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19 なぜ聞かぬ

「んじゃあ、まずレターセットを買いに行きましょう」


 レオポルドの言葉に嬉しそうに目を細めたシャルロタは、またすぐに窓の外に視線を移す。


「楽しそうですね。やはり帝国とは街並みが違いますか?」

「うっ、うむ。帝国は暴動などが頻繁に起こっていたゆえ、帝都は常にどこかしら修理中であったり焼け跡のまま放置されていたり……このように栄えた街並みを見るのは初めてである」


 きわめて冷静を装っているが、少しだけ頬を紅潮させてワクワクが隠せないシャルロタの様子に、レオポルドはほほ笑んだ。

 今日のシャルロタは襟ぐりの大きく開いたドレスを着ているが、中にシュミゼットという袖なしのブラウスを着ていていつも通りきちんと首まで覆って肌を隠している。背筋を伸ばし品のある横顔からは、とても元兵士という肩書なんて想像もつかなかった。


「はあ……、領地でも王都でも独り占めできるなんて……幸せ……」


 窓の景色に夢中だったシャルロタには、レオポルドの声は幸いにも届かなかった。

 王都の中心街は、シャルロタの想像を超えた都会だった。こんなに大きな建物を見たことはなかったし、こんなに広い道路も初めてだった。

 馬車を降りるとすぐにレオポルドと手をつないだシャルロタは、ぽかんと口を開けてすぐそばに立つ大きな建物を見上げた。


「貴殿の家より大きいではないか!」

「俺の家が大きさの基準なんですか」


 レオポルドに手を引かれて道路を渡ったときには、向こう側の歩道まで辿り着けないのではないかと思った。道路のちょうど真ん中まで来た時には、街並みの向こうに王城が見えた。


「あにはからんや! あの背の高い建物よりもさらに王城の方が大きいぞ!」

「王城は少し小高い位置に建ってるんですよ」


 きょろきょろと周りを見回しては声をあげるシャルロタに、レオポルドは一つ一つ丁寧に返事をしてくれた。

 目に入るものすべてが新鮮で落ち着かないままのシャルロタは、気が付いたら文房具店でガラスケースを覗いていた。ガラス越しに見える文具はまるで宝飾品のごとく恭しく鎮座している。

 店主がこの便せんに使われている用紙がいかに質が良く、そして封筒は水に強く耐久性があるということを静かに語っている。

 レオポルドはこう見えて侯爵家子息である。そうか、彼に買い物を頼むとこういうことになるのか。クローチェ子爵家だって負けず劣らずの資産家である。考えてみれば当たり前のことである。シャルロタは深く内省した。


「レオポルド殿……あいすまぬことであるのだが……それがしの友は平民である。このような高級な便せんは不相応で気後れさせてしまいかねない」

「あ! そうでしたね。すみません、気が利かなくて」


 レオポルドがすぐに目配せをすると、店主は心得たとばかりに背後の棚へ二人を誘導した。たくさんある引き出しのうちの一つを静かに開けると、真っ白の便せんを一つ取り出した。


「こちらは流通している一般的なレターセットなのですが、花の型押しを施しましたうちの店のオリジナルとなっております。花は我がリミニ王国の国花です」

「ほほう! それは良いな!」


 シャルロタが目を輝かせて便せんを手に取ったのを見て、レオポルドが意外そうに眉を上げた。


「シャルロタさん、花好きでしたっけ」

「いや。それがしではなく、友の一人クヴェタが好きそうだと思ってな。件の小説を贈ってくれたのが、クヴェタである」

「ああ、あの恋愛小説。でしたら、こういった華やかで女性らしいものが良いかもしれませんね」


 シャルロタはよほどそのレターセットが気に入ったのか、馬車に置いて来ることはせずに、その袋を抱えたまま街を散策した。

 休憩がてら入ったカフェは混んでいて、それでも大柄な二人は店の奥の広い席に案内された。


「帝国からの手紙は一か月程で届いたようだ。それがしは寄り道しなくとも三か月かかったと言うのに」


 レオポルドはパンケーキを切り分けながら、はは、と声を上げて笑った。


「手紙は宿に泊まる必要はありませんからね。食事もいらないし風呂も入らなくていいし」

「なるほど。げに誠である……貴殿は賢しいな」

「賢いなんて言われたの初めてです」


 嬉しそうにほほ笑んだレオポルドは、切り分けたパンケーキにクリームをたっぷり載せて食べている。その皿の横には日替わりのフルーツケーキも並んでいる。モグモグと口を動かしながら、シャルロタのカップに紅茶を注いだ。


「貴殿は……男にしては甘いものが好きなのだな」

「ええ。珍しいですか?」

「うむ。それがしの周りには平民の兵士しかいなかったからかもしれぬが……」

「この国の男はけっこう甘いもの好きですよ。ほら、あそこの席も男ばかりです」


 レオポルドが行儀悪くフォークで指した方向には、若い男性四人のグループがホールケーキを分け合って食べている。言われてみれば、レーモもよくお菓子を食べているような気がした。


「それにしても……貴殿の食べっぷりは心配になるぞ」


 不思議そうな表情で顔をあげたレオポルドは、クリームの上からたっぷりと苺のソースをかけている。


「そんなに甘いものを大量に食べて……貴殿の健康が心配である。いくら体を動かす仕事だとは言え、このままでいいはずがなかろう。ああ、そうだ。これからはそれがしが貴殿の健康を管理してやろう」


 お世話になっている隣人として。

 屋敷に配達に来る野菜農家をタッキーニ侯爵家にも紹介しよう。その新鮮な野菜を使った料理をたくさん作るようにトスカに伝えよう。どうせ毎日顔を合わせるのだから、甘いものばかりでなく野菜もきちんと食べているか確認しよう。

 隣人として。

 シャルロタはそう説明しようと口を開いて、息を吸ったまま固まった。


「レ、レオポルド殿? いかがした」


 レオポルドの持つフォークから、クリームと苺のソースたっぷりのパンケーキがぼとりと落ちて、白いテーブルクロスに赤い染みが広がった。その染みのように、レオポルドの頬がみるみる真っ赤に染まってゆく。


「そっ、そ……そんな、まさか。シャルロタさんからプロポーズしてもらえるなんて……俺、感激です!」

「うぬ?」


 レオポルドの手から離れたフォークがガチャンと音を立てて皿に落ち、その音に他の客たちがいっせいに視線を寄こす。


「レ、レオポオルド殿」

「嬉しいっ! 俺、あなたのことを一生大切にします!」

「む?」

「はあ、幸福って本当に突然やって来るんですね」


 満面の笑みではらはらと涙を流しガッツポーズをとるレオポルドは、店内の注目を一身に集めている。


「幸せすぎる……」

「き、貴殿は、何を言っている……」

「実は俺、隣に越してきた時からシャルロタさんのことがずっと好きだったんです。いつも窓から見てました」

「落ち着け。そんなたわごとを……ぬ? 窓? 窓とは?」

「そうだ! そうと決まればすぐにご両親にご挨拶しなければ。こういうのって、最初が肝心ですよね!」

「都合の悪いことは聞こえぬのは母親ゆずりなのか?」

「帰りましょう、シャルロタさん! さあ、善は急げ」

「待て、待て待て」


 ぐいぐいと腕を引っ張られシャルロタは店を出ると、待っていた馬車に転がるように放り込まれた。

 ぎゅうぎゅうと胸に抱きしめられながら、「結婚式は景色の良い丘の上の教会がいい」「子供は二人以上ほしい。でもいなくても可」「シャルロタの待つ家に定時で帰りたいから、役付きになる昇進は断る予定」といった話を延々とされ、シャルロタはさすがに否定する気力をなくして閉口した。

 屋敷ではちょうどトスカとフローリアが庭でお茶会をしていて、レオポルドの報告に声を上げて喜んだ。


「レオ! よくやったわ! シャルロタさんなら大歓迎よ」

「私も嬉しいわあ。レオ君はやっぱりうちの子になる運命だったのねえ」

「はい! これからよろしくお願いします。フローリアさん、あ、お義母(かあ)さん」

「「やだぁ~~気が早ぁい~~」」


 きゃあきゃあと盛り上がる三人の輪の中に入ることができないまま、シャルロタは死んだ目で手を上げ下げした後、がっくりと肩を落とした。


「ち、違うのだ……なぜ、誰もそれがしの話を聞かぬのだ……」


 うなだれるシャルロタの肩に、ポンと優しく大きな手が置かれた。ゆっくりと振り向くと、穏やかな表情のレーモが立っていた。


「状況はだいたいわかるよ。後でフローリアには私から話をしておこう」

「ちっ、義父上っ」


 涙目のシャルロタには、レーモの笑顔は悟りを開いた聖人のように見えた。


次回、満を持して妹アマンダの登場です。

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― 新着の感想 ―
[一言] レオぽんはバカだなぁ まあこれくらい馬鹿じゃないとシャルロタの牙城は崩せないだろうけど
[一言] 笑える~~! レオぽんの性格、絶対お母様ゆずりですねぇ。 「都合の悪いことは聞こえぬのは母親ゆずりなのか?」って。 まだ、シャルロタさんには「隣人」か「友達」くらいに思われちゃってるみ…
[一言] シャルロタちゃんて軍という特殊環境にいたせいか浮世離れしてますね。子供みたいに無垢というか世間知らずで。見た目とのギャップがカワイイ。 レオぽんが言う手をつなぐ為の無理のある理由もコロッと信…
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