯爵家の方だったわ。踊っている時も楽しくって楽しくって、お話しもすごくはずんだの。その後、二人の方と踊ったけれど、ずっとその方のことを考えていたわ」
「うむ。そうであったか」
「その方が次に参加される夜会の予定をお手紙でお知らせくださるって言ってたの。また一緒に踊りましょう、って」
「ほう。アマンダ殿は、そのご令息に恋い焦がれている、ということだな」
「やっ……やだぁー! もう! そんな! ……お母様にもまだ言ってないのよ。誰にも言ってないんだから、シャルロタ様と私だけの秘密よ」
「合点承知した。口外しないと誓おう」
アマンダは頬にあてていた右手を胸の前に持ってきて、ぎゅっと握った。
「その方が差し出してくださった手を握った時に、胸がきゅん、としたの。その後も心臓のドキドキが止まらなくって困っちゃったわ」
「あにはからんや! その心臓の病はレオポルド殿だけではなく、アマンダ殿にも遺伝していたのか! その病は何曲も踊っても大事無いのであろうか」
急に青ざめてあわて始めたシャルロタに、アマンダがきょとんとした。そして、両手で口を押さえて大きな声で笑った。
「やだ、シャルロタ様ったら。病は確かに病なんだけど……。心配するような病気じゃないの」
「病気ではない病とは、なんだ。意味がわからぬ」
「レオ兄様は確かにこの病にかかってるんだけど、もともとのアホ病も併発してるから手に負えなくなってるのよね。ねえ、シャルロタ様もレオ兄様の手を握ったら、きっとこの気持ちがわかるはずよ。何も言わずにお兄様の瞳を見つめながら、手をぎゅっと握ってみて」
「手など、今まで何度も握っているぞ。外出中はレオポルド殿が迷子にならぬよう、手をつなぐと取り決めているのだ」
「えー。全然伝わってないじゃない。お兄様かわいそう。……お兄様の初恋は前途多難ね」
手、手、と何を言っているのだ。この兄妹は。そんな簡単な接触でその病は伝染するというのなら、シャルロタはとっくに罹患しているだろう。あにはからんや、今朝は使用人を手伝って朝食の食器を出す手伝いをしてしまったぞ。屋敷のものたちに移っていなければよいが。
シャルロタは自分の手を見つめながら首を傾げた。
今年もよろしくお願いします!!




