にくいとおもってしまったんだ
好きな人が居る。
好きな人には恋人が居る。
「ね、もう別れた方が静海と深谷さんのためだよ」
あぁ、わたしは嫌な奴だ。
どうしようもなく酷い人間だ。
「……高丘の言うことは分かるよ。でも僕は穏月を離したくないんだ。絶対に」
うん。知ってる。
そう言うだろうなって、途中から分かってた。
あんたは本当に真っすぐで、優しい奴だから。
わたしと違って、綺麗な人間だから。
「ごめんな、こんな愚痴に付き合わせて」
「ううん。わたしが聞かせてって言ったんだし。気にしないでよ。長い付き合いじゃん?」
「……そうだね」
わたしと静海は幼馴染で、小学生の頃からの付き合い。
頭も良かった静海と並ぶために、わたしは懸命に努力したし、今も続けている。
最初は憧れだった。だから人知れず努力した。少しだけ、嘘もついた。
でもそのお陰もあって、いつでもわたしは皆の一歩先を歩いて行けた。
静海の隣を歩いていた。
と、思っていた。
大学卒業後、偶然にも同じ会社に入社した。
地元で就職したいとお互いに思っていたらしい。
ずっと隣にいるのが当たり前みたいになっていたから。
あいつの為に努力をするのが当たり前だったから。
まさか、ぽっと出てきた深谷さんにその場所を取られるだなんて思わなかった。
深谷さんは物静かで、あまり話すのが得意でなくて
頑張り屋なのは分かるけれども、周りと比べると常に一歩遅れている子だった。
だから、若い社員の中だと一番優秀な静海が教育係になるのは納得だった。
でも、静海が深谷さんに恋をするのは、予想外だった。
「じゃあ、やっぱりさ、ちゃんと話し合った方が良いよ。時間をかけてね」
ふたりを悩ませる『酷い噂』のことをさ。
「絶対に別れたくないんでしょ?」
わたしが流した『二股の噂』のことでさ。
「高丘」
「……なに?」
「ありがとう」
「……っぷ、はいはい、どういたしまして!」
静海。深谷さん。
ごめんね。
◇
憎いと思ってしまったんだ。
ずっとずっと努力して、やっとあいつの、静海の隣に立ったわたしが
誰にも気付かれないように、明るく、完璧に振舞ってきたわたしが
深谷さんに負けてしまっただなんて。
出来ないことを隠さない彼女に、一番失いたくない場所を奪われるなんて
今までのわたしを全部否定されたような気がした。
だけど、嘘で塗り固めた『わたし』は、もうすっかり『完璧』以外の姿を出せなくなっていて。
明るくて、頼りがいがあって、何でも出来る、素敵な女性にしかなれなかった。
失敗の仕方を忘れていた。
「ね、知ってる?」
休み時間の化粧室。女性社員たちの話し声。
思い思いの思い付きで固められたゴシップが飛び交う。
みんなも大好きな噂話。
わたしの大嫌いな噂話。
だけど一度失敗してみたかった。
情けないことをしてみたかった。
「なにしてるの?」
声を掛けてみた。驚いたような、悪いものを見てしまったような顔をされる。
「ううん。わたしも混ぜて欲しくて。ずっと我慢してたことがあるんだけど。誰かに吐き出さないと、壊れちゃいそうだったから」
『同期の片桐 静海くんと付き合っている、後輩の深谷 穏月さん。彼女、二股をかけているみたいなの』
根も、葉も、全く無い作り話。
ただ一歩踏み外して見たかった故の冒険。
それは瞬く間に広がってしまった。
若きエリートと、それを射止めた女性を扱ったゴシップは、噂好きな彼女達に受けすぎてしまった。
噂は噂を呼び、尾ひれが付き、相手はあの人じゃないかと形を変え
あっという間に手の付けられない状態になっていた。
わたしは、どうすれば良かったんだろう。
2人に「噂を流したのはわたしなんです」って打ち明けるべきだったのかな。
一生軽蔑されるってことも分かって。
でも、もう振り返ってもどうしようもない。
噂はあの日を境に語られなくなったけど。
彼女もその日を境に居なくなってしまったから。
高丘 凪陽
26歳/女性/会社員
一人称「わたし」
快活な性格の女性。皆の中心的存在。やや八方美人。
途轍もない努力家だが、周囲にその姿を見せようとしない。
適当な発言は嫌いで、人を傷つける噂も本来は苦手。
片桐のことがずっと好きだった。
深谷が二股をかけているという噂を流した張本人。




