2 夏休みは、少年少女を少し大人にする説
そして校門をくぐって校舎へ向かっていると、背後から
「おはよう」
という声がした。
なので立ち止まって後ろに振り返るとそこに、短い髪を後ろでひとつにくくり、
膝丈くらいのスカートをはいた女子が立っていた。
オレはそんな彼女に
「おはよう」
と返したが、はて?この子は誰やろう?
どっかで見たような顔やけど、ウチのクラスにこんな子居ったかいな?
と、頭の上に「?」マークを浮かべていると、
マサノブは爽やかな笑みを浮かべてその女子にこう言った。
「おはよう。髪型変えたんやねサユキ(・・・)ちゃん」
「ええっ⁉」
その言葉を聞いたオレは、思わず驚きの声を上げた。
だってサユキちゃんっていうたらシンジ君の事やろ⁉
ショートヘアーでいつもズボンを穿いててスポーツも勉強もそつなくこなす、
マサノブと同じくらい女子によくモテるあのシンジ君やろ⁉
それが何で今日はちょっと髪をくくってスカートなんか穿いてるんや⁉
これじゃあまるでシンジ君が女の子みたいやなか(まあ実際女の子やねんけども)!
とか思いながら内心驚いていると、シンジ君はどことなくモジモジしながら言った。
「うん、ちょっとイメージを変えてみたんだけど、どうかな?」
ええ?どうかなって、そんな事オレに聞かれても。
とか思っていると、マサノブがオレを肘で小突きながら言った。
「ホラ、聞かれてるでヨシオ。ちゃんと答えてあげんと」
ええ?これってオレが答えんとあかんの?
でも下手な事を言うたらハナミみたいに怒りだすんとちゃうの?
ここはできるだけ当たり障りのない答えを言うといた方が無難やな。
そう思ったオレは、頭をポリポリかきながらこう言った。
「ああ、シンジ君がそれでええと思うなら、ええんとちゃうかな?」
するとオレの言葉を聞いたシンジ君は何やら残念そうな顔をして、
「そう・・・・・・」
と呟き、オレ達の横を抜けて校舎の方へスタスタ歩いて行った。
「一体何やったんや?」
そう呟きながら首をかしげていると、そんなオレにマサノブがため息をつきながら言った。
「百点中五点やな」
「は?何がやねん?」
オレがそう尋ねると、マサノブは呆れた口調でこう言った。
「今の答えの点数や。ヨシオは女心っちゅうのが相変わらず分かってないなぁ」
「はぁ⁉何でやねん!オレ別にシンジ君を怒らせるような事は何も言うてないぞ⁉」
「怒る怒らんの問題とちゃうねん。
さっきサユキちゃんはお前の意見を聞きたがってたのに、
お前はそれをスルーするような答えしか言わんかったやろ?
『シンジ君がええと思うならええんとちゃうかな?ウンコブリブリ』って」
「ウンコブリブリとは言うてないやろ!」
「それにヨシオ、お前サユキちゃんに声かけられた時、パッとサユキちゃんって分からんかったやろ?」
「お、おう。だって前会うた時と髪型が変わってるし、珍しくスカートとか穿いてるし」
「何でサユキちゃんがあんなにガラッと変わったか分かるか?」
「分からん。何でや?」
「夏休みっちゅうのはな、少年少女をちょっと大人にさせてくれんねん」
「そうなんか?」
「おう。例えば夏休みが終わって二学期が始まったら、急に髪型や服装が変わる子が居るやろ?」
「おお、さっきのシンジ君が正にそうやな」
「一学期の時はコテコテの大阪人やったのに、夏休みに東京に旅行に行って、
二学期になったらシャバシャバの東京人になってたり」
「確かに居そうやけども」
「一学期の時はエスパーイトウみたいやった奴が、
二学期にはオスマンサンコンみたいになってたり」
「そんな奴は居らんやろ⁉夏休みの間に何があったんや⁉」
「まあとにかく、夏休みっちゅうのは人を大きく変化させるモンなんや」
「そういうモンかなぁ?」
「そういうモンやって。おれだってこの夏休みに彼女ができたんやし」
「う・・・・・・そやけどオレは別に夏休みが終わっても何も変わってないぞ」
「そんな事ないって。ヨシオだって夏休みの間に変わった所があるやんか」
「え?ホンマに?どこどこ?」
「ヨシオは夏休みが終わって・・・・・・ちょっと背が縮んだ?」
「縮んでないわい!」
「あ、おれの身長が伸びただけか」
「嫌味かオイ!」
「いや~、背が縮んでなくてよかったな、ヨシオ」
「ええ事あるかい!ひたすら気分が悪いわ!」
「まそうカッカせんと。ホラ、早よ行かんと始業式に遅れるで?」
「言われんでも分かっとるわい!」
怒りに満ちた口調でオレはそう言い放ち、踵を返して校舎へと向かった。