2章・13どうでもいい? 1
ゲインズブールにやらされた学会資料の用意を終えて屋敷へ帰ると、ミリアムはまだ王宮で、フェルは仕事。エレノアはレオノールを連れて実家へ遊びに行っていて、みんな留守だった。
あたしは一人でウェルトンがいれてくれたお茶を飲みながら、膝の上に本を開いた。『ロミオとジュリエット』だ。
キンバリー先生もこの無謀な配役を知っていて、最高の笑顔で『楽しみにしてるよ』とあたしの背中をバンバン叩いた。
なんでかっこいい兄を目指しているあたしが女役なんだと悲しくなるけど、みんなが期待してくれている以上は、しっかりとやりたい。
何も知らないウェルトンは、本のタイトルを見てヴィー様はロミオですかなんて無邪気に聞いてくる。
「そうだったらいいんだけどね」
それ以上言わないあたしに、おそらくウェルトンは、あたしは端役なのだと勘違いしたのだろう、
「ヴィー様はどんな役でもかっこよく演じられるに決まってます」
と見当違いの励ましをくれた。ありがとうと返し、ページに目を落とす。
だけど、何も頭に入って来ない。
本当はアンディに聞きただしに行きたい。だけど、まだ仕事の時間のはずだ。
噂が真実かどうか、だれに聞く?フェル?エレノア?
ミリアムには本当かどうかわかってから話したほうがいい?それとももう、知っていたりする?
頭の中で同じ疑問と不満がぐるぐると回る。
どれだけそうやっていたのだろう。
いつの間にかに退出していたらしいウェルトンが、半ば開けた扉の向こうから、
「アンディ様がいらっしゃいましたよ」
と言った。
あたしは本を閉じる。
立ち上がって廊下へ出た。
「お着替えをされてから談話室に向かうそうですよ」
と後ろでウェルトンが言っている。足早に進み角を曲がると、ちょうどアンディが自分の部屋へ入るところだった。
「アンディ!」
名前を呼ぶと振り向く。開けた扉を閉めて、いつもの顔であたしがそばへ来るのを待っていた。
「どうかしたか」
と大きな手でわしゃわしゃする。でもあたしの頭の中はぐるぐるだ。
「僕に話してないこと、ない?」
アンディは怪訝そうな顔をする。それから、気がついたのか苦笑を浮かべた。
「父親の件か」
「そうだよ!」
アンディは再びあたしの頭に手をおいた。
「お前は気にするな。大丈夫だから」
いつもの顔。いつもの声。
何かがあたしの中でぷつりと切れた。
「なにそれ!」
大きな声が出る。アンディは驚いたように目を見開いた。
「僕が子供だから?子供の僕になんて話す必要ないと思っているの?僕なんかどうでもいいって!」
「ヴィー…」
「僕に話したって意味がないって思ってるの?僕はなんだってアンディに話してるのに!アンディはなんで教えてくれないの?こんな大切なこと、ひどいよ!僕が心配しないと思った?それとも子供の僕の心配なんてうっとおしいの?僕だってアンディを助けたいよ!アンディから見ればまだ子供かもしれないけど、僕だってちゃんと考えられる、相談ぐらいのれるよ!僕はそんなに頼りないの?」
「ヴィー!」
耳元でした声に我に帰る。いつの間にかミリアムがいて、あたしの腕を掴んでいた。フェルもいる。
「どうしたの?ヴィー」
と心配顔のミリアム。その顔を見たら急に泣きそうになった。懸命にこらえる。
「…アンディ、夏までに結婚しないと父君に絶縁されちゃうんだって」
「ええっ!?」
「…僕たちには隠してたんだ」
「隠していた訳じゃない」
アンディは優しい声で言う。
「じゃあ、話す必要はないって思ってたんだ!」
「違うよ」
アンディはため息をついた。
呆れてるか面倒だと思っているんだ。
アンディは自室の扉を開いた。
「入れ。ヴィー。ミリアム。ちゃんと話すから」




