名誉毀損表現
※本文終盤にまとめがあります。お忙しい方はそちらの確認だけでも大丈夫です。
「どうも、後手だ。前回に引き続き、表現規制について説明して行こう。
今回は『名誉毀損表現』だ。
前回、前々回と説明した『犯罪煽動表現』『性表現』などと同じく、『名誉毀損表現』も原則として表現の自由で認められている。
しかし一方で、個人の"名誉権"も『個人の尊厳と結びつき、人格的生存に必要不可欠な権利』として、憲法第13条で保護されている。
したがって、名誉毀損表現にも一定の基準を用いて規制を設ける事が許されている。具体的には、刑法第230条『名誉毀損罪』だ。
具体的に条文を書くと、
『公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する』
……となる。
名誉毀損の条件を分かりやすくまとめると、
1・公然の場で行われている
2・何らかの事実を指摘している
3・その人物(法人なども含む)の社会的な評価を下げる可能性がある
……となる。
上記条文には書かれていないが、さらに付け加えると、
4・同定可能性が認められる
……事が前提条件になっているな」
「……え? ……あのさ、条文には『その事実の有無にかかわらず』って書いてるんだけど、上記の"2"と合わせると『本当の事を言ってもダメ』って事にならないか?」
「その通りだ。たとえ言った内容が"本当の事"であったとしても、名誉毀損に該当する可能性があるんだ。だから名誉毀損で訴えられた場合、『本当の事を言っただけ』は通用しない」
「……ええ……。"本当の事を言ってもダメ"って、それじゃあ迂闊に何か言う事もできないじゃんか……」
「確かに、不安になるよな。しかし、あくまで"可能性がある"と言う話だ。逆に、条件を満たしていても"名誉毀損には該当しない"場合だってあるんだよ。これは後で詳しく解説しよう。
では、名誉毀損の三つの条件を説明しよう。
まず『1・公然の場で行われている』からだ。
"公然の場"とは、『発言が不特定、または多数の人に伝わる可能性がある場所や状況』の事を指す。
"不特定"とは、『伝わる相手が誰であるかが定められていない』事で、
"多数"とは『大勢の人』と言う意味だ。
例えば『広場を行き交う、数十人以上の人々へ向かって発言した』場合、"広場を行き交う人々"と言う年齢や性別、立場などがバラバラな集団に対して行っているため『不特定多数』に対する発言となり、"公然の場"の条件を満たす事となる。
また『自分のクラスメイト達に対して発言した』場合、"クラスメイト達"と言う特定の、そして多数の人々に対して行っているため『特定多数』に対する発言となり、"公然の場"の条件を満たす事となる。
一方で『目の前の友人1人、もしくは2〜3人程度に言った』場合、"特定個人"に対する発言とされて"公然の場"であるとはみなされない。ネットの掲示板に書き込んだ場合は『不特定多数への発言』とみなされ"公然の場"に該当するが、数名の顔見知りだけが参加するSNSにメッセージを送った場合は『特定個人への発言』とみなされ"公然の場"には該当しない……と、まあそんな調子だ。
ただし、『その個人がみんなに言いふらす可能性がある』『そのメッセージが外部に伝わる可能性が考えられる』場合は、"公然の場"に該当してしまう可能性があるため注意が必要だ。
例えば『新聞記者に伝えた』場合、例え相手が一人であったとしても、その記者が『情報を記事にして新聞に載せる』可能性が十分に考えられるため、"公然の場"と判断されてしまう可能性があるだろう。
SNSにしても、自分から見た場合『グループ内に相手が一人』であっても、当の相手が『別グループの人物』などへ情報を拡散する可能性があれば、"公然の場"と判断されてしまう可能性がある。そう言う意味においても、ネットで知り合った相手に迂闊な事を言わない方がいいだろう。
次に、『2・何らかの事実を指摘している』についてだ。
ここで言う"事実"とは、『何らかの具体的な物事、出来事』だと思っておけばいいだろう。
例えば『Aは悪い奴だ』……は、発言者が個人的な主観でそう思っていると言うだけの"意見"であり、何らかの"事実"を指摘している訳ではない。したがって、名誉毀損には当たらない(程度によっては侮辱罪に当たる可能性はあり得る)。
つまり『意見・感想・評価』などの"個人的な主観"による発言は、原則として名誉毀損には当たらない。
一方で『Aは昔、窃盗を行っていた事がある』……は、具体的な物事に触れているために"事実の指摘"に該当する。したがって、名誉毀損に当たる可能性がある。
そしてさっきも触れたが、条文には"事実の有無にかかわらず"とあるな。これは『言っている事が本当でもウソでも関係ない』と言う事だ。つまり、前述の『Aは昔、窃盗を行っていた事がある』がウソであったとしても、名誉毀損は成立する。
ただし後述するが、『言っている事が本当(真実)である』場合、名誉毀損に当たらないケースもあり得る。これは後ほど詳しく説明しよう。
次に、『3・その人物の社会的な評価を下げる可能性がある』についてだ。
"社会的な評価"とは、その人物が社会、つまりは『周囲の人々から受ける外部的評価』の事だ。
これに関しては具体的な基準がない。"社会常識に照らし合わせ、周囲からの評価や評判が下がる(悪化する)もの"の事であると考えられている。
つまり、『一般常識的に悪いとされている内容』『道徳に反すると考えられている内容』などが該当する、と言う訳だ。
この"社会的評価"と言うものは、相対的に判断されるものであると考えられている。つまり"同じ内容の発言や指摘"であったとしても、『その人物が周囲から受けている評価、印象』によって社会的評価にどの程度影響するかが変わる、と考えられているんだ。
例えば"清楚なイメージ"が売りの女性アイドルがいるとしよう。そのアイドルを指し、
『彼女は以前、大声で「あ゛あ゛ゴミカス――――ッ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!」……と暴言を吐いていた事がある』
……と発言したとしよう。その場合、彼女に対する"清楚なイメージ"が大きく傷ついてしまい、結果としてイメージダウン、つまり社会的評価が下がると考えられる。
一方で、その清楚系アイドルが普段から、
『「シャンプーって飲み物じゃないんですよ。知ってました?」と発言する』
『「あばばばばばばば」などの奇声を上げたり、ドスを利かせた低い声で「ウラァッ!」「ざけんなオラァッ!」などと叫んだりする』
『殴りかかって来た人物に対し、「いいんかぁお前!? 我アイドルぞ!?」と叫びながら返り討ちにする』
……などの言動を行っており、それらがファン達の間で広く認識されていたとしよう。
その場合、たとえ彼女が『あ゛あ゛ゴミカス――――ッ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!』……と叫んでいた事実が明らかになったとしても、彼女の社会的評価には大して影響しないと考えられる。彼女の清楚なイメージはすでに崩壊しており、その発言も『普段通り』であると受け止められる……と考えられるからだ。
最後の『4・同定可能性が認められる』についてだ。
"同定可能性"とは、つまり『間違いなく、特定の人物を指している事が分かる』と言う意味だ。
例えば、『小説家になろうに投稿している平野ハルアキ』……の場合、間違いなく特定個人を指していると分かる。
一方で、『某小説投稿サイトに投稿しているH・H』……の場合、該当者が多数存在しており、特定個人を指しているとは言えない。
ちなみに、『"平野ハルアキ"が本名なのかペンネームなのか』は関係ない。特定個人を指していると分かれば、本名でなくとも名誉毀損の可能性はあり得る。
また、たとえ伏せ字やイニシャルなどで表していたとしても、同定可能性が認められるケースは存在する。
例えば『小説投稿サイトの"小○家になろう"』……と書かれた場合、伏せ字が使用されていても"どのサイトを指しているのか特定可能である"と判断されるだろ
う。
また、『あの会社に勤めるH・H氏』などと人物名をイニシャルで表していたとしても、その会社に『イニシャルがH・Hの人物が一人しかいない』場合は該当人物の特定が可能だ。
……以上の条件をまとめると、
『誰の事を言っているのかはっきり分かる』状態で、
『たくさんの人に伝わるように』、
『具体的な事実を言った』結果、
『みんなからの評価が下がるかも知れない』場合、
"名誉毀損で訴えられる可能性がある"……と言う事だ。
しかし一方で、当該発言が名誉毀損の『違法性阻却事由』を満たしている場合、名誉毀損には当たらないと判断される可能性もあり得るんだ」
「……ソキャクジユー……何?」
「阻却事由。つまり『違法である理由がしりぞけられた(阻却された)結果、その発言は名誉毀損じゃないと判断される』……と言う事だ。
その条件は、
1・公共の利害が関係している
2・公益性が存在している。公益のための発言である
3・その発言が真実である、または真実相当性が認められる
……の三つだ。これら全てを満たした場合、たとえ相手の名誉を損ねる発言を行ったとしても『名誉毀損には当たらない』と判断される。
詳しく見ていこう。
まず『1・公共の利害が関係している』からだ。
これはつまり、『みんなの利益が関係している』と言う意味だ。
例えば、『あの政治家は、○○から賄賂を受け取っている』……と発言した場合だ。これは『政治家の汚職に関する話題』であり、多くの人々にとって非常に重要な意味を持つ。したがって、『公共の利害に関する』と判断され、阻却事由の条件を一つ満たす事となる。
他にも『○○社の製品には欠陥が存在している』『××情報サイトには誤った情報が載せられている』なども、多くの人々にとって価値のある情報だから『公共の利害に関する』と認められやすい。
一方、『あの政治家は、浮気がバレて奥さんと離婚調停中だ』……と言う発言の場合はどうか。これはその政治家の『プライベートに関する話』であって、たとえ事実であったとしても『公共の利害とは関係ない』と判断されるだろう。したがってこの場合、名誉毀損に該当する可能性がある。
また相手が一般人の場合、『彼は過去に犯罪を犯した事がある』がたとえ事実であったとしても、『公共性がない』と判断されやすい。その個人の犯罪歴も『プライバシー、個人情報の一つ』であるとみなされるためだ。
おおむね、『政治家など著名人に対する発言』の場合は"名誉毀損が成立しにくい"、『個人的な情報、事情』は"公共の利害と関係ない"と判断されやすい……と覚えておけばいいだろう。もちろん程度の話であって、『政治家(公人)相手なら何を言っても許される』などと言う事は決してない。
次に『2・公益性が存在している。公益のための発言である』だ。
これはさっき言った『公共性』と似た概念で、つまり『みんなの役に立つために発せられた発言、情報であると認められる』……と言う事だ。
さっきの例え『あの政治家は、○○から賄賂を受け取っている』……の場合で考えよう。
もしもその発言を行った理由が『政界の腐敗を正すため、みんなに事実を知ってもらいたいから』であり、言い方も冷静で理知的なものであった場合、『公益性がある』……と判断されやすい。
一方で、その発言を行った目的が『その政治家が嫌いで、落ちぶれるさまを見たいから』であり、言い方も度を越して乱暴なものであったり、個人攻撃に及んでいたりする場合、『公益性がない』……と判断される可能性があるだろう。
最後に『3・その発言が真実である、または真実相当性が認められる』だ。
つまり『言っている事が本当である』場合は阻却事由の条件の一つを満たす、と言う事だ。法律では『"事実"と"真実"とは区別されている』点を覚えておこう。
一方の『真実相当性』とは何か。これは、
『実際にはその情報は間違いなんだけど、発言者が本当の事だと思っても仕方ないよね』
『真実だと思うだけの根拠は十分にあったよね』
……と言う事だ。
どの程度の情報であれば真実相当性が認められるのか?
基本的には『証拠となる資料を可能な限り集める』など、"真実に近づくための十分な努力を行った"と認められて始めて成立する概念だ。
真実相当性に関するごく簡単な参考例として、事件内容などの詳細は省くが、1997(平成6)年9月9日に最高裁で上告審判決が下った『ロス疑惑夕刊フジ事件』の判決理由から一部を抜粋しよう。
(京都産業大学法学部・『ロス疑惑夕刊フジ事件』の[19]より
リンク・https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/153-3.html)
『ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき、これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない』
……つまり、『雑誌や新聞に書いてあった』『TVで言っていた』『ネットに書いてあった』程度では真実相当性は認められない。原則として"かなり厳しい基準"だと考えておいた方がいいだろう。決して『"真実"の簡易版』のような概念と考えてはならない。
真実相当性の具体的な基準をまとめる事はできないので、興味のある方は以下の資料を参考にしていただきたい。
※裁判例における真実相当性に関する判断の概要(PDF)
リンク・https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/research/improvement/pdf/160804_sanko6.pdf
……以上をまとめると、
『みんなの役に立つ発言』であり(1と2をまとめた表現)、
『本当の事、もしくは本当だと思うだけの理由があった』場合、
"名誉毀損には当たらないと判断される可能性がある"……と言う訳だ。
余談ながら、米国では『現実の悪意の法理』と呼ばれるものが採用されている。
これは公務員などの公的な存在の、公的側面に関わる名誉毀損事件では、被害者の側(原告、訴えた側)が『相手の発言が"現実の悪意"をもってなされた』と言う事を証明しなければならない……と言う法理だ。
"現実の悪意"とは、
『発言者側が、発言内容が虚偽であったことを知っていたか、または虚偽であることを不遜にも考慮しなかった』
……と言う事だ。
言い換えると、
『発言者側が、ウソ情報だと知りながらそのウソを言った、もしくはその情報が本当なのかウソなのかについて考えなかった』
……と言う事だ。
そもそも米国では、"名誉毀損に対する損害額が日本よりはるかに高額"と言う特殊な事情がある。そのために採用された法理であり、これを『日本でそのまま適用させられる』と考えてはならない(ちなみに日本では、『発言が真実であるか否
か』の証明は被告側、つまり訴えられた側が行わなければならない)。まあ参考程度に受け取ってくれ」
「……何か話聞いてたら、ネットの書き込みとか怖くなって来たんだけど……」
「確かに"発信者情報開示請求"と言って、『掲示板・ブログの管理者やプロバイダに対し、書き込みを行った人物の個人情報の開示を求める』事もあり得る。だか
らたとえ匿名の掲示板であろうと、好き勝手に書いた結果自分が名誉毀損で訴えられる事だってある。だから、書き込みを行うには十分に注意した方がいいだろう。
一方で事前に十分な知識を備えておけば、『何がよくて何が悪いか』の判断がしやすくなる。そうすれば不必要に怖がる必要もなくなり、発言なども行いやすくなるはずだ。
そう言う意味でも、このエッセイ以外の書籍なりサイトなりも参考にして、知識を得ておくのは非常に有効だ。
……では、今回のまとめだ。
一、名誉毀損表現も表現の自由で認められている。しかし、一定の基準を用いて規
制を設ける事が許されている。刑法第231条の『名誉毀損罪』である。
二、『名誉毀損罪』に問われる条件は、
1・発言などが公然の場で行われている(たくさんの人に伝わる状況)
2・何らかの事実を指摘している(『個人的な意見』ではない、具体的な内容
の指摘)
3・その人物の社会的な評価を下げる可能性がある
4・同定可能性が認められる(誰の事を指しているのかはっきり分かる)
……である。
三、一方で『違法性の阻却事由』を満たしている場合、上記"二"の条件を満たして
いても名誉毀損には当たらなくなる。
具体的な条件は、
1・公共の利害が関係している(みんなのためになる)
2・公益性が存在している。公益のための発言である("みんなの役に立つ"と
言う目的で行っている)
3・その発言が真実である、または真実相当性が認められる(本当の事、もし
くは本当の事だと思うだけの理由がある)
……である。
……以上だ。
では、また次回」
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作者の苦労が報われます。