2章・13どうでもいい? 2
あたしとミリアムは手を強く握りあい、扉をくぐった。フェルが続く。
座ってと言われて、あたしたちは長椅子に並んで腰をかけ、向かいにアンディが座った。なぜかフェルは腕組みしたまま仁王立ちだ。
「いいことを教えてあげよう」とフェル。「こいつは僕にも隠していた」
「えっ!」
驚いてミリアムと一緒にフェルを見上げた。
「僕が知ったのもブルトン公爵が公言した後だ」
「…本当に?」
「そうだ。腹が立ったから一発殴ってやった。渾身の力でね」
あたしに似て一見線の細いフェルは、隠れマッチョの武闘派だ。なにしろ二人は一緒に鍛えたのだから。アンディといえども、さぞかし効いた一撃だったろう。
アンディは苦笑いを浮かべている。
…ていうか。
急激に恥ずかしさが込み上げてきた。アンディが話さなかったのは、あたしだけじゃなかった。なのにさっきのあたしは、どこからどう見ても駄々をこねる子供でしかなかった。言い訳しようもない。
「いつもいつも遅すぎるんだ。君たちが他から知る前に、ちゃんと話せと僕は言ったんだ。なのにこいつは、そのうち、とか落ち着いたらとか言い訳ばかりで先延ばしにしていた。で、結局こうだ。お前」とフェルはアンディを見た。「僕のかわいい双子を傷つけた覚悟はできているだろうな?」
「わかっている」とアンディ。「だが殴るのは後にしてくれ。先に話をしたい」
「最初からそうしていればいいのに」とフェル。「お前は昔からそうだ。全部自分で抱えてギリギリまで溜め込んで。最後に爆発。まるで成長していない。おかげで今回はヴィーが爆発してしまったじゃないか」
「や、やめて、フェル」
本当のことだけど、恥ずかしすぎるよ。
「土下座しろ、この筋肉馬鹿が」
「兄さま!もういいわ。あたしたちはアンディに話を聞かせてほしいの」
ぴしゃりとミリアム。なかなかの迫力だ。フェルはエレノアみたいだと呟いた。
苦笑いを浮かべていたアンディは、すっと表情を変えた。
「すまない、ヴィー。隠していた訳でも、お前が子供だから話す必要がないと思っていた訳でもない。俺にとって重要なことではなかった、それだけだ」
「重要じゃないって」
ミリアムが唖然と呟き、フェルはため息をついた。
「…ブルトン公爵は、正確にはなんて言ってるの?」
「来年8月末日までに挙式をあげなければ、絶縁と言っているな」
「…本気で?」
アンディは頷く。
「それのどこが重要じゃないのさ?」
「あ、でも」とミリアム。「それまでに結婚すれば問題ないのね。アンディならいくらでも相手が見つかるわよね」
ほっとしたような声音だ。
アンディは家柄もいいし、騎士団のホープと言われている。結婚したいお嬢さんたちはいくらでもいるだろう。
「結婚はしない。多分な」
「どうして!?」
ミリアムは声を上げ、フェルは深いため息をついた。
「俺には向いてない」とアンディは笑った。「本気になれる女性には巡り会えないし、体裁を気にして婚約してもあの通りだ。気を使って愛想笑いして贈り物をして、って面倒なことをまた繰り返す気力はない」
「…じゃあどうするの?」
ミリアムは泣きそうだ。
「さあ。なるがまま、だな。俺は騎士としての技量はある。平民になっても生きていけるさ。ミリアム、そんな顔をするな。絶縁されたからって、お前たちに会えなくなる訳じゃない」
これだからな、とフェルは吐息した。
「父様は?」あたしは思い付いてフェルを見た。「父様はアンディの味方をしてくれるよね?」
「公爵の手を煩わせるわけにはいかない」とアンディ。「うちの問題だからな」
「静観するそうだ」とフェル。
「じゃあ兄さまは?」
「僕はできる限りのことはする。だが本人がこれではどうにもならん」
何度めになるかわからないため息をつくフェル。
だからほうっておけと言ってるだろ、とアンディは額に青筋をたてている親友に声をかけてから、あたしを見た。
「俺が貴族でなくなるのが嫌か?」
「そんなことあるはずないよ!」
「それなら、この件は忘れろ。俺にとっては、本当にどうでもいいことだから」
「…わかった」
「ヴィー!」
振りかえるミリアム。
「ねえ、ミリアム。僕はアンディが幸せならなんでもいいよ」
ミリアムは唇を噛んだ。
「…ヴィーがそう言うのなら。わかったわ」
「よし」とアンディは笑顔になった。「この話はここまでだ。俺は着替える。ミリアムもフェルもまだ外套を来ているじゃないか」
言われて気づく。アンディは騎士団の制服姿。二人のほうも、帰宅したばかりだったのだろう、外套を着ている。あたしの剣幕に驚いて脱ぐ暇もなく駆けつけたんだ。
あたしたちは立ち上がると扉へ向かった。ミリアムが開けた扉の向こう、やや離れたところにウェルトンたち侍従が心配顔で立っていた。その顔を見て思い出す。
「あのさ、」とアンディに振り返った。「文化祭を見にきてくれるかな?」
「もちろん行くぞ」とアンディ。「何をやるんだ?」
「『ロミオとジュリエット』だよ」
恥ずかしいけど。でももし本当にアンディが貴族でなくなったら、来年の文化祭は来れないかもしれない。
「僕ね、なんでだかわからないけど、ジュリエットをやることになったんだ」
アンディが無言で目を見張る。それからフェルを見た。フェルは頷く。もう知っていたらしい。
「すごいな、斬新な配役だ」
とアンディは笑う。
「ロミオはウォルフガングなんだ」
「…そうか。それは是非見ないといけないな」アンディはあたしの頭をわしゃわしゃした。「がんばれよ」
「うん!」
「ミリアムは?」とアンディ。
「わたしは裏方よ」
「本当はミリアムがジュリエットだったんだ」とあたしは告げ口をする。「きっと世界一かわいいジュリエットになったのに!」
「あら、ヴィーのほうが素敵なジュリエットになるわ」
「そもそも僕は男子だから!」
かわいい双子たち、とフェルが僕たちを扉の外に追いやる。
「その話は後でゆっくり聞かせてくれ。僕はこいつを一発殴らなければいけないからね」
「ちょっと、フェル!」
あたしの制止も聞かずにフェルはにっこり笑うと扉を閉めた。
「大丈夫かな、アンディ」
「いいじゃない」とミリアム。「ヴィーを心配させた罰よ。一発と言わず三発くらいお見舞いすればいいんだわ!」
「…ミリアム」
「なに?」
「ちょっと、過激すぎじゃない?」
あら、と赤面するミリアム。さっきまではあんなに心配そうにしていたのに。
ミリアムは、いつの間にかに離していた手をきゅっと握ってきた。
「ヴィーを苛める人は誰だって容赦しないわ!」
「もう、ミリアムったら」
あたしは彼女の手を握り返して。
アンディは旅の約束を守ってくれるのかな、と考えていた。




