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優越的地位

※本文終盤にまとめがあります。お忙しい方はそちらの確認だけでも大丈夫です。

「どうも、後手だ。では早速始めようか。


 前々回(『はじめに』)、俺は表現の自由が人権の一種である事を説明したな。


 しかし人権には他にも種類がある。『生存権』や『人身の自由』、『参政権』などなど。憲法の条文にこそ記載されていないが、近年になって登場した『幸福追求権』や『プライバシー権』などの"新しい人権"も、判例・通説ともに認める立場を取っている。


 では、ここで問題だ。全ての人権の中で、"最も手厚く保護されるべき"と考えられているものはどれだと思う?」


「さっぱり分からん」


「いや少しは考えてくれ。……一つ情報を与えておこう。人権と言うものは、その人物の置かれた立場によって何が重要であるかが変わるものだ。


 生活が苦しいなどの理由で生命の危機に立たされている人にとっては、『生存

権』が最も重要かも知れない。満足な教育が受けられない人にとっては『教育を受ける権利(義務教育。勘違いされがちだが、これは『"国家が"教育を望む全ての子供達に教育を受けさせる義務』と言う意味である)』が最も重要かも知れない。


 それらに対し『生存権が重要だ』『いや、教育を受ける権利こそが重要だ』などと比べ合っても、あまり意味がない。どちらも重要に決まっている。ただ、当人達の置かれた状況によって"より強く望む権利"が変わる、と言うだけだ。


 だからそもそも、人権と言うものに対して序列を決める事自体が筋違い、とも言える訳なんだ。


 ……さあ、情報はここまでだ。答えてみてくれ」


「そうか……! 答えは『全部重要! 全ての人権が平等に手厚く保護されるべ

き!』……って訳だ!」


「……ハズレ。答えは『表現の自由』だ」


「おいィ?」


「全ての人権の中で、最も手厚く保護されるべきものは『表現の自由』。大事な事なので二回言いました」


「途中までの解説は一体何だったんだよっ!? 単なる嘘かっ!? 無駄語りなのかっ!?」


「いや、確かに引っ掛け問題だったのは認めよう。だが、途中の解説は決して嘘でも無駄語りでもない。『人権は全て重要であり序列を決める事自体が筋違い』、それは間違いない事だ。


 ……それを踏まえた上で、それでもなお他より重要視するべき権利が『表現の自由』なんだ。いわば他の権利と比べて"優越的地位(preferred position)"を与えられた権利である、と言う事なんだ。


 憲法で認められた人権と言うものは、『どのような時でも無制限で認められる』と言う訳ではない。"公共の福祉"と言う概念によって、ある程度の制限を課す事が認められている。


 例として、憲法第十二条、第十三条を抜粋しよう。


『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に"公共の福祉"のためにこれを利用する責任を負う』(一部、読みやすくするために改変)


『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、"公共の福祉"に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』


 公共の福祉とは何か。かなり曖昧(あいまい)な概念ではあるが、ざっくり『社会全体の利

益、みんなのためになる事』と認識しておけばいいだろう。


 確かに、人は何をするのも自由だ。憲法によって保証されている国民の権利だ。だが同時に、それら権利は"自分ひとり"だけでなく"全ての国民"が平等に認められている。したがって、人は自分だけでなく他人の権利も尊重する必要がある。


 例えば『他人の所有物を盗む自由』『他人に暴力を振るったり、殺したりする自由』なんてものは認められていない。なぜならこれら行為は他人の正当な権利を侵害しており、またこれが認められては正常な社会秩序が維持できなくなるからだ。


 したがって、それら行為を憲法で保護する必要はなく、それら行為を犯した者を逮捕する――すなわち『自由を奪い取り、人権を侵害する』事となってもやむを得ないと考えられている。『盗む自由、殺す自由』を認めるより、制限をかけた方がはるかに社会全体の利益となるからだ。


 上記のケースなら話は単純だが、現実社会において"互いの正当な権利、利益"が衝突し合うケースはあり得る。『報道の自由 対 プライバシー権』みたいに。


 こうした場合、どう考えるべきか。


 一つは『比較衡量(ひかくこうりょう)論(ad hoc balancing)』と言って、『両者を天秤にかけて比べて(衡量こうりょう)、より利益の大きい方を優先する』と言う考え方がある。


 これは"具体的判断によって、妥当な結論を導く事ができる"と言う利点がある一方、"どうしても公権力が有利になりがち"と言う弱点が存在する。そのため、この考え方は『同程度の人権が対立した場合、裁判所が仲介者的に判断を下す』場合に有効だ。


 そして、もう一つは『二重の基準論(double standard)』と言う考え方だ」


「"ダブルスタンダード"……それ、要するに『ダブスタ』って略される例のアレの事じゃんか。同じ事を『俺はいいけどお前はダメ』って言うアレ」


「その通りだ。以前俺が解説した事があるな。


(拙著・対話形式で考察する『誤謬(ごびゅう)・詭弁とその対処方法』"ダブルスタンダード(二重規範)" https://ncode.syosetu.com/n4186fo/13/)


 だが、"人権か公共の福祉かの判断"においては認められている考え方なんだ。


 例えば『経済的自由』に規制をかける場合には、比較的"緩やか"な基準を用いて行ってよいとされている。


 対して『精神的自由』、特に表現の自由(以下、精神的自由全般を含めて"表現の自由"に統一)に規制をかける場合に関しては、"厳格"な基準を用いて行う必要がある。


 もしも経済的自由と表現の自由とが衝突し、どちらかが引かなければならなくなった場合、表現の自由が尊重される……と言った調子だ。


 なぜなのか。仮に経済的自由が不当に制限されてしまった場合でも、国会が機能する限りはそこで修正が可能であると考えられる。


 一方、表現の自由が不当に制限されてしまった場合、それを修正するのが非常に難しくなってしまう。前回(『表現の自由とは』)述べた通り、民主主義にとって表現の自由は不可欠の前提、むしろ『民主主義そのもの』と言い換えてもいいほど重要なものだ。それが不当に制限されてしまった場合、"修正する"と言う行為そのものに足枷(あしかせ)がかけられてしまう事になるだろう。


 また表現の自由は、ひとたび規制がかけられた場合、連鎖的にその規制範囲が拡大されてしまうとも考えられている。


『Aはダメ』 → 『じゃあ似たようなA'もダメ』 → 『なら当然A"もダメ』

 → 『それだったらBもダメって事になるよね』 → 『じゃあ(以下略)』


 ……と言う感じに。


 そう言った理由から、表現の自由に対して『優越的地位』を与え、他の権利より手厚く保護されるべき……と考えられているんだ。


 ……余談ながら、日本においてはもう一段複雑な基準が設けられている。


 つまり、


・表現の自由の規制内容には"厳格な審査基準"


・表現の自由の内容中立規制と職業の自由の消極目的規制には"厳格な合理性の基

 準(一段厳しい比較衡量論の適用)"


・職業の自由の積極目的規制には"合理性の基準(通常の比較衡量論の適用)"


 ……と言う具合だ。いわば『三重の基準論』とでも言うべきものだな」


「なるほどな。……じゃあ表現の自由って、絶対に規制しちゃいけないものって事なのか?」


「いや、そうではない。確かに規制に対する基準は厳しく見るべきものとされてはいるが、やはり公共の福祉に反すると考えられるものに対しては相応の規制がかけられている。これは次回以降、詳しく述べていこう。


 と言う訳で、今回のまとめだ。


一、『表現の自由』は、憲法で認められている全ての人権の中で最も手厚く保護さ

   れるべき権利として『優越的地位』を与えられている。


二、人権は『公共の福祉』と言う概念によってある程度の制限がかけられる。

  その基準は大きく分けて二つである。


三、その内の一つ『比較衡量(ひかくこうりょう)論』は、対立する二つの権利を比べあってより利益

  の大きい方を優先すると言う考え方である。


四、もう一つ『二重の基準論』は、二つの基準を用いる考え方である。経済的自由

  へは緩い基準で規制してもよいが、表現の自由(精神的自由)への規制は厳し

  い基準をクリアしなければならない。


 ……以上だ。

 では、また次回」



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