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17 特注だとばかり

「うむ、面目ない。貴殿の前で袖をしぼることになろうとは」

「そで……? ええと、気にしないでください。俺は、いつだってシャルロタさんの味方ですから」

「うむ。かたじけない」


 二人はゆるゆると立ち上がり、馬車に乗って屋敷に戻った。

 濡らしたハンカチで目を冷やしてきたが、目のまわりの化粧だけが落ちてしまっているのは使用人たちにすぐにバレてしまった。あわててノエミがシャルロタの手を引いて部屋に引き込む。殺気立つ侍女たちに睨まれながら、レオポルドはその後を追った。


「シャルロタ様! ああ、かわいそうに。いったいどんなひどいことをされたんですか!」


 背伸びをしたノエミにぎゅっと抱きしめられ、シャルロタは目をぱちくりさせた。


「うぬ? どういう意味だ?」

「どういうって、レ、レオポルド様が泣かせたんでしょう?」


 そう言ってノエミがレオポルドをきっと睨む。

 レオポルドがあわてて胸の前で手を振った。


「いやいやいや、俺のせいじゃ……ん? 俺の、せいか……な?」

「やっぱり!!」


 ノエミに抱きしめられたまま、シャルロタはくすりと笑った。ゆっくりとノエミの腕をはがし、そのままノエミの頭をそっと撫でた。


「そうだ、ノエミ。ちと、この椅子に座ってみてくれぬか」


 不思議そうに瞬いた後、ノエミはシャルロタが指す鏡台の椅子に腰かけた。それを見たシャルロタが、ぐぬぬ、とうめきながらのけぞった。


「まさかと思ったが、もしやこの椅子は普通の大きさの椅子なのか?」

「ええ、こちらの鏡台とセットの椅子です。あの、お気に召さなければ、旦那様が別のものを買ってくださると思いますが」

「いや、違うのだ……。ということは、食堂の椅子も、すべてそれがしのために作った椅子ではなく、市販の一般的なものだということか」

「はい。食堂の家具はシャルロタ様がいらっしゃる何年も前から使っているもので、特にこの度新しく調度したものはございません」


 額に手をやり、ため息をついたシャルロタの体がふらりと揺れた。すぐに肩を支えたレオポルドが後ろから彼女の顔を覗き込む。


「もしかしてシャルロタさんの椅子は特注の大きいやつだと思ってました?」

「……うむ。それがしの体が大きいから、特別に大きな椅子を用意してくれたのだとばかり……。ノエミが座ってもさほど大きく感じぬということは、それがしとノエミはそれほど大きさが変わらぬということなのだな」

「まあ、ノエミは平均的な身長で特に大きい子ってわけじゃないですが、シャルロタさんと並べばそりゃあ差はそれなりにあります。でも、俺とノエミほどの差はないですよ」


 心配そうにノエミが二人の話を聞いていた。安心させるように目を細めたシャルロタは、レオポルドの手を借りて体勢を整えた。


「うむ。心配をかけたな、ノエミ。もう大丈夫だ。それがしは、自分の体の大きさを勘違いしていたのだ」

「ああ! そうだと思ってました」

「うぬ?」


 シャルロタの言葉に、ノエミが納得とばかりに手を打った。


「シャルロタ様はやたらと大きくドアを開けて出入りするし、椅子をすごく後ろにひくから座ってみたらテーブルと距離がありすぎて、いつも首を傾げているし。ドレスもサイズぴったりなのに息を止めて着るし。何かおかしいなって思ってました」

「う、うぬう……」


 悔しそうに口をゆがめるシャルロタにうっとり見とれていたレオポルドだったが、そのあとすぐにノエミによりあっけなく部屋の外へ放り出されたのだった。





 レオポルドに手を引かれて各地をまわった領地では、風変わりなシャルロタはすっかり人気者となった。つつがなく領地での日々を過ごしたシャルロタは、義父レーモのぎっくり腰が改善するのを待ち、王都へ戻った。

 有給が終わり、一人だけ先に王都に帰ることになったレオポルドは別れ際泣いていた。本泣きだった。乗って来た愛馬になぐさめられていた彼の泣き顔を思い出し、シャルロタはくすりと笑った。すれ違った女性が眉を上げたのに気付いて、そうだった、ここは往来であった、とあわてて緩んだ顔を戻す。

 目的の店にたどり着き、シャルロタは何度も店の看板を確かめた。キィ、ときしむドアを開けると、ふわりとおいしそうな甘い匂いが鼻をくすぐった。


「頼もう!」


 低く腹から出したシャルロタの声に、店の奥からあわてて中年の女性店員が出てきた。髪をまとめたオレンジ色のスカーフが色白の肌によく似合うふくよかな店員は、シャルロタの姿を見てピシリと体を固くした。


「い、いらっしゃい、ませ」

「うむ」


 シャルロタは入り口で仁王立ちし、ゆっくりと店内を見回している。他に客がいなくて良かった、店員は思った。


「先日、クローチェ子爵家の領地にて出会った老婦人から、こちらのパン屋を紹介され馳せ参じた次第である。どれ、おすすめのパンとやらをいくつか見繕ってもらおう」


 店員は頷くと、おそるおそるカウンターから出てきて並んでいるパンの紹介を始めた。

 シャルロタは領地を散歩している時に、一人の老婆と出会った。杖が折れて困っていたので、背負って自宅まで送り届けたのだ。老婆の息子はパン屋を営んでおり、二番目の息子も王都でパン屋を営んでいると言う。

 それがこのパン屋だ。老婆の取り留めのない話だったので、たどり着けるか不安はあったが、迷うことなく見つけることができた。

 そんな話をすると、怪訝な表情をしていた店員は一転してふくよかな頬をさらに丸くして明るくほほ笑んだ。

 袋いっぱいに詰め込まれたパンを抱えてシャルロタはパン屋を出た。告げられた通りの正規の代金を払ったつもりだが、ずいぶんと安かった気がする。大幅にまけてもらったのかもしれない。これは、またこの店に来なければなるまい!


「お嬢さん、手伝いましょうかぁー」


 からかうような男の声が聞こえ、そのすぐそばからクスクスと嫌な笑い声が続いた。シャルロタは立ち止まらないまま横目でチラリと背後を窺うと、いかにも破落戸(ごろつき)といった感じの男が二人、ニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていた。無視しようとしたシャルロタの前にまわりこんだ二人が、上から下まで侮るような視線を向けてきた。

 こぼれ落ちそうなパンを押さえながらシャルロタは仕方なく足を止めた。


「それがしは急いでいる故、避けてくださらぬか」


 二人の男はぽかんと口を開けた後、「なんだこの女」とゲラゲラと笑い始めた。全く避ける様子はない。しかし、こちらがわざわざ避けてやる義理もない。どうしたものか、と逡巡していると、シャルロタの頭に背後から影がさした。


「おい、この人に絡むのはやめろ」


 振り返ると、そこには全く知らない男が立っていた。くたびれた服装に無精ひげ。どちらかというと、目の前の破落戸の仲間のようにすら見える。


「なんだよ、お前。いつもと違うじゃねーか」

「このお嬢ちゃんと知り合いか?」


 無精ひげの男はシャルロタを一瞥すると、面倒くさそうに頭を掻いた。


「この人はこないだの火事の炊き出しで、歩けないうちのお袋の面倒をみてくれたんだ」


 男の言葉に、破落戸二人の表情が急に変わった。


「ああ、じゃあ、このお嬢ちゃんが、あの」

「汚い浮浪者にも優しくしてくれた貴族のお嬢さんて、あんたか」


 どうやらこの男たちは貧民街の住民のようだ。あの炊き出しのおかげで、シャルロタは貧民街では有名人である。


「すまなかった。見かけないきれいなお嬢さんがいたからちょっと声をかけただけで、別に何かしようと思ったわけじゃ……うおおっ!?」


 遠くからドタドタと走ってくる足音が聞こえたと思ったら、それはあっという間に間近に迫っていた。


「てめえら!! 何している!!」

「げっ!! レオポルド!!」


 三人の破落戸たちは怒涛の勢いで駆けてくるレオポルドの姿をとらえ、揃って顔をしかめた。シャルロタを後ろから抱え込むようにして三人から引き離すと、レオポルドは腰の剣に手をかけた。


「うわああ! やめろ! 俺たちは何もしていないっ!」

「だまれ。お前らは彼女に話しかけただけで死刑だ」

「まじかよ、お前……」


 ぎりりと睨むレオポルドに、ドン引きの三人。シャルロタは彼らの顔を何度も見比べてきょろきょろとした。


「貴殿らは知り合いなのか?」

「知り合いっていうか、こいつら町の破落戸なんで」

「て言うか、この令嬢とレオポルドは知り合いなのかよ」


 レオポルドの様子からすると、二人は知り合い以上の関係にしか見えない。面倒な相手に絡んでしまったな、と破落戸は宙を見てため息をついた。それをじろりと睨むと、レオポルドはやっと剣から手を離した。


「レオポルド殿、彼らは本当に何もしていないのだ」

「いや、絡まれたっていうのは、十分な案件です。破落戸の取り締まりは俺の仕事ですから」

「おいおい、相変わらず堅ぇな、レオポルド」

「お嬢さんは何もされてないって言ってるじゃねーか」

「そうだ、そうだ」

「お前らの今までの素行が悪すぎんだよ」


 気安くポンポンと言い返し合う彼らの様子に、シャルロタはひとまず肩の力を抜いた。この辺りをうろつく破落戸を、レオポルドは何度も取り締まっているのだろう。彼らはレオポルドに怯えながらも、逃げる様子は見せない。レオポルドの普段の仕事ぶりが窺えて、シャルロタは少しだけ感心した。


「まあまあ、貴殿らまずは落ち着け。これをやろうぞ」


 シャルロタはそう言って、袋から丸いパンを取り出し、破落戸たちの手に一個ずつ持たせた。


「それは焼きたてらしいぞ。それを食べて心を鎮めろ」

「シャルロタさん?」


 最後にレオポルドの手には細長いパンを持たせた。


「貴殿には干した木苺の入ったパンをやろう」

「やったあ、俺だけ特別!?」

「うむ。好きであろう」

「大好きです! シャルロタさん!」


 一人だけ特別なパンをもらって機嫌を良くしたレオポルドがパンにかぶりついた。その様子をシャルロタが目を細めて眺めている。


「おいおい……」

「まじかよ、ここでいちゃつくなよ」

「見せつけんなよ、マジで」


 破落戸たちのつぶやきに、遠巻きに彼らのやりとりを眺めていたやじ馬たちが一斉にうなずいた。

 王都の平和は、レオポルドたち第三騎士団が守っている。


ちなみに、ノエミの誤解は解けていないままです。

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