プロローグ
家族と出会う4話まで一気に更新しています。
まずは1話目です。
よろしくお願いします。
女性にしては背の高い彼女の、顎に手をあて何かを考える仕草はさながら情緒的な詩の一節のようで、早朝の喧噪の中、通りをあわただしく過ぎてゆく人々の視線を一手に集めていた。
王都の街中にある小さな教会。その門を出たすぐのところで、紺色の飾り気のないドレスに身をつつんだ淑女がぽつんと立っていた。
大きな瞳は黒色で、形の良い眉はとても意思が強そうだ。この国では珍しい亜麻色の髪は朝日に照らされところどころオレンジ色に輝いている。首までしっかりと締まったドレスにより強調される胸は大きく、姿勢が良いせいでその体形をことさら艶めかしく見せていた。
「おはようございます。ご令嬢、何かお困りでしょうか」
これまたさらに背の高い青年が、女性に声をかけた。
青年はしっかりと鍛えた体躯を濃紺の軍服に包んでいる。厳つい服装にはいささか不釣り合いな濃い茶色の巻き毛がふわふわと揺れ、きりっと切れ長の青い瞳はまっすぐに彼女を見つめていた。
あごに手を添えたまま横目で青年を見た彼女は、ほっとしたように少しだけ目を見開いた。
「むむっ、もしや貴殿は、この街の衛兵であろうか」
想像よりもかなり低い、落ち着いた声で彼女はこたえた。
「ん? んんっ? ……あ、はい。えっと、お困りのようでしたので」
「卒爾ながら、それがし、家までの帰路がわからなくなってしまい、ほとほと困じておったのだ」
「んっ、ん? それ、がし? あ、……はい。ええ。では、お家までお送りいたしましょう」
「面目ない」
「いいえ、それが俺の仕事です」
「いや、それが……実のところ、住所も覚えておらぬのだ……」
悩まし気に額に手を添える仕草は非常に色っぽく見えたが、どうにも令嬢らしからぬ言葉遣いが気になってしまい、青年はそれどころではなかった。
「ええと、失礼ですが、クローチェ子爵家のご令嬢ですよね?」
「うぬぬっ! あにはからんや! この街の衛兵は全ての住民一人一人の顔を覚えておるのか! あなどれぬ! あなどれぬぞ!!」
「あにはか……? いえ、あの。この辺りではあなたは有名ですので」
「ぬう……そうであったのか……」
「ええ。その髪色も珍しいですしね。クローチェ家まではそれほど遠くありませんから、送ります。さあ行きましょう」
「かたじけない」
「ん、んんっ? はい……、ええ」
青年はさりげなく道路側にまわり、彼女の隣に並んだ。彼女の黒い瞳に見上げられると、きゅっと胸がつまり、かぁっと熱くなった。目を逸らし、右手で心臓を叩きながらゆっくりと歩き始める。
「帰り道がわからないって、教会へはどうやっていらしたのですか」
姿勢をくずすことなく、きりりと背筋を伸ばしたまま歩いていた彼女が、大きな目を細めてちらりと青年を見上げた。
「こちらへ参った際は、外出する父の馬車に便乗させていただいた。窓から外の景色を見ていたのだが、やはりこうして歩いてみると違って見える。それに、到着した時には街にはこんなに人はいなかったのだ」
「なるほど。表通りの店も開店し始めましたし、風景が変わりますよね」
「うむ。朝からこれほど賑わうとはな」
街に不慣れな彼女のために、青年は丁寧に説明を交えながら貴族が住む住宅街へと案内をした。
少しの段差もなく美しいレンガの敷き詰められた広い歩道。整然と剪定された街路樹。王都の中心街からほど近いこの辺りは、貴族のタウンハウスが並ぶ高級住宅街だった。
品のある装飾を施された門扉の前で、二人は立ち止まる。
「こちらのお家で間違いないでしょうか」
「うむ。かたじけない。この恩はいつか必ずや返そうぞ」
「は、はあ。あっ、いや。困っている人を助けるのが俺の仕事ですから、お気になさらずに。それに、俺も夜勤明けでちょうど帰宅するところだったので、そのついでですよ」
「さようであったか」
「はい。ちなみに俺の家は、この隣です」
「ぬっ?」
隣の大きな邸宅を親指で指す青年は、仕事が終わった解放感からかやわらかい笑みを浮かべた。彼の指さす豪邸は、三軒分の敷地を占めるこの辺りで一番大きな屋敷だった。
「クローチェ子爵家のシャルロタ様ですよね。俺は隣のタッキーニ侯爵家のレオポルドっていいます。どうぞよろしく」
胸に手をあて礼儀正しく頭を下げたレオポルドの後頭部をしばらく見つめていたシャルロタは、ハッとしたようにあわててスカートをつまんで膝を折った。見るからにぎこちない淑女の礼は、肘が大きく張り出していて何だかちょっと勇ましい。
「これは大変失礼した。貴殿のおっしゃる通り、それがしがシャルロタである。今後ともよろしくお頼み申し上げる」
微妙なほほ笑みのまま固まっていたレオポルドは、一度頬を指で掻き、人なつこい笑顔を見せた。
「こちらこそよろしく、シャルロタ様」
シャルロタはすっと目を細め、紅色の唇を弓なりにした。それを見てしまったレオポルドが、再び心臓の辺りをぎゅっと押さえる。
「うむ。しからば、これにてごめん」
ゆっくりと体の向きをかえたシャルロタのスカートがふわりと広がった。思わず伸ばしてしまいそうになった手を、レオポルドはあわててぐっと握ってこらえた。そして、悠然と門をくぐり玄関に入ってゆくシャルロタの背中を、見えなくなるまでずっと見つめていた。
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