2章・16劇 1
マリアンナは停学処分になった。
あたしが彼女に無理矢理空き教室に引きずりこまれるのを見た目撃者は、複数いたそうだ。言い逃れのしようがない。
先生たちが確認に来たときに、魔法で扉を固定したのも悪かった。魔法の悪用は校則違反で、なおかつ、担任であり特別指導役でもある教師に反抗したと判断された。
あのときキンバリー先生の声しか聞こえず、マリアンナはゲインズブールがいると知らなかっただろうが、そこは問題ではないそうだ。
課された停学期間は六週間。
やったことに対して重すぎる罰だ。
そもそも学園で停学処分が下されることはほとんどない。
すべての貴族と魔法が使える者がこの学校に通うことは義務だ。その中での停学処分を受けるということは、義務違反を犯したと同じ意味を持つ。
とんでもない金額の罰金を払わなければいけない。
だから停学処分が下さることはほとんどない。それなのに、マリアンナは六週間もの重い処分を受けた。
実のところ、無罪放免にするしかなかった遠足の分が課された、ということらしい。
◇◇
「ま、これだけで済んでよかったじゃないか」
にこにこと笑顔でそう言ったのはアルだった。
「そうよ。王家だって《癒す者》はほしいけど、犯罪者はいらないもの」
らしくない毒を吐いたのはレティ。
「宰相の子供を拉致監禁したんだぜ。こんな処分、なまぬるいよな」
過激なのはいつも通りのジョー。
拉致監禁というほどのことではないよと抗議はしたけど。
三人に、自分の身分と現状をしっかり認識しろと叱られてしまった。
宰相の子息がされたことを許せば、それがモデルケースになってしまう。他の生徒が同様のいじめをされたとき、同じように許されてしまうんだよ、と。
身分というのはやっかいだ。
彼らのお説教はまだ続いた。
だいたいあの時、話だけで済んだなんて言い切れるのか?
一学期にどれだけの嫌がらせをされたか忘れたのか。
などなど。確かにそうなんだけどさ。
それにマリアンナは学校は来れなくても、ゲインズブールの特別指導は変わらず受けられる。むしろその時間が増えてラッキーなんじゃないかと三人は言っていた。
彼女はラッキーなんて思っていないと思うけど。
莫大な魔力を持つ彼女が、ろくに魔力を持たないゲインズブールをあれほど恐れるのだから、相当な鬼指導なんだろう。
彼女のことは嫌いだけど、ちょっぴりは同情する。
それからキンバリー先生。密談時間をまた設けて、彼女にはマリアンナとの会話を全て話した。
そうしたら、土下座しかねない勢いで謝られた。マリアンナを甘く見ていた、慎重さがたりなかった、と。大人として情けないと本気で落ち込む先生。
いつも飄々と楽しそうにしている先生のそんな姿にキュンときて、思わずミリアムにするようにぎゅっと抱きしめて言った。
「大丈夫、先生。先生は悪くないよ。軽率だったのはあたしだよ。助けに来てくれてありがとう」
一瞬おとなしかった先生は。
突然、うわあぁと叫んで、ものすごい早さであたしから逃げた。
「だ、だめだよヴィーちゃん!こんなの見られたら、絶対先生クビになるから!!」
そうだった。また忘れていた。あたしは男子学生だった。
もう、ややこしいなあ。
ごめんごめん、と頭をかくあたしに先生は、天然にもほどがあるよ!と本気でキレていた。
危うく医務室の出入り禁止を言い渡されるところだったよ。
そしてミリアムは。またあたしにべったりになった。もう、おトイレの中にまでついてきそうな心配のしようだ。
あたしは彼女のために、もっともっと慎重に行動しよう。
一年前くらいにも同じ様な決意をしたっけ。
あの時は死にかけたっていうのに、時間が経つと気が緩んでダメだね。
そういえば、あのピンチに騎士を貸してくれたパール男爵家。宰相に恩を売れて将来安泰だなんて、一時期はもてはやされたらしい。
けど春に奥様、夏に男爵のスキャンダルが発覚し、都にいられなくなったそうだ。夫婦は領地に隠遁。屋敷も処分してしまい、ペルラとペルルの兄妹は寮から学校に通っている。
世の中何がどう転がるか、まったくわからない。
あたしには味方がたくさんいるけど、この世界がゲームの世界でマリアンナが主人公のままならば、まだ気を抜くことは出来ない。
ゲームエンディングのフェヴリエ・パーティーまで、気を引き締めていこう。
◇◇
文化祭にやるクラス劇は順調に進んだ。
あたしとウォルフの精神のダメージ以外は。
クラスのみんなは驚くほどノリノリで、絶対トンカチなんて持ったことないような生徒が嬉々として大道具を作っていたり、女子が輪になって衣装を縫っていたりと盛り上がっている。
水を差したくないあたしとウォルフは、真面目に劇の練習をしているけど…。
男子二人で愛を囁きあう練習って!
誰得なの!?
って叫んで走り出したくなる。
そうじゃなくたって、恥ずかしいのに、なんなの、このカオスは。
しかもたまにキンバリー先生が見学しにきて、ニヤニヤ笑っているし。
「大丈夫、大丈夫。体格差がありすぎて、フツーに男女にみえるから」
ビシッと親指を立てる先生の、その親指に噛みついてやろうかと思った。
絶対、中身のあたしがわたわたしているのを楽しんでいるよ。
あたしは男子のくせにジュリエットをやっている恥ずかしさ。
そもそも劇なんてやったことないのに主役をやっている恥ずかしさ。
こっぱずがしい甘いセリフを言わなきゃいけない恥ずかしさ。
おまけに、そこそこイケメンで友達のウォルフと恋人同士を演じなきゃいけない恥ずかしさ。
で、もう何がなんだかわからないくらいなのだ。
ウォルフもだいぶツラいようで、あたしと以外のシーンならかっこよく演じているのだけど、二人のシーンとなると目が泳いでいると監督のクララに怒られている。
そりゃそうだ。
ウォルフに何べん、僕でごめん、女子じゃなくてごめんと謝ったことか。謝らないでと言われても、ついつい申し訳なくて謝っちゃうよね。
しかも衝撃的だったのが、ロミオとジュリエットが結婚式をあげるシーンがあること。ちゃんとしたストーリーを知らなかったから、そんなシーンがあるなんて思いもよらなかったよ。
そりゃ前世、女の子ですから。
教会で、神父を前にして愛を誓うなんて憧れたことはありますよ。
でもなんでそれを今、やらなきゃいけないんだ!
しかも初めてそのシーンを練習したときなんて。
今思い出しても顔が沸騰しそうだ。
誰が言い出したのか、男子からキスコールがかかったのだ!
なんでさ!面白がるにもほどがあるよね!?
あたしやウォルフが冗談やめてよ、と言っても止まらず。
いつもなら真っ先に制止してくれるミリアムとレティは材料の買い出しに行っていて留守で。アルもいなくて。
さすがに泣くかと思った。
「いい加減にしろっ!」
涙がひっこむほどの大声で一喝したのは、ウォルフだった。
「ふざけるなら、ヴィーも俺も役をおりる」
普段人当たりのいいウォルフが怒鳴るのも本気で怒るのも、初めてのことだった。
場は静まり返り、気まずい空気になった。
「ジョー」とウォルフ。「お前がふざけてどうする。チクるぞ」
名指しされたジョーは悪びれもせず、笑って肩をすくめた。
「えー、この前俺に意地悪した仕返し?」
ウォルフは深いため息をついた。
「だとしてもヴィーを巻き込むなよ」
「ごめんな、ヴィー」
なんだかよくわからなかったけど、どうやら二人のいさかいに巻き込まれたらしかった。
「…フェルに言いつける。うち、出禁だからね」
そのあと、他の男子たちも謝ってくれたけどさ。
むちゃくちゃ恥ずかしくて本当にキツかった。
でも。
ウォルフは見直した。ミリアムの手下のくせに、かっこいいところもあるんだね。




