21 頼もう!
「あのね、明日はダンスの先生がいらっしゃるの。私、ダンスが苦手で……。怒られてばかりなの」
「ほう」
「シャルロタ様は運動神経が良さそうだわ。ダンスはお得意なのかしら」
「嗜みとして習ってはいたが、夜会などには参加したことはないため、実際に踊ったことはない」
くるくると回りながら話を聞いていたアマンダだったが、足がもつれてすぐにバランスをくずす。
「ほら、ね。うまく回れないの。先生が怖いから、余計に失敗して怒られてしまうの」
「ふむ。では、慣れるまでそれがしが練習に付き合おうか」
「え? でも、シャルロタ様、実際に踊ったことはないって言ってなかった?」
驚いてすぐに駆け寄ってくるアマンダの手を慣れた手付きで持ち上げると、シャルロタはダンスの姿勢をとった。
「女性パートを踊ったことはないが、男性パートでならある。衛兵として夜会の警備にあたった時は、壁の花となっている女性のお相手をつとめることもあるのだ」
乱暴な兵士よりも、同じ女性として優しい女兵士のほうが、むしろ人気があった。貴族であるシャルロタはそれなりに引く手あまたで、わざと壁の花となった女性たちが列をなしていたくらいだった。
「ええ、ええ! シャルロタ様、お願いします。あなたとだったら、私、踊れそうだわ。お兄様たちは体が大きすぎて、全然練習にならなくて困っていたのよ。ねえ、さっそくだけど、この後どうかしら」
「この後? さりながら、このスカートでは」
この国の女性はズボンを履かない。クローゼットには長いスカートのドレスしか入っていなかったはずだ。
「あら、じゃあ、乗馬服はお持ちなんじゃないの? あのズボンなら踊れるわ、きっと」
「そんなものあるだろうか」
「クローチェ子爵家はお金持ちだもの、着なくたってひと通りの衣装は用意してあるはずよ。じゃあ、家で待ってるわ。後でね! シャルロタ様」
シャルロタの返事も聞かずにアマンダは走って家に帰って行った。さすがレオポルドの妹、いや、トスカの娘。
屋敷に戻りアニェーザに事情を話すと、アマンダの言っていた通りすぐに乗馬服が出てきた。着替えてみたらサイズはぴったりだった。
「男性としてダンスの練習なんてあまり歓迎できませんけど、お隣のお嬢様のお願いなら仕方がないですね」
アニェーザはそう言って送り出してくれた。生け垣から庭を抜けて行こうかと思ったが、そういえば侯爵家を訪問するのは初めてだ。シャルロタは一度道路に出て、きちんと侯爵家の門をくぐり、玄関の前で立ち止まった。
上着の裾を整え、大きく息を吸った。
「頼もう!」
家が揺れるほどの大声だった。しかし、扉は閉まったままで誰も出てこない。おかしい。アマンダは待っていると言っていたのに。
「頼もう!!」
もう一度叫ぶと、バタバタと走って来る足音が聞こえてきて、バターンと玄関扉が大きく開いた。
「やっぱりシャルロタさんだったのね」
扉の向こうから目を丸くしたトスカが顔をのぞかせた。その後ろには、老年の家令が眉を下げて立っている。
「うちの家令が、道場破りがきました、って叫びながら部屋に飛び込んで来たから、びっくりしちゃったわ」
「うぬ? どうじょうやぶり?」
「いいの、こっちの話。アマンダのダンスレッスンに来てくれたのね。思った通り足が長くて素敵ね~。さあさ、入ってちょうだい」
「かたじけない」
侯爵家の玄関はまるでホールのように広かった。見るからに高級な調度品が並び、どこもかしこもキラキラと輝いていた。二階の部屋に案内されると、アマンダがソワソワしながら窓の外を見ていた。
「きゃっ。え? 玄関からいらしたの?」
「うむ。初めての訪問なのでな、きちんと玄関から馳せ参じた」
「そんなの気にしなくていいのに」
トスカがそう言いながら、ピアノの前に座った。どうやら伴奏はトスカがするようだ。
向かいあって礼をした後、シャルロタはアマンダの手を引き、ぐいっと彼女の体を引き寄せた。アマンダがぽっと頬を赤らめる。
初めはぎこちなかったアマンダも、少しずつ落ち着いて踊れるようになってきた。曲の終わりの頃には笑顔でくるくると回っていた。
「うむ。上手ではないか」
「お相手が違うとこんなにも楽しいのね! ありがとう、シャルロタ様」
再び向かい合って礼をする。傍らで見ていた執事と侍女の拍手が響いた。シャルロタはアマンダの手を取ってトスカの元までエスコートした。
「とっても良かったわよ、二人とも。私も久しぶりに夜会に行きたくなったわ」
ピアノから手を離したトスカが笑顔で振り向いた。アマンダは頬を火照らせ、「私、この先どんなイケメンが来ても緊張せずに踊れる気がするわ」と言って満足そうに笑った。
クローチェ子爵家のテラスにて、レオポルドはテーブルにつっぷしていた。その向かいの席で、シャルロタは冷たい果実水を飲んでいる。氷で冷やした飲み物を飲めるなど、やはり子爵家は裕福である。ひいてはこの国の平和をシャルロタは深く実感していた。
「はあ、俺もシャルロタさんと踊りたい……」
「貴殿、踊れるのか?」
「苦手ですけど、運動神経でカバーできます。毎日毎日、アマンダがシャルロタさんの話ばかりしていて……。俺が連勤で全然会えないって言うのに。うらやましすぎる」
何やら近頃、王城に人員を持って行かれているらしく、レオポルドは休みも取れずに働きずくめだった。今日もこれから夜勤だそうで、出勤前にシャルロタに会いにきたのだ。
「ところで、貴殿。窓、というのは……」
「シャルロタ様ーーー!!」
生け垣の向こうからアマンダの声がして、レオポルドががばっと跳ね起きた。生け垣のドアを抜けてテラスに駆け込んで来たアマンダは、あわてて出てきたのであろう、髪も乱れジャンパースカートの肩ひももずり落ちている。シャルロタはそっと手を伸ばし、肩ひもを直した後に髪を整えてやった。その間、アマンダは猫のようにシャルロタの手に甘えた後、レオポルドに向かってニヤリと笑った。
「くっそ! 俺も髪を乱してくればよかった!」
「シャルロタ様がこうしてくれるのは、私だけよ」
悔しそうなレオポルドと半笑いのアマンダ。二人はとても仲が良い。
シャルロタは自分の兄を思い浮かべた。剣の扱いや体術の基本を教えてくれたのは兄だ。兄は近衛の寮に住んでいたため、成人してからはあまり会うことはなかった。最後に会ったのはいつだったのかもはっきりとは覚えていない。顔も声も、少しずつおぼろげになっていく。こうして記憶は想い出と変わり、いつか忘れ去ってしまうのだろう。
「ねえ、シャルロタ様! 聞いてる?」
アマンダに肩を叩かれ、シャルロタはハッと顔を上げた。
「うぬ? すまぬ、ちと考えことをしていた」
「もう! あのね、とうとう私の仮デビューが決まったの。来月行われる王城でのパーティに行くことになったのよ。だから、この一か月間、ダンスの特訓よろしくね、シャルロタ様」
「あ、ああ。合点承知した」
「仮って何だよ」
テーブルに頬杖をついたレオポルドが興味無さそうに言った。
「本当はジェミ兄様が夫婦で出席する予定だったのだけれど、お義姉さま身重でしょ? だから、私が代わりに行くことになったの。本格的なデビューの前に雰囲気に慣れておくといいって」
「王城でってことは、王家主催か。何のパーティだ?」
「良く知らないけど、他国の偉い人が来るらしいわ」
「へえ。ジェミ兄は王族の近衛なのにいいのか?」
「王族より目立とうとするから、大事なお客様の前では引っ込んでろって王太子様に言われたそうよ」
「……どういうこと? ジェミ兄……」
人員を王城に引っ張られてるのはそういうことか、とつぶやき、レオポルドは立ち上がった。そろそろ出勤時間だ。
「はあ……名残惜しいけど、行ってきます……」
「うむ。達者でな」
レオポルドは肩を落とし、そのままなぜかクローチェ子爵家の玄関から出勤して行った。使用人たちも普通に見送っている。
シャルロタはアマンダに手を引かれ、さっそくダンスレッスンに連れて行かれた。
あっという間の一年でした。
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