2章・8二人の王子 1
情けない胃痛に倒れたあたしは、二日間学校を休んだ。
二日とも、アル、レティ、ジョー、ウォルフになぜかバレンがお見舞いに来てくれて、ミリアムを含めた6人で学校の話を聞かせてくれた。
遠足で事故があったこと。授業が中止になったので、成績はつけないと通達が出たこと。
ゲインズブールが顔に酷い怪我を負ったらしいこと。でもその跡はまったく見られない、どうやら誰かに魔法で治してもらったらしいこと。
事故を起こした生徒が学校に来ないこと。その生徒はマリアンナに唆されたと噂になっていること。
マリアンナ本人は身に覚えのない噂に消沈している、という様子であること。
後味の悪い遠足、もとい、郊外学習になっしまった。
◇◇
そんな遠足から一週間が経ち、学内は事故後の不穏な雰囲気は薄まり、代わりに来週から始まる夏休みへの期待に浮き足だっている。
マリアンナも気持ちを立て直したようで、最近またアル、ジョー、バレンに接近を始めた。なかなかに図太い神経だ。
ゲームだと、帰省せずに寮生活を続けるマリアンナと攻略対象たちには様々な展開がある。だけど実際はたぶん、何も起こらないまま終わるんじゃないかな。
キンバリー先生が、例の悪い笑みを浮かべて、
「夏休み中、マリアンナは地獄の特訓だよ。カッツが張り切っている。生きて逃げられるはずがない」
と宣告。
それならば、二学期まで安全に過ごせる。
ゲインズブールはほぼ学校で生活しているらしい。生活というよりは『棲息』だよね、とはキンバリー先生の談。研究室の奥にある倉庫がゲインズブールの巣となっていて、そこに寝泊まりをしているそうだ。
だからマリアンナが逃げ出す隙はないよ、と先生。
先生自身も帰省しない寮生の監護のために、ほぼほぼ寮で過ごすという。
寮での方は私がきっちり監視するから安心して、と先生。
「…先生。夏休み、一緒に遊んでくれるかな?」
なんだか切なくなって尋ねると、
「先生を遊びに誘う生徒はなかなかいないよ」
と大笑いされた。でも大丈夫だって。よかった。実はもう、ひとつ良案があるんだよね。
夏休みは遊び倒すんだ。
ただ。目下、悩み事がひとつ。それは二人の王子。アルベールとバレンだ。
帰国当初の冷戦状態よりは、状況は改善している。と、思いたい。遠足ではランチを一緒にとったし、あたしのお見舞いも一緒に来てくれた。でも、罵りあい以外は聞いたことがない。まあ心が荒ぶようなものではないけどさ。
でも、仲良くなれる余地があるなら、仲良くなりたい。あたしもすっかりバレンの意地悪には慣れたしさ。
ウォルフだって最初はアルにものすごく距離を置いて、臣下の姿勢を崩さなかったけど、近頃はすっかり友達の間柄だ。
いつメンにプラスウォルフとバレンで夏休みを遊び尽くすって楽しそうじゃない?
女子度が少ないのが気になるけど。そこは追々メンバー追加を考えるとして。
アンディに二人のことを相談したら、しばし考えたあと、
「そうだな。今なら仲良くなれるんじゃないかな」
との返答だった。アンディが言うには、ペソアにいたときは、二人の仲は最悪だったらしい。でもシュシュノンに来てからのバレンは変わったという。
「ヴィーが間に入れば上手くいく」
そう言って、頭をわしゃわしゃしてくれた。
ちなみにアンディは、元気になったあたしを美味しいご飯屋さんに連れて行ってくれたときも、わしゃわしゃしてくれた。そして
「ご飯だけは、ちゃんと食べられるようにしろよ」
と言ってくれた。
アンディだってミリアムやフェルみたいに言いたいことは沢山あったと思うんだ。でも、それだけだった。
そんな訳で、二人の王子が仲良くなれそうな好機を探していのだけど、運良くすぐにやってきたのだった。
ある放課後。ミリアムとレティはクラスメイトの女子限定お茶会にお呼ばれ(あたしも行きたかった!)。ジョーは家の用事。ヒマなのはあたしとアルとバレンだけ。込み入った話をするのに、ちょうどいい。
どうやって、どこで話すかと悩んで。
王宮じゃ侍従がついて回るし、シュタイン邸に招くにしても、三人しかいないことを二人に気付かれないように呼ぶのは難しい。結局、キンバリー先生に頼んだら、快く医務室を貸してくれた。
アルは、先生がお菓子をごちそうしてくれるからと理由をつけて。
バレンはキースに頼んで、先生が呼んでいるということにして。
めでたく三人揃うことができた。
別々の寝台に腰かけて、お互いうろんな目で探りあっている王子たち。あたしは医務室の扉に不在の札をかけた。
「ヴィー。これはどういうことだい」珍しくアルが不機嫌な顔をあたしに向ける。「なぜキンバリー先生ではなく、こんな嫌なやつがいるんだ」
「それはこっちのセリフだね。ヴィー、これは意趣返しのつもりか」
「まあまあ」
あたしは先生が用意しておいてくれた冷たいお茶をそれぞれに渡した。
「最近よくウォルフガングに怒られるんだ。お節介ななうえに思い込みが激しいって」
「そんなことはないし、そこはヴィーの良いところだ」
アル、なんのフォローにもなってないよ。
「そうだ、それが面白いんだからいいだろ」
バレンまで。
「…二人とも、全然嬉しくないフォローをありがとう。そういう訳でお節介な僕は、二人に腹を割って話してもらおうと考えて、この場を用意しました」
顔を見合わせる二人の王子。
「僕さ、二人とも好きだよ。バレンは最初は嫌なやつだと思っていたけどさ。ただの俺様ツンデレってわかってきたし」
バレンが小声でアルに『つんでれ』ってなんだと尋ね、アルは首を横に振っている。
「夏休みは遊び倒すって決めてるんだ。でも気を使ってアルたち、バレンたちって分けるのは嫌だよ。王宮でお茶してたって、バレンは今頃ひとりでおやつ食べているのかなとか考えと切なくなるしさ」
アルはばつの悪そうな顔をした。
「…ひとりではないぞ」とバレン。「侍従はいる」
「そうだけど、そうじゃないよね。ほら、バレンだって僕には優しいところがあるんだ。だからさ、関係改善を目指して、なんでこんなに仲が悪くなったのかを話し合おうよ」
アルはちらりとバレンを見て、バレンは口を強く引き結んで下を向いている。
「僕は何もした覚えはない。最初から嫌われていた。小国の王子のくせに生意気だって思ってたんだろうけど。そうだろ?」
バレンは答えない。それどころかまったく動かない。
あたしは立ち上がるとバレンの元まで行き、その視線の先にしゃがんだ。目が合うが、表情は変わらない。
「話したくないことなのかな。それとも僕がいない方がいい?」
押し黙ったまま、じっとあたしを見ているバレン。心の中で葛藤中なのかな。
そう思い、しばらく待ってていたが。
突如。
「ぎゃっ!」
バレンが手を伸ばしたと思ったら、あたしの頭をぐしゃぐしゃし始めた。
「おい、バレン!」
アルが立ち上がって抗議する。
モップでも洗っているのかって勢いでぐしゃぐしゃし、始めたときと同じように唐突にやめた。で、あたしの肩に両手を置いて、はー、っと地の底から沸き上がるかのような深い深いため息をついた。
そして顔をあげて手をおろした。
「俺が都に着いた時」とバレン。「お前を見たよ。アルベールに満面の笑顔でガキみたいに大きく手を振ってた」
「ん?うん」
そうだっけ?でもそれがなんの関係があるんだろう。
「羨ましかった。俺が帰国したときに、あんなに喜んでくれるやつはいない」
「そんな…」
ことないよ、とは言えない。あたしはペソアのバレンを全く知らない。
「…ペソアは大国だからね」とアル。「こちらより階級差がはっきりしているし厳格だよね」
ああ、アルなりの励ましだ。だけどバレンは首を横に振った。
「貴族らしくない面白いのがいるなと思っていたら、次は王宮内を全力疾走してるだろ?またまた嬉しそうな顔をして」
ああ、バレンをガン無視しちゃったとき。アンディに会いに行ったんだよね。
「階段から見えたんだ。ブルトンに抱きついてアホみたいに喜んでいるのが」
ちょっと。その言い方、恥ずかしいんですけど。
「無邪気に喜んでてさ、ガキだなあって思ったよ」
「さっきから、僕の感想『ガキ』しかないよね?一応僕も美少年って言われてるんだけど?…ミリアムに」
バレンとアルは同時くっと笑った。いや、笑いを取りたいわけじゃないんだけど。他に言ってくれるひとがいないからさ。でもバレンの顔がようやくリラックスしたからいいか。
「本当にお前はおもしろいよな。俺の周りにお前みたいのはいなかったよ」
「…褒めてるの?けなしてるの?どっち?」
「褒めてる」
バレンはまた手をあたしの頭にのばして、今度はみだれた髪をていねいに直してくれた。
「いつだったかな、ウォルフガングに言われたんだ。お前のことをめちゃくちゃ気に入っているだろう、って。言われて気づいたよ。そうか、俺はお前が気に入ってるんだって」
「そ、そう?…ありがとう?」
脇からため息をが聞こえ、アルを見るとやれやれとでも言いたそうな表情をしていた。
「お前の反応がおもしろくて、ついつい構っちまった。悪かった」
急な謝罪!?やっぱりツンデレ!?
「いや、うん。さっきも言ったけど、今は気にしてないよ。僕、バレンのことを友達だと思っている」
ありがとう、とバレンはいって静かに微笑んだ。驚きだよ。そんな優しい顔もできるんだ。
「これからもお前で遊ぶけどな」
「なにそれ!?」
バレンは自分の隣をぽんぽんと叩いて座れと言った。
「ごめん、今日は中立の立場なんだ」
あたしは再び椅子に座る。バレンはチッと舌打ちをした。王子様だよね、君?




