やっさん
会社の出勤時間が過ぎ、井沢課長が社員たちのタイムカードを取りに席を立った。
その姿を見送って私は工場に向かった。
業務開始時間にはまだまだ早いが、私は仕事の段取りをつけるために一時間はやく現場に入る。
工場の入り口に入ると左右に白く長い廊下が広がっている。
長い、とは言っても20mくらいの廊下だが、掃除が行き届いており、汚れがないピカピカの廊下だからそう見えるのだ。
この飛田印刷工場、正式には飛田製作所では、スクリーン印刷を主に行っている。
スクリーン印刷というのは水と空気以外なら何にでも印刷できるといっても過言ではない技法だ。
版にインクを落とすのだが、版にインクが透過(通過)する場所とそうでない場所を作り、インクを擦り落とすように印刷する、というものだ。
その印刷をするのが第一製造課である。私が所属するのはこの印刷されたモノをさらに実際的な製品に作り替える第二製造課だ。
印刷の終わった製品にラミネート機で保護シートを貼ったり、裏面に両面テープを貼ったり、印刷のプレス機で型を使って電化製品に実際に貼り付けられる形に仕上げたりする。
私は廊下を進み、プレス加工の部屋に入った。
プレス機の前にはすでにやっさんが待機していた。彼はこの会社を支える職人さんの一人で、責任感が強く、人望も厚い、絵に描いたような昭和気質のベテランさんだ。
元気よくやっさんがあいさつをしてくれる。
『おう!おはよう!がっちゃん!』
やっさんは出会った時から私のことを”がっちゃん”と呼ぶ。
社長の息子なのに物怖じせずに私に気さくに話しかけてくれる。生まれ持った気質なのか、私にはない性質で羨ましく思う。
『おはよう。やっさん。今日も元気そうだね。昨日ぶっ壊れたっていう二号機大丈夫かい。』
昨日、プレス機の三台ある内の調子の悪かった一台が壊れたのだった。
『おお。大丈夫そうだよ。ぶっ壊れてもらっちゃ仕事できなくなっちまうからな。しかし、工場長も毎回変なこと言うよな。技師でもない俺たちに直せってんだからよ。そんな知識ねえってんだよ。俺らは機械を動かすだけなんだよ。』と、やっさんが息巻く。この部屋は割と響く上に隣に工場長が今いるので、もしかしたら聞こえているかもしれない。いや、聞かせているのか?
私は苦笑いして返した。