14 応援してね
メリークリスマスイヴ!
「貴殿は屋敷のものたちや領民とも仲が良いのだな」
「王都の学校に通っていたので、長期休暇はファウストにくっついてこちらで過ごしていたんですよ。うちのタッキーニ侯爵家の領地よりも近いし、自然も多くてのんびりできるうえに街も栄えていて便利だし。一人で馬に乗れるようになってからは、日帰りでもよく遊びに来ています」
「なるほど。騎馬であればそう時間はかからぬな」
シャルロタはレオポルドから視線をずらし、窓の外を見た。目抜き通りを過ぎた馬車は、先ほどから少しだけスピードを上げた。流れていく景色はあっという間に緑色が多くなっていった。
「まずは元々予定していたファウストの墓参りを済ませちゃいましょう。後まわしにして行けなくなったら本末転倒なので」
「うむ。貴殿の言う通りである」
「で、その後は、墓地周辺を見てまわりましょう。郊外なんですけど、またそこにも小さい街があって、特産の品も売ってるんでそこそこ見ごたえはあります」
「ほほう、それは楽しみである」
「でしょ」
裕福な子爵家の馬車は乗り心地が良い。スピードを上げてもほとんど揺れを感じない。シャルロタは窓の外で流れる景色に夢中になった。きちんと手入れされた豊かな自然。突然、野生の獣があらわれることもないし、賊に襲われることもない。
帝国と地続きの場所にこんな穏やかな国があるだなんて想像もしていなかった。図体は大きいくせに、自分はずいぶんと狭い世界で生きていたようだ。
シャルロタは自嘲気味に笑った。
「シャルロタさん、その髪型かわいいですね」
「うむ。ノエミという侍女は若いだけあって、なかなか斬新な発想を持っているようだ」
「ノエミ……メイド長の娘かな。そうか、もう侍女になれるような年になったのか。やっぱり若い子が結うと違いますね。そのおくれ毛、アニェーザじゃできないですもんね」
シャルロタは肩から前に垂らしている巻き髪をそっとつまんでほほ笑んだ。
「うむ。この巻いた髪を見ると、いつも貴殿を思い出すのだ」
驚いた様に大げさに身じろいだレオポルドが、両手で口を押さえた。見えている頬が真っ赤になっている。
「貴殿……どうした? 熱があるのか?」
「シャ、シャルロタさんがっ、俺のいないところで俺のことを思い出してくれていたなんてっ……」
「うぬ?」
「そんなっ、俺だっていつもシャルロタさんのこと考えてるし、これって、これって、もしかして間違いなく、両想いなんじゃ……はぁ……高まるぅー」
「タカマル?」
「いえ、こっちの話で。その髪型、すっごく良いです。シャルロタさん、大好きですっ!」
「そうか、この髪型が好きか。ノエミが感想を聞かせてほしいと言っていたからな。喜ぶだろう」
窓の景色がゆっくりと止まり、微かに馬車が揺れた。墓地に到着したようだ。
先に降りたレオポルドが差し出す手を、今度は間違わずにシャルロタは握って馬車を降りた。その様子を、御者がほほ笑んで見つめている。
小さな教会の門をくぐると、すぐに神父が出てきて深く礼をした。教会の裏は広い丘となっていて、そこがこの街の墓地となっていた。教会の脇に小さな家が建っていて、神父はそこで家族と暮らしながら墓地の管理をしているそうだ。息子は現在王都の神学校に通っていて、数年他の教会に仕えた後、この教会を継ぐという。
「それまでは私も老体に鞭打って頑張らなければなりません」
そう言って挙げた神父の両腕は、なかなかどうしてしっかりと筋肉がついており、とても老体というには程遠かった。
「ここは他の教会とは違って、日々、葬式ばかりですし、墓地の管理ってけっこう力仕事があるんですよ。ああ見えてあの神父、けっこう鍛えてます」
神父と別れ、シャルロタと二人で丘を上るレオポルドが小声で言った。
供花の花束でさえ持たせてもらなかったシャルロタは、手持ち無沙汰に両手で帽子を押さえていた。
墓地の中でも一番奥の見晴らしの良い場所が、クローチェ子爵家の墓だった。少し距離を置いてあるとはいえ、平民と同じ墓地というのが、なんともクローチェ子爵家らしいと思った。
「これはなんと立派な」
子爵家の墓の周りには柵がめぐらされ勝手には入れないようになっていた。しかし、柵は低く、跨げば容易に越えられる。それでも全く荒らされた様子のない墓碑に、この土地の治安の良さを感じた。
そういえば、父と兄の墓に何も告げずに来てしまったな。
シャルロタは今更ながら気付いた。父と兄の墓には、碑が建った時に行ったきりだった。
「大丈夫ですよ、死後の世界では距離ってないらしいですから。ここで手を合わせれば、きっと届きます」
しゃがんで墓碑のまわりの雑草をむしっていたレオポルドが、顔を上げないままそう言った。
「貴殿……それがしの考えていることが、わかるのか……?」
シャルロタが一歩後ずさりながらおののくと、パッと顔を上げたレオポルドが笑う。
「はい! いつもシャルロタさんのことばかり考えているので!」
「なぜだ」
「なぜだ、って……そんな、俺の口から言わせないでください」
両手で顔を覆ってしまったレオポルドがうつむいた。彼の手についていた雑草が前髪にくっついた。
何が言いたいのか皆目分からなかったが、聞き返せる雰囲気ではなかった。シャルロタは一度息を吐いた後、その草をそっと取り払った。
ファウストの墓に花を手向け、二人並んで祈りを捧げた。
すぐに目を開けたレオポルドがそっと隣を見ると、膝をつき手を合わせるシャルロタがすぐそばにいた。固く閉じられたまぶたは、まだしばらく開きそうもない。
俺のこと、応援してくれよ。ファウスト。
ゆっくりと開いたそのまぶたから黒い瞳がのぞくのを、レオポルドは愛おしく思いながら見つめた。
神父に見送られ、教会を出たシャルロタはぐるりと辺りを見回した。
「はて、馬車がおらぬ」
風でずれたシャルロタの帽子を直しながら、レオポルドが道路の向こうに視線を流す。
「つぎの目的地までは近いので、散歩がてら歩いて行こうかと。馬車はもうそこで待ってるはずです」
「ほほう、して、次はいずこへ」
「広い公園があるので、そこでピクニックがてら昼食を……あ、ぴっからぶう、か。あはは」
レオポルドがおかしそうに声を上げて笑った。
「う、うぬう! メイド長から聞いたのだな! ばかにしおって!」
振り上げたシャルロタの拳をレオポルドは軽々受け止め、そのままその手を握った。
「ははは。すみません。気に入っちゃったもんで。じゃ、行きましょう。」
レオポルドに引っ張られて歩き始めたシャルロタが顔をしかめた。
「レオポルド殿。こんなまっすぐな道、手を引かれなくともそれがしは迷わないぞ」
「あ、えーと」
繋がれた二人の手をじっと見ながら、レオポルドは頭をひねる。
「えっと、オレが迷わないようにです。こうしてるとフラフラと勝手に歩けないでしょ。すみません、俺がどっかいかないように掴んでてください」
「なるほど。合点承知した。しかと掴まるがよい」
シャルロタは頷くと、ぎゅっと手を握り返す。それにレオポルドが嬉しそうにくすりと笑った。
子供のように視界に入るものを次々に指をさし、矢継ぎ早にレオポルドは説明をした。どの風景にもファウストとの思い出があり、かつての二人の仲の良さが窺えた。
公園に到着すると、待機していた馬車から積んでいたバスケットを降ろし、再びレオポルドはもう片方の手をシャルロタに伸ばした。迷うことなくすぐにその手を握ったシャルロタに、御者が嬉しそうに眉を大きく上げた。
公園の広場では、まだ幼い子供たちが声を上げて走り回っていた。少し離れたところから、母親がその様子を見守っている。
「少し上るんですけど……うん、大丈夫そうですね」
レオポルドの視線がシャルロタの靴に落ちる。帽子だけではなく、靴もレオポルドの指定があったらしい。今日はかかとの低いショートブーツを履かされている。
なるほど、レオポルドの両手がふさがるから日傘ではなく帽子なのか。
手を引かれながらゆっくりと坂道を上るシャルロタは思った。
「もうすぐ着きます。疲れてませんか?」
振り返ったレオポルドと目が合ったシャルロタは、にっこりとほほ笑み返して頷いた。けっこうな坂道を上り続けた二人だが、全く息は上がっていない。
「もしかしてシャルロタさん、密かに体力づくりしてます?」
「うっ、うぬう……」
令嬢が筋トレなどするものではない、とアニェーザにきつく言われているのだが、シャルロタは深夜にこっそりと自室で軽い筋トレをしている。以前のように器具を使った本格的なものは無理なので、自重を使った簡単なものばかりだ。
「ま、まあ、家で簡単にできる程度であるが、な。それがしは子爵家の次の跡取りが決まるまでの代理であるからな。簡単に倒れるわけにはいかぬのだ」
「はは。すぐにぎっくり腰になるようではだめですもんね」
「うむ。いや、義父上が悪いと言うわけではないのだが……ぬわわっ」
突然立ち止まったレオポルドの背に、シャルロタはしたたかにぶつかってしまった。
「あ、すみません。大丈夫ですか」
それでもレオポルドは何事もなかったかのように、その場にしゃがみこみバスケットを開いた。中から大きな敷物を取り出し、ばさりと芝生に広げた。
シャルロタがやっと顔を上げると、そこは子供たちの遊んでいた広場からかなり離れた丘の頂上だった。辺りには誰もおらず、高い青空の下、音もなく鳥が二羽飛んで行った。
皆さんのところにサンタさんが来ますように。
今夜は宴じゃ。