2章・5遠足前夜 2
「先生はあしたのお昼はどうするの?」
お茶の入ったカップを渡しながら尋ねると、
「寮で作ってくれるよ。寮生と同じお弁当だ」
あしたの遠足では、実家組は家からお弁当を、寮生は寮が作ったお弁当を持参となっている。
「違うよ」とジョー。「誰と食べるのかって話」
「そりゃ教師なんだから、教師陣でかたまって食べるよ」と先生。
「なんだあ。つまんないな」とあたし。
「一緒に食べられるなら、先生の分も用意しようと思っていたの」とミリアム。
「教師と食べるのは、普通は嫌がるところだよ」と先生は苦笑する。
「料理人が新作のマーブルマフィンを作ってくれるんだけど…」
「なにっ!」
あたしの言葉に素早く反応する先生。
「それはこっそり、もらいに行く。バレないよう紙袋に入れて用意しておきなさい」
「バレないようにって」とレティが笑う。
「だってシュタイン家のお菓子なんて、みんな食べたがるでしょう?こっそりもらわないと、他の先生にとられちゃうよ」
「なるほど」とジョー。
「生徒じゃなくて先生になんだ」と苦笑するアル。
「ここのじいさんたちをなめちゃいけない。全ての貴族の子弟が学びに来るんだよ?台所事情から、コックの腕前までなんでも知っている」
真面目な顔で力説する先生。
「…あり得る」とジョー。
「そう。だから名門シュタイン家の冷静沈着に見える長男が、実はただの兄馬鹿なことも、常に父親にノルマを課せられ青色吐息のブラン家の長男が、実は凄腕やり手商人の卵であることも、知っている」
「その前半部分を知らない貴族はいないと思うな」とアル。
「まっ、そうだよね」と先生。
「ウォルフガングもさ」とジョー。「すっかりミリアムの手下だけど、実はハイスペックだよな。俺たちみたいに実家の力じゃなくて、自分自身がさ」
「わたし、手下になんてしてないわ」と赤面するミリアム。
「そうなの?」と質問するあたし。
「だって先生の言うとおり、結構な商売上手だぜ?しかも予科練なんて入っちゃって、ますます剣技の腕も上がってる。あいつは爵位がなくたって生きていけるよ」
「けっこうモテているものね」とレティ。そうね、とミリアム。
「…僕もモテてたい」
「あら、ヴィーも人気者よ」
「僕の場合、かわいいってだよね?おかしいよ?かっこよさを目指しているのに。やっぱり、『オレ』って言ってみるしかないかな」
「やめて」
なぜか全員で口を揃える。
ゲームのヴィットーリオはこんなキャラじゃなかったのに。あたしが転生してしまったせいなのかな。
モブキャラだったはずのウォルフがモテモテで、攻略対象のあたしはただのマスコットキャラ(アル曰く!)って、腑に落ちないよ。実際に女の子にもてたい訳じゃないけどさ。
「そんなことより」とアル。
そんなこと!?あたし、けっこう本気でしょげてるよ?
「明日の郊外学習が心配だね」
アルがあたしを見る。そしてみんなも。
「う…」
あたしは言葉につまる。あしたは魔法の使える程度によって別れて授業をするのだ。四段階に別れるうち、アル、ミリアム、ウォルフ、ついでにバレンが最高クラス。ジョー、レティ、委員会の仲間3人が良クラス。その下が通常クラス。更にその下が努力クラス。
そうですよ、どうせあたしは努力クラス。ゲームで最高クラスだったから、遠足までには実は眠っていた魔力が爆発!みたいなことを期待していたんだけど。まあ、去年ゲインズブールに判定された時点で希望は捨ててはいたけどさ。
それでも一縷の望みにすがっていたんだ。だけどやはりダメだったよ。
しかも努力クラスに親しい友達はいなそう。
しかもしかも。マリアンナがイベントっぽいことを仕掛けてくるかもしれないのに、アルとジョーのそばにいられない。
すごく不安だよ。
「ヴィーちゃん、一人で努力クラスだもんね」とキンバリー先生。「でも大丈夫。私が努力クラスのサポートにつくことになったから」
「え?」
みんな一斉に先生を見る。以前の案内では最高クラスのサポートだったはずだ。
「カッツに最高クラスをクビにされたんだよ」
先生はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「年下魔法オタクの廃人野郎のくせに生意気だよね。私の方が魔力が強いのに。いつかシメてやる」
「せ、先生、顔が極悪人ですよ」
アルが青ざめている。
「そういうことで」先生、にっこり。「ヴィーちゃんは先生がみっちり特訓してあげるから安心して」
いや、あたし的には最高クラスでアルとミリアムを守ってほしかったんですけど…。
でもそうは言えないし。いやあ、前世でやってたゲームでね、なんて説明したってわかってもらえないだろう。
一応二人の殿下のための護衛に、アンディの部隊がつくことにはなっている。ただ往復の道中が主目的で、授業中に重大なことが起きるとは考えてないだろう。
大丈夫かな。
「あれ、先生じゃ不安かな?」
「まさか。心強いです」
「よろしい」
「せんせー」とジョー。
なにかな、と笑顔を向ける先生。
「ゲインズブールと付き合っているって本当ですかー?」
ええっとみんなが声をあげる中、キンバリー先生は笑顔のままこめかみに青筋を浮き立たせた。
「あのね」うわあ、声がめちゃくちゃ怒っているよ。「毎年それを聞く新入生がいるの。ここは若い教師が少ないからね。そう短絡的に考えるのはわかるよ。わかるけど、先生はそこまで男の趣味は悪くない」
「じゃあ痴話喧嘩でクビになったわけじゃないんだ」
ジョー!強心臓すぎるよ!
「…レティシア、ちょっとおいで」
レティは、はいと素直に立って先生の元へ行く。先生はがしりとレティの両腕を掴んだ。
「いいかい。いくら選択肢にまともなのがなかったからといって、あれはいただけない。頭がからっぽすぎる。卒業までにがんばって、もっといい男を探しなさい。なんなら先生が紹介してあげよう」
レティはその言葉に顔を赤くする。
「先生!」ジョーが勢いよく立ち上がる。「誰が頭からっぽだ!」
ほらレティ、とレティの肩を引っ張って連れ戻した。
先生はまた悪い笑みを浮かべている。
ゲーム『シュシュノン学園』にラスボスはいなかったけれど。
キンバリー先生なら適役な気がする。
そうしたら副官的存在は、やっぱりゲインズブールになるのかな?




