2章・12噂 2
ウォルフは長い吐息をして、それから
「話を戻すぞ」
と言ってくれた。
「あの人の婚約者は侍従と逃げたんだろ。少なくとも、お前たち双子に全責任がある訳じゃない。お前たちが式前に押し掛けたのが原因のひとつだったとしても、連れていったあの人に問題がある」
「でも」
ウォルフは片手を上げて制した。
「反論は受け付けない。どう考えたってあの人は双子に甘すぎる。フェルディナンドさんもな。育て方を間違えたんだ」
「…ひどくない?」
「ひどくない。どれだけオレがお前たちに振り回されていると思う」
「振り回してる?僕たち」
「自覚しろよ!」
ウォルフはまた長いため息をついた。
「ま、いいけどさ。楽しいから」
あ、笑顔だ。よかった。
「じゃあさっさと終わらせようぜ」
とウォルフはプリントに手を伸ばす。
「ちょっと待った。アンディが『大丈夫じゃない』話は?」
ウォルフはあれ?と目を彷徨わせる。
ごまかすつもりだったな。
じとーと見つめると、観念したようだ。
「いや、知っているのかと思ってたんだ。知らないならオレが話すことじゃないかな、って」
「思わせ振りって、嫌だよね。さっさと話しなよ!」
またまたため息ウォルフ。そんなにため息ばかりついていると、幸せが逃げちゃうよ。あたしも悪いことをしたけどさ。
「…騎士団長がリミットを設けたらしいんだ」
ウォルフはしぶしぶ口を開いた。
「リミット?何の?」
「結婚。来夏までに挙式をしなければ絶縁だと、騎士団幹部の前で公言したらしい」
「…なにそれ」
顔から血の気がひく。
絶縁、ということはブルトン家を出されるということだよね。
騎士団は?人事は騎士団長である父君に裁量がある。最終決定は国王陛下だけれど…
「あの家柄、あの年で婚約者すらいないのは外聞が悪い。それは確かだ。実際に陰口を叩く騎士もいる。かといって、そこまでまずい年齢じゃない。騎士団長は人間としての信頼を得られないと考えて、焦っているんじゃないかって話だ」
「でも、アンディはちゃんと仕事はこなしているんでしょう?」
「もちろん。だから心配している仲間はたくさんいる。なのに当の本人が飄々として他人事みたいな態度なんだ。帰国してからは別人みたいに遊びもしないし。あの人は恋人をつくると父親に強制的に結婚させられるから、付き合わないんだって言ってるらしいけどさ。なんでそんなに結婚が嫌なのかは誰も知らない」
「…昔、ひとりに決められないとは言ってたけど」
「最低」
心臓がバクバクしている。
アンディが絶縁されてしまう?たかが結婚をしてないせいで?
「どうしよう。僕はどうすればいい?…」
「落ち着け」
あたしは何ができるだろう?そうだ、
「父君に直談判しよう!」
「それ、一番ダメだから」
ため息をつくウォルフ。
「なんでさ!」
思わず苛立つ。
「あのなあ」出た、ウォルフの呆れたときの言い回しだ。「騎士団長から見たら、大事な跡取りが貴重な休日に見合いもデートもしないで、他所の弟と遊び歩いているんだぞ。今一番ムカつくのは、おまえ!」
びしりと指を突きつけられた。
「…そうか」
言われてみればその通りだ。
「絶対にやったらダメだぞ。やったらオレがお前の兄たちに殺される」
「…わかった。フェルは知っているかな」
「知っている。怒り狂っているって噂」
そうなのか。全然気がつかなかった。屋敷ではフェルもアンディもエレノアもいつも通りだ。
「…頼むから、オレから聞いたって言わないでくれよ」
「…うん。ねえ、それはいつぐらいの話?」
ん?とウォルフは虚空を睨んで瞬きを繰り返した。
「噂が立ったのは二学期に入ってからだ。体育祭の頃には予科練でも知らないヤツはいないくらいだったはずだ」
それなら。ミリアムの相談で遠乗りに出掛けたときには、もう父親から宣告されていたんじゃないだろうか。
アンディは何も言わなかった。
何も言わないまま、あたしと約束を交わしたんだ。
どんなつもりでいたんだろう。
お互いに結婚をしなかったらという前提だけど、あの時アンディはしないだろうと言った。だからこそ交わした約束だ。
アンディがいい加減な約束をするとは思えない。
そうだ、旅資金を貯めるために懸命に働こうって言った。公爵家の跡取りなのに?お金に不自由したことなんて、あるはずがない。
ブルトン家を出る前提で、約束をしたの?
「…ヴィー?大丈夫か?」
それならそうと、なんで教えてくれなかったんだろう。
「…ヴィー?お前がそんなに思い詰めることないだろ」
「ごめん、ちょっと気になることが…」
そうだ、あの日、アンディが変な顔をした時があった。あまり見たことのない表情だったから引っ掛かったんだ。
いつだったっけ?
がちゃり、と音がして扉が開きなぜかキンバリー先生が入ってきた。
あたしたちを見て目を見張る。
「何してるの?」
作業途中の机を一瞥して目をつり上げる。
「すこい量じゃない。二人だけでやっているの?あ、これ学会資料!あの変態オタク、何をやらせているんだ!ちょっと待ってて」
そう言って教室の片隅に行き、机の上に放り出されていたジャケットを手に取った。ゲインズブールのだ。
「これを置いてきたら、先生も手伝うから」
そう言って教室を出て行く。
「…時々、先生ってゲインズブールの侍女みたいだ」とウォルフ。「かなり面倒をみさせられてるよな。有能なのに」
「うん」
「…ヴィー?大丈夫か?」
うんと頷く。
「お前が悩むことじゃないし、行動起こしてもダメだぞ。そういうのは全部、親友であるフェルディナンドさんがやるからな?任せろよ?」
「わかってるよ」
だってあたしは、教えてすらもらえないんだ。蚊帳の外。
「…ちゃっちゃと終わらせようか」
あたしが言うと、ウォルフはほっとした顔をした。
その後、キンバリー先生が大量のお菓子を持って手伝いに来てくれた。カッツはしばいておいた、と言いながら。
それであたしは、侍女じゃなくてお母さんだな、と思って、ちょっとだけ気持ちが和らいだ。




