キリアとドライア
私たちがギルドにつくと、そこにはとんでもない行列が出来ていた。
私はキリア達を外で待機させてギルドの中に入る。
そして、ある一人の冒険者が私が入ってきた事に気がつくと、まるで餌を見つけた蟻のように集まってくる。
「おい!俺とパーティ組まねぇか?」
「何言ってんだ!こいつは俺のパーティに加わるんだよ!」
「あんたらみたいなむさ苦しい男なんかより、私たちのような可愛い女の子の方が良いわよね?」
ドライアの言う通り、もの凄い人数のパーティ加入要請が届く。
「あ、あの…」
私が戸惑っていると奥の方でガシャンと大きな音をたててバカでかい剣を背負ったガタイのいい男が言う。
「てめぇら、ちったあ大人しくするってんのが出来ねぇのか?」
「なんだと?」
「てめぇらのバカでかい声が煩くてかなわねぇし…」
男は私の方へ大股で歩いてきて私の肩を力強く握る。
力強く握られているが、痛いと感じるほどには強く握っていないようだ。
「このお嬢ちゃん、困ってんだろうが!わかったら、とっとと失せやがれ!」
男の一喝で私を取り囲んでいた冒険者達が次々と各々のやる事に戻る。
男が私の肩から手を離し、私の顔を見て言う。
「俺はアギトだ。このギルド内で最強の男と言えば俺の事を思い出すが良い。」
私はアギトの顔を見上げる。
山のように大きな体、巨大な岩壁の様な筋肉、傷跡の残っている左目、頭は丸坊主だった。
はっきり言うと強面のおじさんって感じだ。
…すんごい失礼だけど。
「私はリッカです。アギトさん、先程は助けていただいてありがとうございます。」
「おう。」
アギトは気にするなと言うように席に戻る。
私は受付に居たドライアを見つける。
私がドライアの方へ歩いていくとドライアが言う。
「やあ!リッカちゃん、大変だったね〜」
「本当にドライアさんの言う通りになって凄く驚きました…」
「アッハッハッ!そりゃ、この私は世界一のドラゴンテイマー…あー、竜使いだからね!そのお墨付きって言うのは、私が力を認めたって事になる訳だ。だから、あれほどの事はごく普通に有り得ることってもんよ!それと、今回の報酬ね。」
私はドライアから依頼の報酬を受け取る。
ドライアが扉の方をチラッと見て言う。
「リッカさえ良ければなんだけどさ…」
ドライアは一瞬考える素振りを見せたが、そのまま言う事を決めた様な表情をする。
「アギトと組んで見ない?」
アギトが飲んでいた飲み物を盛大に吹いていた。
アギトがドライアの方を向いて言う。
「てめぇ、俺にそいつの世話をしろって…正気か?言っちゃあわりぃが俺が受ける依頼はそいつの様なガキには厳しいもんばっかだぞ。」
ドライアはアギトの方へ歩いていって言う。
「まあまあ、あの子、今は弱いけど、すんごい子なのは確かだよ。なんたって、魔力でスフィアドラゴンに認められるくらいの力の持ち主だからね!ね?だから、頼むよ〜!このとーり!」
ドライアがゴマすりする様に手を合わせる。
ざわざわと辺りが騒がしくなる。
「あのスフィアドラゴンが認めた獣人?!」とか「あの子はあんなに幼い獣人なのにそんなに魔力があるのか!」とか様々な言葉が飛び交っていた。
アギトは渋々と言いたげに私の方へ歩いてくる。
「お嬢ちゃんはどうする?嫌だったら、拒否しても構わんが…」
「私は…」
私はどうすればいいのだろう…
正直に言うと一人だと心細いし、ドライアの説得によるアギトの提案はありがたい。
けど、アギトは最強ゆえに危険な依頼ばかりが彼に届くから、弱い私には危険過ぎると思っているんだよね…
一方、ドライアは私がスフィアドラゴンに認められたと言うことで実力は申し分ないと考えているだろう。
だから、彼の心配は杞憂だと言いたげな様子であんな風に言っているのか…
それとも別にアギトと組んでもらう理由があるのか…
もしそうだとしたら、私はどうしたらいいのだろう…
「私は…」
バンッ!とギルドの扉が勢いよく開けられる。
そして、勢いよく開けたヒトが勢いよく私の目の前までくる。
私はあまりの速さに一瞬気がつかなかったが、それがキリアだと認識するまでに時間はかからなかった。
キリアは怒っているような…と言うか誰が見ても怒っている顔で言う。
「話は聞いたぞ!お前は何を迷っているんだ!最強の男と言うのはお前に相応しいパートナーじゃないか!それなのにお前は何をうじうじと悩んでんだ!さっさと二つ返事で答えてやれば良いだろ!ドライアもお前とこいつが合うと思ってるんだろ?なら、迷うな!さっさとはいと答えろ!わかったか!」
「は、はい!よろしくお願いします!」
あまりの気迫に圧されてつい元気よく敬礼して答えてしまった…
キリアはそれを見て満足そうに頷きながら、私の後ろに移動する。
「お、おう。よろしくな。」
アギトは少し引き気味に手を出す。
私はキリアに圧されてしまった事に少し後悔しながらもアギトの手を握る。
アギトはキリアの方を向いて言う。
「お前、いい主人を持ったな。」
「ふん!当然だ!この我が認めた主人なのだからな!」
私は受付でパーティーの手続きをする。
「では、アギトさんとリッカさんのパーティー名を決めてもらえますか?」
受付のお姉さんがにこやかに言う。
なんだか、足元を見られているような気がしないでもなかったが、とりあえずアギトと相談する事にした。
「アギトさんは何か希望とかありますか?」
私がアギトに聞くとキリアが真っ先に答える。
「ドラグンハートだな!」
ドライアがキリアをボッコボコにしていた。
キリアが何かある度にボコられてる気がする…
きっと気のせいだ…気のせいだ…
アギトはそんなキリアの様子を見ながら言う。
「そうだな…最強軍だな!」
「あんたは何処の軍隊だいっ!」
「ぐふっ?!」
ドライアのツッコミによる鋭い正拳突きがアギトの"ブツ"にクリティカルヒットする。
アギトが死にそうな勢いでもがき苦しむ。
この時ばかりは私が女で良かったと心の底から思う。
「ドラゴン、最強…うーん…」
私が考えているとギルドの扉の外からバリバリドッシャーン!と雷が落ちる音がする。
私は急いで外に出る。
「なにすんだよー!」
マルモフがそう吠えた先に居たのは…
「ふん。雑魚モンスターであるてめぇがこんなところに居るのが悪いんだろ。とっとと失せろ!」
狼のような見た目の若い男がマルモフに言う。
私は咄嗟に手を広げて、マルモフの前に出る。
「やめてください!」
「ご主人?!」
「なんだぁ?てめぇ…」
狼のような見た目の若い男がニヤニヤと私の体を舐めるように見ながら近づいてくる。
「このライデンは私と契約した子です!この子に手出しをしないでください!」
「うっせぇんだよっ!」
ドガッ!と勢い良く私の横腹に左からの回し蹴りが叩き込まれる。
小さく軽い私の身体はいとも容易く吹っ飛び、近くの壁に叩きつけられる。
口の中で血の味がする。
「お前!ご主人に何をするんだ!」
マルモフが怒りでバチバチと帯電する。
男が楽しそうに笑いながら言う。
「ハハッ!てめぇのご主人様の躾がなってねぇから、その身に教えてやってんだよ!」
「許さないっ!」
マルモフがバチィと空に超高圧の電流を放って、雷雲を呼ぶ。
「マルモフさん、ダメですよ…」
「ご主人?!」
「その人に…手を出してはいけません…」
よろよろと立ち上がる私を見て、マルモフが驚いた様に目を見開く。
その瞬間、マルモフが呼んだ雷雲は風に飛ばされるかのように消え去る。
「ガキが生意気な…」
男が私の前まで歩いてくる。
「死ねや…」
男が燃える拳を振りかぶる。
私は強く目を閉じて本能的に祈る。
"助けてっ!"
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
ギルドの壁をぶち破りながら、中からキリアが飛び出してくる。
「俺の主人に何やってやがんだぁ!」
キリアの怒りの鉄拳が男の顔に当たり、男がまるで投げ飛ばされた赤子の様に吹っ飛ぶ。
男は気絶したようだった。
「キリアさん…」
「下がってろ…俺があいつをぶっ殺してやる…」
キリアは怒りで竜の時とは比べ物にならない桁違いの冷気を口から溢れさせていた。
私は震える体を押えて言う。
「キリアさん…やめてください…」
「やなこった!あの野郎がリッカにした事は万死に値する!だから、俺はあいつを殺す!」
キリアが冷気を溜め始める。
私は力の限りの大声で言う。
「やめなさい!これは命令です!即座にその冷気を鎮めなさい!」
キリアが驚いた様に目を見開く。
そして、怒りを堪えるように言う。
「…わかった。」
キリアの口から溢れる冷気が徐々に少なくなる。
私はキリアの頭を後ろから撫でながら言う。
「キリアさん、素直に聞いてくださって、ありがとうございます…」
キリアは怒りが収まりきらない様子で何も言わずに黙っていた。
そして警備隊が到着し、男が連行されていった。
私は怪我の確認と事情聴取の為に警備隊とギルドの中に入る。
中でパーティーのアギトとマルモフも事情聴取を受けていた。
警備隊と私がギルドに入る頃にはドライアも外まで出てきていた。
ドライアはキリアの頭を優しく撫でながら言う。
「キリア、よく耐えたね。えらいえらい!」
キリアはドライアの手を勢い良く跳ね除けて怒ったように言う。
「ふざけるな!こんなザマでえらい訳が無かろう!リッカは死にかけたんだぞ!無抵抗の主人が殺されかけたんだぞ!やり返すのは当然だろ!なのに…情けない…」
キリアは少し泣きそうな声で言う。
ドライアは優しく語りかける様に言う。
「そんな事は無いよ。君はリッカちゃんの命を救った。そして、怒りで我を忘れる事もなく、リッカちゃんの言う事をちゃんと聞けた。それはとても凄い事なんだ!今はまだ分からないかもしれない。でも、きっといつか私の言った事の意味が分かる様になる。だって、あなたも立派な"ヒト"だもの。だから、ゆっくりと理解していけば良いの…」
ドライアはキリアに優しく微笑んで、ギルドに入っていく。
「我は望んでヒトになった訳では無い…それでも、我はヒトとみなされるのか?」
キリアは小さく溜息をつく。
「つくづく、ヒトとは解せぬ生き物よのぅ…」
その日の夕暮れまで事情聴取は続いて、手続きを済ませた後にドライアの家で寝る事になったのだった。