2章・14医務室の密談 2
マリアンナはまだアルベールを諦めていない。ジョーやバレンの周りをうろつくのは本命へ近づく足掛かりにしたいから。あたし、ゲインズブール、ミリアム、レティ、おまけでウォルフは敵認定。
「ん?ゲインズブールは敵認定なんですよね?」
そうだよ、と先生。
いつから敵認定なんだろう。
遠足の時にマリアンナが起こした事故。あの時アルもジョーもみんないなかった。誰へ向けたアピールだったの?それともゲインズブールを本気で怪我させるつもりだったの?
キンバリー先生に尋ねると、先生は疲れたような表情をした。
「カッツをどうこうは出来ないよ。まだ、ね。彼女の魔法修練に必要だから。あの事故はね、自分の素晴らしさのアピールと、アルと話すためのきっかけづくりだったみたいだよ」
アルが早退してしまったのでマリアンナは、プランを変えた。ゲインズブールを助けよう。そうすればみんな自分を褒め讃えるにちがいない。さすがにアルも声かけてくれるだろう。
彼女はそういう考えによって、あの事故を起こしたのだ。
なんて自分勝手な考えなのだろう。
そんなのに巻き込まれたゲインズブールはかわいそうだ。
そして今、マリアンナはものすごく焦っていて、なおかつ少し参っているそうだ。アルに好かれていない自覚はあるらしい。何一つ上手くいかないのに、今年度の半分が過ぎてしまった。
ゲームのラストは二月にあるフェヴリエ・パーティーだ。
三年生は卒業式後に、二年生はその翌日、一年生は翌々日に、開かれる。
ハッピーエンドなら、そこで悪役令嬢は断罪、マリアンナは恋人宣言をされる。
その日まで五ヶ月弱。
キンバリー先生は、同じ転生者だからとマリアンナに協力を依頼されたそうだ。
だから転生のことも事故のことも、簡単に打ち明けたらしい。
「協力者になるの?」
「まさか。ちゃんとお断りしたよ。私があなたに話かけたのは、転生者か確認したかっただけ、って」
「納得した?」
「納得はしてないよ。そもそも、させる気もないしね。私は彼女の考えを知りたかっただけ。今後の対策のためにね」
先生はゲームの世界では登場しない。今後の対策はあたしのためにしてくれるものだ。
「ありがとう、先生」
「なんの。ヴィーちゃんはかわいいし。フェルディナンドに恩を売っておけば、何かあったときに助けてもらえるって下心込みだから」
「もう、先生ったら」
「ところで先生。マリアンナの特別指導はどうなっているの?」
配役決めのときのゲインズブールの言葉とマリアンナの態度からは、順調そうには見えなかった。
「そうなんだ」と先生は首肯する。「彼女、水・火・風系は初歩を教えれば、勝手に大技ができるようになるんだよ。なのに癒し系がダメでね。なかなか上達しない」
「不得意ってこと?」
「多分ね」先生はため息をつく。「カッツはマリアンナの性格も関係していると分析してるよ。あの子、人のために何かしようって考えがないからね。なかなか成果が出ないから、上もカッツも苛立ってるよ」
ゲインズブールだけでなく、その上の人たちにも失望されたらマリアンナも困るだろう。莫大な支度金をもらっているのだから。
『上』って正確にはどこなんだろう。王家?《癒す者》たち?学園もしくは研究所の上層部?
なんとなく曖昧なままきちゃったけど、どうなんだろう。
ゲームには出てこなかったよね。
それにハッピーエンド以外のエンドの記憶も曖昧だ。ミリアムとレティが守れればいい、ってことしか考えていなかったからなあ。
…。
「あれ?」
「どうかした?」
ぱくぱくクッキーを食べている先生。
「アルベールとヴィットーリオの悪役令嬢はミリアムだ。ジョシュアはレティ」
うなずく先生。
先生はゲームの詳細はすっかり忘れている。あたしがかつて書き留めた、『シュシュノン学園』ノートを読んで記憶を補完しているだけだ。
「ゲインズブールルートとバレンルートの悪役令嬢は誰だろう」
何度も言うけど、ミリアムとレティのことばかり考えていて、他のことはすっかり忘れてしまった。なにしろ前世はもう七年も前だ。なんで記憶を取り戻したときに、すべてを書き留めなかったんだろう。
誰なのかまったく見当もつかない。
「二人に憧れる生徒なんじゃないの?カッツも遠くから見る分にはいい男だから」
「そうなのかな?」
「そこ、重要?マリアンナに探りを入れる?」
うーん。
「いいです。今のところ、フラグが立ってそうな女の子はいないし、あんまり先生がマリアンナに関わるのも心配だから」
「了解」
先生は立ち上がると伸びをした。
「そろそろ帰る時間だよ、ヴィーちゃん」
「えー、もう少し!」
キンバリー先生と二人きりで話すのは、昨日の仮病の前は夏休みだ。学校ではいつも誰かが一緒だからだ。今日、放課後のこの時間を作るのも、口実作りが大変だった。
「でもねえ、お迎えを呼んじゃったよ」
少し前に送付魔法で手紙を送っていた。あたしの用事が終わったら手紙を送り、屋敷から馬車が迎えに来る約束なのだ。
「待っててもらう!」
「ワガママだなあ」と笑う先生。「さすがシュタイン家の秘蔵っ子だ」
「だって先生のこと好きだもんね」
「それ、あんまり大声で言わないでね。生徒をたらしこんだってクビになっちゃうから」
「そうだった」
あたし、外側は16歳男子だからね。ついつい同性の先生と楽しく喋っている気分になってしまうけど、言動には用心しなければいけないんだった。
と、廊下側からノックする音。
「もう来ちゃったー」とあたし。
扉が開き顔を出したのは、予想とは違いアンディだった。
昨日の自分の幼稚な振る舞いを思い出す。恥ずかしい。さっさと忘れろ、あたし!
「どうしたの?」
精一杯いつも通りの顔をして尋ねる。
「仕事終わりに迎えに来いって手紙をもらったぞ」
言葉通り、騎士団の制服姿だ。
「先生が呼んだ。文句を言ってやろうと思って」
なぜか手を腰にあて仁王立ちの先生。
「ヴィーちゃんがまだ、先生と君を結婚させようとしている。いい加減、はっきりその気はないと教えなさい」
アンディは、あぁと嘆いて項垂れる。
「だってさあ」
とささやかな抵抗をするあたし。
「お前、せめて」とアンディはあたしの頭に手をおいた。「学生服を着てない女を選んでくれ」
…キンバリー先生は。仕事をするのに楽だからという理由で毎日学生服のスカートをはいている。
「三十路女の学生服は痛々しくてかなわ…んっ!!」
先生のパンチがアンディのお腹に決まる。アンディは眉を寄せて痛みを堪えている。
「…え、先生、見た目によらず怪力?」
「いや、そんなことは…」
先生もうろたえている。
「…フェルディナンド、に、殴られたところ」
「あっ、やっぱり殴ったんだ!フェルってばやってないって言ったのに!」
「いい大人たちがなにをやっているんだ?」
あたしは立ち上がるとアンディがお腹を押さえている手に自分の手を重ねた。
「僕も先生みたいに癒せればいいのに」
アンディはあたしの頭をなでて、いいんだよ、と言った。
「お前が癒したら、またフェルが怒るだけだ。僕のかわいいヴィーに何をさせているんだってな」
「そうだね」
でもな。あたしを癒したキンバリー先生はかっこよかったよ。
あたしだって役に立ちたいよ。
「ほらほら帰った帰った。先生は仕事をしないといけないんだ」
「はーい。…ねえ、アンディ。馬?馬車?」
「馬」
「やった!帰りに屋台の蒸かし芋を買って帰ろうよ!」
「お、いいなあ」と答えたのは先生で。
「じゃあ先生にも届けるよ」
いいから、と先生は苦笑い。
「君たちは早く帰りなさい。お芋は明日、アンディが仕事帰りに献上しにくればいい」
なんでだ、と不満げなアンディ。
「だって、先生、いい仕事をしてるからね」
キンバリー先生はニヤリと笑った。
よくわからないけど、あたしもニヤリと笑ってみた。
真似をするな、とアンディに拳骨を落とされて。
先生は、ヴィーちゃんも悪役の素質があるんじゃないのと褒めてくれた。




