2章・17文化祭 3
バレンのお化け屋敷は、自分たちのクラスではなく、広い実習室でやっている。クラス展示をする三クラスの中で一番いい場所が、くじで当たったらしい。
俺の人徳だなとバレンは鼻高々だったっけ。
あたしたちが到着すると、受付横で仁王立ちのバレンと、いつも通りのキースが待っていた。
「遅い!」とバレン。
「本当に来てくれた」とキース。
「そりゃ来るさ」
ニヤリとしたバレンはウォルフの耳に何事か囁いた。
おもしろくないことだったらしい、ウォルフはあからさまにむっとした顔になった。
「どうしたの?」
「内緒だ」とバレン。「それにしてもヴィー。かわいいじゃないか」
「えへ。そう?」
だんだんかわいいと言われるのも嬉しくなってきたよ。なにしろ中身のあたしは女子だからね。
「ほんと、かわいいよ」とキース。
「あのガキがこうなるとはな」とバレン。
「ガキじゃないもんね」
「ああ、そうだな」
と言ったバレン。あたしの肩に手を置いたかと思ったら。素早い動きで、頬にキスをした。
「ギャッ!!」
バレンから飛び退く。
「おいっ!」ウォルフが間に入ってくる。
「な、な、な、何するのさ!」
バレンはニヤニヤしている。
「かわいいからな」
「意味わかんない!かわいくても僕、男だし!ひどいよ!」
「お前…殴るぞ」とウォルフ。
「え、それはダメだよ」
あたしはウォルフの腕を掴んで顔を見上げて驚いた。
めっちゃ怒ってるよ!
「バレン、いたずらがすぎるよ」
あたしの言葉にバレンは肩をすくめると、
「うちのお化け屋敷はペアで入るんだけどな」とごまかす気か急に説明を始めた。「手を繋いで入ってな。最後まで手を離さなければ、ミッション達成でお菓子がもらえる」
「え、お菓子?」
「まだ色々な種類が残っているぞ。クラス女子オススメの名店から仕入れたやつだ」
「すごい!」
ウォルフがため息をつく。
「脳ミソ、菓子で出来てるのか」
違うよ、と答える。
違うけどさ。
どうしていいかわからないじゃん。
めっちゃドキドキしてるし。
なんか泣きそうだし。
ごまかされたほうがラクじゃないか。
あたし、家族以外にこんなことされたことないもん。
「予約二名な」とバレンは受付の生徒に言う。「入れてやって」
「はいはい、手を繋いで繋いで」とあたしとウォルフの腕を持つバレン。「驚いても怖くても離したらダメだぞ」
ウォルフがあたしの手を握った。
「よし、行ってこい」
キースが入り口の暗幕を少しだけ開ける。中は真っ暗だ。
「入ったら明かりがつくよ」とキース。
あたしたちは恐る恐る中に足を踏み入れた。
後ろで幕が閉まり、真っ暗になると蝋燭が点って道を示した。
なるほど、魔法か。
バレンのいたずらはさっさと忘れて、楽しもう。
空いた側のドレスの袖で頬をぬぐった。
ああ、やだリアル。
「大丈夫か?」
「うん。僕、怖がりじゃないから」
「…」
お化け屋敷なんて、いつぶりだろう。高一の文化祭のときに、隣のクラスがやっていたけど、行きそびれて悔しかった覚えがある。
その前は?
「うわっ!」
顔の前に突然何かが降ってきて首をすくめる。
逆さ吊りの人形だ。
「本格的だなあ」
「感心してたら、かわいそうだろ」
とウォルフ。そうか、怖がらないとやってるほうは、つまらないんだ。
と、首筋にふわっとぬるい風がかかる。
「あ、これも魔法かな」
足元を猫が走る。え、猫?
「なんか楽しい」
「そりゃよかったな」
呆れ声のウォルフ。
「あれ、つまらない?」
「別に」
暗くてすぐそばのウォルフの表情はわからない。
なんだかわからない場数をたくさん踏んでいそうなウォルフには、子供だましすぎるのかな。
それか、やっぱり女子と入りたかったかな。
…あ。
思い出した。
中学生のときに、男女数人で遊園地に行った。それでやっぱり男女ペアになってお化け屋敷に入ったんだ。あたしは初恋の男子と一緒になって、すごくドキドキしたっけ。
すっかり忘れてた。
忘れる自分が悲しい。
けど、それだけ今世が楽しいからでもあるよね。
ていうか。あたし今、ウォルフと手を繋いでいるんだ。
カーテンコールでも繋いだけれど、あれは劇の一環だ。
急にドキドキしてきた。
さっきまでバレンのいたずらに気が動転していて、普通に手を繋いでしまったけど。
あたし、男子とこんな風に手を繋いで歩くの初めてだよ!
うわあ、どうしよう。
いや、落ち着け。
あたしは男子だ。
何もおかしくない。
いや、おかしいのか?
男子なのになぜかジュリエットの格好で、お化け屋敷で男子と手を繋いでいる。
どんな状況だ!
シュールすぎる。
いやいや、今は全部忘れて楽しもう。
繋いだ手をなるべく気にしないようにがんばって、手作りのお化け屋敷をけっこう楽しんだ。ずいぶん広いな、出口はまだかなと思ったころ。
目の前に狭い通路が現れた。
灯りの下に注意書きがある。
「『最後のドキドキをお楽しみください。向かい合ってカニ歩きで進んで下さい。』だって。なにが出てくるんだろう?」
あたしはウォルフと向き合って狭い通路に入った。
あれ。
これ、別の意味でドキドキじゃない?ものすごく相手との距離が近い。
そこではっと気づいた。
お化け屋敷は楽しかったかとみんなに聞いたときの反応。あれは、ここのせいじゃないの?
と。
突然背中をドン!と押された。
「うわっ」
よろけてウォルフにぶつかる。
ウォルフもよろけて背中を壁にぶつける音がした。
「大丈夫か!?」
とウォルフはとっさにだろう、あたしが転ばないように両腕に手を添えた。
「わ、わ、ごめん、急に後ろから押されたんだ」
慌てて態勢を立て直す。
めっちゃ恥ずかしい!
何これ、何これ!
あたし、胸に顔をうずめちゃった!
こんなの頭爆発しそうだよ!
いくらウォルフでも男子だよ!
「あっ!」
「ど、どうした!?」
思わず出た大声に、ウォルフが驚く。
「絶対にこれだ!」
「何が?」
「みんながおかしな顔をした理由!」
こんなの、ミリアムやレティにはパニックものだったろう。
ジョーは嬉しそうな顔をしてたけどさ!
そりゃアルだって困惑するよね!
なんてお化け屋敷だ。
こんなの、心臓に悪すぎるよ。
ウォルフが手を繋いできて、ドキリとする。
そうだった、お菓子をもらうんだった。
恥ずかしさをがまんして手を繋ぎ、狭い通路を抜けてようやく出口にたどり着いた。
外に出ると、眩しくて一瞬目をつぶる。
慣れてくると、にやにやしているバレンの顔が見えた。
「いつまで手を繋いでいるんだ」
言われて気づき、慌てて離す。
「お前なあ!」ウォルフがバレンに詰め寄る。「なんだよ、最後の!」
「全員にやってる訳じゃないぜ?ペアを見極めてるし。依頼があったとことかな」
「バレン!ミリアムとレティにしたでしょ!」
「もちろん」ニヤニヤ。「ジョーには感謝されたぜ」
やっぱり!じゃなかった。
「ミリアム、泣かなかった?」
「泣くかよ。まあ、涙目にはなってたけど」
「バレン!それに僕には必要ないだろ!」
「だってミリアムたちがどうだったか、気になるだろう?あいつら絶対に口を割らないぜ」
「…確かに」
「言いくるめられるな、ヴィー」
呆れ声のウォルフ。
「ヴィー」とキースが手招きをする。「お菓子を選んで」
「やった!」
「客寄せ代で特別に5ついいぜ」とバレン。
ラッキーと、きれいに並べられたお菓子を吟味する。どれも美味しそうで迷ってしまう。
「どれに…」
する?とウォルフに訊こうとしたら、離れたところでバレンと話している。なぜか顔が真っ赤だ。
「ウォルフガング、全部選んじゃうよー」
「お、おう、頼む」
ウォルフはふざけんな、とか言ってバレンの首を絞めようとしている。
「…なにしてるのかな?」
「すっかり仲良くなったね」とキース。
仲良い、の、か?
まあ、バレンなんて最初はあたしだって敬語を使ってたもんね。今ではこんな風だけど。
お菓子を選び、キースに紙袋に入れてもらう。
「ウォルフガング、僕、先に帰るよ」
「オレも帰るって!」
「そう?楽しそうだったからさ」
キースとバレンに手を振って、お化け屋敷を後にする。
なんだかんだ、文化祭を楽しんでるよね。あたしも。ウォルフも。
着替えのために自分のクラスに戻ることにしたけど、展示クラスがないエリアはまったく人気がない。
なんだろう、祭りの後ってやつだね。終わりに近づいている文化祭。淋しいや。
誰もいない階段を二人でのぼる。
「そうだ、ヴィー」
ウォルフが止まる。
「言ってなかったよな」
あたしも止まる。あ、目線の高さが一緒になっちゃった。ちょっと気まずいな。いつも見上げてるからな。
「今日はお疲れ様」
「うん。ウォルフガングもお疲れ様でした」
「ジュリエット、かわいかったぞ」
「そう?ありがと」
「バイバイ、ジュリエット」
ウォルフはそう言って、あたしの頬にキスをした。バレンと反対の頬に!
「な、な、な、何してるのさ!」
のけ反ったあたしは、足がもつれてよろけた。
「危ない!」
ウォルフが咄嗟に支えてくれる。
「ウォルフガングまでふざけすぎだよ!!」
多分あたしは今、真っ赤だ。心臓がバクバク、破裂しそうだ。
ウォルフはあたしをしっかりと立たせると、ひとりで階段をのぼっていく。
「お祭りだし」
とウォルフ。
「意味わかんない!」
あたしは背中をポスポス叩いた。
「もう、みんな、どうしちゃったのさ!」
こんな悪ふざけはウォルフらしくない。
そこではっとした。
ゲーム。
主人公マリアンナは、劇が成功すると攻略対象から額にキスのご褒美がもらえる。
きっとこれだ!これが変質してあたしに起こったんだ!
あれは確か、続きがある。
その場面を悪役令嬢が見ていて、後に窮地に立たされるんだ。
あたしは急いで回りを見回した。
人影はない。
いや、待て。そもそもウォルフガングは攻略対象じゃない。
バレンだ!あれを見た悪役令嬢がいて、あたしは窮地に立たされるにちがいない。
なんてこった。
いやいや待てよ。
ゲームから変質してる。
てことは、ウォルフガングが攻略対象的扱いになってる、てことはあるかな?
だって彼を好きな悪役令嬢にぴったりの女の子がいたじゃないか。
「ヴィー?」
あたしが黙り動かなくなったのを心配したのだろう、ウォルフが階段を降りてきた。
「ごめん、悪ふざけがすぎた」
「ねえ、ウォルフガング。バロック家の女の子、名前なんだっけ?」
瞬くウォルフ。
「…ぺルルのことか?」
「そうだ!ぺルルだ!最近どうしてるかな?」
「…家の都合で二学期から寮に入っているらしい。けれど、オレもよく知らない。あいつがどうかしたのか?」
「何組だっけ?」
「三、だけど」
マリアンナがジュリエットにならず、更に停学になったことで、すっかり気を抜いてしまった。だけどゲーム展開はあったんだ。
主人公がキスのご褒美をもらえた場合、確か文化祭の後、いつかはわからないけど悪役令嬢が全員揃って主人公を呼び出し、詰るんだ。
そこをうまく切り抜けられると、クリスマス会で素敵なドレスが着られる。
あれ?
あたしはドレスなんて着ないな。
よく考えたら、あたしが悪役令嬢に囲まれても問題ないよね?
まず、ミリアムとレティはそんなことしないし。
他の令嬢にされたからって困ることもない。ちゃんと反撃できる。
これは心配する必要はないんじゃないのかな?
ミリアムとレティが巻き込まれないよう、目を配らせておけばいい話だ。
「ヴィー?その、大丈夫か?」
ウォルフの声に顔を上げる。
「ごめん、考えごとしてた…」
「そうか」
いつもより高い位置にあるウォルフの顔を見ていて、唐突に思い出した。
そう、さっき、こいつは何をした!
「ウォルフ!!さっきのはひどいよ!!ふざけすぎ!!」
拳で胸を叩いてやる。
「悪かったよ」
「僕が逆恨みされて苛められたら、どうするんだよ」
なんだそれ、と慌てるウォルフ。
「ぺルルに何かされたのか?」
「違うよ。さっきの!誤解されたらって話!ウォルフガングファンからしたら笑い話じゃないよね。次ふざけたら絶交だからね」
ウォルフの脇をすり抜けて階段をあがる。
なんだよウォルフガングファンって、とぼやく声が後ろから聞こえる。
少しはぼやいてろ!
変な悪ふざけをしやがって。バレンじゃあるまいし。
…。
階段をのぼりきったところで足をとめて、ウォルフが追い付くのを待った。
…まずい。
「ウォルフガング」
「なんだ」
「…絶交したら、僕が困ることしかないや」
ウォルフは吹き出した。笑顔だ。
「もうふざけない。絶交はない」
「それなら安心だ」
ほっとして。
二人で並んで教室に向かった。




