あわいはつこい、オレとせんぱい
本気の恋をしました。
実らないと分かっていても。
「もう出来たの? 八城くん早いね、ありがとう!」
オレが作った資料を笑顔で受け取る高丘先輩。
その笑顔と声だけで、あぁ、この会社に入って良かった。と思うんです。
きっと、本当の意味での初恋でした。
今まで付き合ってきた人を全員忘れてしまうほどの衝撃でした。
でも、高丘先輩の視線の先には別の人がいました。
若手の中で最も優秀だと持て囃される人物。片桐 静海先輩。
仲の良い幼馴染。と、先輩は言っていましたが、オレは分かってしまいました。
この人は、あの人に恋をしているんだ。と。
でも、お似合いだなと思ってしまいました。
片桐先輩には一歩及ばないながらも、高丘先輩も物凄く優秀で、女性社員の中では頭ひとつ抜きんでていて
2人が並んでいるだけで何故か安心して仕事が出来たものですから。
幼馴染なだけあって話も合うようですし、どうあがいても片桐先輩に勝てるビジョンが見えませんでした。
◇
状況が代わったのは、片桐先輩がオレの同期でもある人物、深谷 穏月さんと付き合い始めたことからでした。
勿論、2人も良い大人ですから、会社に変な私情を持ち込むことはありませんでした。
違う言えば、会社が終わったら2人で帰るようになったことくらい。
それと、飲み会の参加率が減ったくらい。
でも、2人は良くてもこっちは違うんです。
高丘先輩は2人のことを少しだけ茶化しながら、満面の笑顔で応援していましたが、オレにはその笑顔が痛々しくて仕方がありませんでした。
自分の気持ちは脇に置いて、これまで通りの友達であろうとする彼女が健気で、寂しくて。
だけど、ただの良い後輩止まりなオレには、彼女の決意をむちゃくちゃにする権利も勇気もありませんでした。
これまで通り、過ごしました。
入社して2年も経てば、オレは十分に会社に溶け込み、仕事にもすっかり慣れていました。
深谷さんは不器用なようで、仕事も、人付き合いも周囲から一歩遅れていました。
「はぁ」
深谷さんの仕事と高丘先輩の仕事は繋がっていて、深谷さんが遅れるとその分のしわ寄せは高丘先輩へ向かいます。
高丘先輩は仕事が出来るから、深谷さんが多少遅れても会社には響かないのですが、オレはちょっと不愉快でした。
仕事の出来る彼氏さんを頼ればいいのに、深谷さんはそうしませんでした。
オレが飲み会でその話を片桐先輩にすると「自分でできる事は自分でやり切りたいらしいんだ」と、先輩は微笑みました。
出来てないんだよ。とオレは心の中で悪態を吐きました。
でも、上からも期待されている片桐先輩はよく見ると毎日忙しそうで、オレはその日から深谷さんが仕事で遅れている時は声を掛けるようにしました。
面倒ではありましたが、高丘先輩は自分の入り込めるような弱点がなかったから、深谷さんを通して役に立っているんだと思うと誇らしい気持ちになりました。
高丘先輩が「いつも周りを見ていて八城くんは凄いね」と言ってくれた日にはニヤケ顔で帰ったものです。
オレが深谷さんの二股相手だと言う噂が立ったのは、それからほんの数日後のことでした。
◇
オレは逃避をするかのように仕事に没頭しました。
休憩時間もパソコンに向かい、会社では出来るだけ1人で過ごしました。
仕事の話をするときも相手の目は見れませんでした。
自分を守っていないと潰れてしまいそうで。
仲の良い友人が噂のことを心配して話しかけてくれましたが、オレは冷たくあしらいました。
「飲み会の盛り上げメンバーが減ると寂しいから、またいつでも来てくれよ。どうせ女子共が面白がって適当言ってるだけなんだからさ」
と、友人は言ってくれましたが、行く気にはなりませんでした。
高丘先輩からどんな目で見られるのかが怖くて、動けませんでした。
……一度だけ、高丘先輩が「話をしない?」と誘ってくれましたが
何を言われても傷ついてしまいそうな予感がして、仕事を理由に逃げました。
片桐先輩と深谷さんとは意図的に距離を取りました。
でも遠くから見つめる限り、いつもお互いがお互いを想い合っていて
またオレは苦い気持ちになりました。
なんでオレだけがこんな目に遭わなきゃいけないんですか。
なんでオレだけが。
そんな吐きそうな毎日を過ごしていたある日です。
深谷さんが会社に来なくなりました。
そして数日後。
彼女は海で溺死したと、朝礼で知らされました。
八城 宏峰
23歳/男性/会社員
一人称「オレ」
陽気な性格の男性。敬語系チャラ男。
男女問わずよくモテたし、学生時代はわりと遊んでいた。
入社時に高丘に一目ぼれをするも、彼女の恋を応援しようと考える。
会社のムードメーカー。飲み会の盛り上げ役。
だったが、噂が流れてからは自分の殻に閉じこもるようになった。




