2章・7お見舞いとお説教と 1
遠足先で腹痛に倒れた間抜けなあたし。アンディにお姫様抱っこをされたのがその日最後の記憶で、あとは覚えていない。キンバリー先生がくれた痛み止めは睡眠導入の効用もあったそうだ。
みんなと騎士団に守られて帰宅したあたしは、眠っている間にかかりつけ医の診察を受け極度のストレスによる、いわゆる胃痙攣だと診断された。
翌日昼過ぎに目覚めて、それを聞いたときの情けなさったら。自分で自分を殴りたい衝動に駆られ、間抜けなことにまた胃が痛くなったのだった。
肝心なときに役にたてなかった悔しさと、みんなに心配をかけてしまった申し訳なさ。7つも年上なのに、何をやっているんだろう。こんなんじゃ、いくらゲーム展開を知っていても、ミリアムもレティも守れない。
キンバリー先生なら、結果オーライだよと言いそうだけど。
割りきれるはずもない。
昨日、目覚めたあと枕元に駆けつけてくれたミリアム、レティ、アル、ジョー、フェルの顔はしばらく忘れられそうにない。
ミリアムもフェルも、あたしがご飯を食べていないこと、様子がおかしいことに気づいていたんだそう。そういえば、フェルに最近どう?とか嫌なことはないか
と何度か訊かれた気がする。
二人ともあたしの不調の原因が遠足にあるなんて思いもよらなかっただろう。積極的に準備をしていたんだから。
だから、遠足が終わってからミリアムがあたしにさぐりをいれるつもりだったらしい。
それなのに、遠足先であたしは倒れてしまった。
ミリアムは泣きながら、ヴィーが苦しんでいるのに何もしなくてごめん、と謝った。
そうじゃないのに。
何もしなかったのは、あたしだよ。でもそれは言えない。とにかくひたすら、心配をかけてこっちこそごめん、と謝ることしかできなかった。
◇◇
激しい胃痛と食事を取れなかったことで消耗してしまったあたしだけれど。それもだいぶ良くなった。今日は寝台で半身起こして、のんびり読書をしたりミリアムやウェルトンとボードゲームをしたり。
遠足が金曜日でよかった。
お昼過ぎにはアンディが、休憩時間を利用してお見舞いに来てくれた。謝りまくるあたしに、大きな手でいつものわしゃわしゃをしてくれた。
倒れたときは、抱き上げてくれたのがウォルフでなくてよかったと思ったのだけど。冷静に考えれば、アンディだってイケメンな訳で。イケメンに女子の憧れお姫様抱っこをしてもらったのかと思うと、いたたまれなさに悶えてしまった。
い、いつかあたしも、かわいい女の子をお姫様抱っこできるような頼もしい素敵男子になりたい…
アンディと入れ替わるように、アル、レティ、ジョー、ウォルフにバレンがやってきた。またアルとバレンが一緒にいる。今度こそ仲良くなったのと尋ねたら、またしてもとんでもない勢いで口をそろえて違うと否定するから、みんなで笑ってしまった。
昨日は、アル、レティ、ジョーの三人に、今日はウォルフとバレンに、無理をしてはいけないと叱られた。こんなに心配させてしまって返す言葉もない。
あたしは謝りながら、心の中で、もっと強くなると誓った。
そんなこんなで、もう見舞い客も来ないだろうと思っていた夕方。なんとキンバリー先生が、果物かごを持って、来てくれた。
学校でいつもみるスタイルではなく、いかにも品の良い貴族婦人といった外出着だった。初めて見る仕事着ではない姿。普段は無造作にひとつしばりにしている髪も、上品にまとめあげている。
大人な美しさに、うっとりしてしまう。
思わず挨拶よりも先に
「先生、綺麗」
と口にすると、キンバリー先生は苦笑した。
「そりゃ天下のシュタイン家を仕事着で訪れるほどの常識知らずじゃないよ。元気そうでよかった」
「…ありがとうございます。迷惑かけてごめんなさい」
あの時先生は、少なくとも二回は癒しの魔法であたしの痛みを和らげてくれた。
「先生のおかげですごく楽になったんです。先生は大丈夫でしたか?」
「あれくらい楽勝。後々を考えてちゃんと加減したからね」
『後々』。『イベント』のことだろう。部屋の隅にはウェルトンがいる。滅多なことは言えない。
それからあたしの具合のこととか当たり障りのないことをしばらく話した。
それから。
「侍従くん」と先生は笑顔でウェルトンに話しかける。「ヴィーちゃんと二人にしてもらえるかな」
ウェルトンは明らかにうろたえて、先生とあたしの顔を交互に見た。
あたしも一応16歳男子。ここは寝室。妙齢の女性である先生と二人きりにすれば、先生の名誉が傷つく。
「ヴィーちゃんのストレスについてお説教をしたいの。君には聞かせたくない話。頼むよ。君だってヴィーちゃんに元気に学校へ行ってほしいでしょ?」
ウェルトンはしばらく逡巡していたくど、
「お二人きりにしたこと、のちほどフェルディナンド様に報告いたしますが、それで宜しければ」
と言った。
「なんで!わざわざ言わなくていいよ」
あたしの言葉にウェルトンは困った顔をして、先生は小さく笑った。
「それでいいよ。君が怒られたら私に知らせて。ちゃんと釈明するから」
ウェルトンははいとうなずき、隣の部屋へ続く扉の向こうに消えた。
先生は、さて、と言いながら立ち上がって椅子をより寝台近くへ移動させた。
「ヴィーちゃん。この前は時間がなくて話せなかったんだ。前世の『シュシュノン学園』のことだけど」
キンバリー先生が前世の記憶を取り戻したのは6歳。でもこの世界がゲーム『シュシュノン学園』の世界かもと気づいたのは二十歳の頃だったそうだ。
先生自身はゲームに出てくるキャラじゃない。なんとなく聞き覚えのある名前があるな、という引っ掛かりが積みに積み重なって、ようやくゲームを思い出したらしい。
その時点でゲームをしていたのが、ゆうに10年以上前。詳細なんてほぼ覚えてなく、また自分が関わることでもない。せいぜいが、仕事場が舞台だなくらいの感覚だったらしい。
ただ気になったのが、一昨日の遠足のイベント。前世でゲームをプレイしていたときに、なんだか下衆いイベントだなと思い、記憶に残っていたそうだ。
だからあらかじめ対策を取っていたという。
でも。
あたしたちが早退したあと、事故は起こったんだそうだ。
午前中は隔離していたマリアンナ(とゲインズブール)が、午後はなぜか上級クラスと合流した。
そこで魔力の暴走で木が倒れ、危うくゲインズブールが下敷きになるところだったらしい。それをマリアンナが、やはり風系魔法で木を吹き飛ばして助けたらしい。
「よくよく考えると、木を倒すほどの魔力があるなんて、すごいことですよね」
魔力が衰えているこの世界。それだけの力があったら、学校でも話題の人になってるはずだ。
「それがね」
と先生は原因の生徒の名前をあげた。同じクラスで、確かに最高クラスに入ってた男子だ。そして数少ないマリアンナの友達。
「彼自身も呆然としていたようなんだけど、ちょっとばかりキナ臭いんだ」
事故直後にうろたえながら、『ここまでのつもりは…』とマリアンナに言っているのを聞いた学生がいるらしい。
遠足前にマリアンナが彼とこそこそしていたとの話も出てきている。
ゲインズブールは魔法オタクの変人だ。でも担任としては悪くはない。そのゲインズブールが大木の下敷きにはならなかったものの、飛び散った枝で顔にケガをした。学生たちはざわついたようだ。
そしてあっという間に、またマリアンナが自作自演でやらかして、ゲインズブールにケガを負わせたという噂が立ったそうだ。
遠足からついさっきまで、ずっと事故に関する調査と会議の繰り返しだったらしい。
結果的に、純粋な事故という結論になったそうだ。
ただゲインズブールは他人の持つ魔力を図れる能力がある。公にしないらしいが、事故を起こした生徒に、それだけの魔力がないことは歴然としているそうだ。
「じゃあ、他の人がやったってこと?」
「ちょっと違う。マリアンナが彼に自分の魔力を送って、彼の力を増幅させたんだ」
「そんなことができるの!?」
「彼女の莫大な魔力ならばできるし、すでにゲインズブールがやり方の指導を済ませている」
あたしは言葉を失った。
純粋な事故ではない?
下手をすれば怪我人、酷ければ死者がでたかもしれない事故を、自分の評判をあげるために起こしたというの?
先生はあたしの手を両手で包みこんだ。
「ヴィーちゃん。ゲインズブールからすればマリアンナの自作自演は明白なんだけど、証拠はなにもない。男子生徒も自分のせいだの一点張り。だからね、残念だけど今回は事故で処理をされた」
「そんな」
「もちろん、あくまでも表向き。上も対策は立てている」
「…でもそんな攻撃的な魔法も使えるなんて。彼女を押さえることはできるんですか?」
「もちろん。一対一では無理だけど、こちら側が連携すれば全然平気。その脅しもかけてあるよ。次にこんな事故が起きれば彼女は、雇い主である王家の意向を無視した罪で死罪になる」
「死、罪?」
そう。と先生はうなずいた。
「そうならないようにね。先生もゲインズブールも監視する。マリアンナも驕りを叩き潰されてさすがにショックを受けていた。もうこんなことはしないと思うよ」
これでちょっとは安心できるでしょ?と先生はにっこりとした。




