幕間・騎士と親友
騎士アンディのお話です。
俺にもたれかかったまま眠ってしまったヴィーに、上着をかける。どれだけ眠かったのか、にも関わらず眠れなかったのか。その原因を考えると腸が煮えくり返る。
静かに扉が開いてフェルディナンドが入ってきた。
「眠ったのか?」
そのセリフに、ヤツがしばらく前から部屋に入るタイミングを見計らっていたのだとわかる。
「まったく。僕のかわいいヴィーをこんな目に合わせてくれて。ちょっと行って半殺しにしてきてくれよ」
「自分で行け。その前に部屋に運んでやらないと」
フェルディナンドは頷いて、ヴィーを軽々と抱き上げ、再び部屋を出て行った。
酒を飲みながら待っていると、しばらくしてフェルディナンドが帰ってきた。
「ヴィーは軽いな。あれでは見た目を気にするのは仕方ないか。特に周りが発育のいい男ばかりじゃ」
ヴィーの友人たちはみな平均以上の体格だ。
「だが、頼もしくて助かる」
その通りとフェルディナンドが頷く。
「ヴィーは何か話したか?」
「いや、具体的なことは何も」
手の中のグラスを見る。
ふわふわとした天然のようで、その実、芯のしっかりしたヴィーは。兄を頼らないと一度決めたらそれを貫くのだ。ナターシャももう少し言い様があっただろうにと文句を言いたいが、彼女はまだヴィーのことをよく知らないのだ。
「だが、相手のことを心配していた」
「まったく。ヴィーのお人好しは変わらないな」フェルディナンドため息をつく。「そこがかわいいとはいえ、歯痒くなる。《癒す者》でなければ社会的に抹殺するのに」
「極悪人顔になってるぞ」
「いいんだ。お前しかいない」
けっしてエレノアと双子の前では見せない顔でつまみのくるみを割るフェルディナンド。これだけ苛立っているのは久しぶりに見た。だがきっと、ヴィーが襲撃されたときもこうだったのだろう。
グラスの酒を飲みほして、新しく注ぐ。
「今朝のあの子の顔、酷かったよ。朝イチで僕を呼び出してなんて言ったと思う」
なんとなく想像はつく。ヴィーのことだ。
「『こんな顔をミリアムに見せたくない。癒してもらうことは出来る?』だぞ。僕は泣くかと思った」
「…癒してやったんだ」
「あの顔のまま登校させて、周りに心配させてやった方がいいと思ったんだが…」
フェルディナンドは酒をあおる。
「何が起こっているのかと思えばこの有り様だ。腹の虫がおさまらない」
双子を両親よりもかわいがってきたフェルディナンドだ。あの娘が《癒す者》でなければ、すぐにでも行動を起こしただろう。
しばらく黙って酒を飲む。今夜の酒は不味い酒だとお互いわかっているが、飲まずにはいられない。
「キンバリーはどこまで知っているんだ?わかるか?」
とフェルディナンド。
「あの娘が《癒す者》になるところまでだろう。でも頭のいい女だからな」
「そうか。しかしあの教師がまだいてくれて助かった」
本当だ。おかげで学園での双子の様子がわかる。
夕方ナターシャから緊急の案件との連絡が来た。俺とフェルディナンドのほか何人かが内密に呼び出され、あの娘がヴィーとウォルフガングにしたこと、更にこれでは済まないだろうことを告げられた。ナターシャの機転には感謝しかない。
「ヴィーはさっそくなついているぞ」
「お前、復縁するよう迫られていたな。話したのか」
長年の親友は苦笑まじりだ。
「まさか。ナターシャが話したんだ。悪意でヴィーに知らせるヤツがいたらまずいからって。あながちあり得ないこともない様相になってきているしな」
「歴代の恋人の中でベストスリーに入る、まともな女だ」
「そうかい」
思わず笑う。実際に付き合っていたときは、年上すぎるだとか様々な難癖をつけていたくせに、忘れたようだ。
「今にして思えば、だぞ」
いや、忘れていなかったようだ。
「お前、次の休みはいつだ」
騎士団はシフト制で勤務している。官庁勤めのフェルディナンドや学生の双子とは休日が異なるのだ。
「明日の午後、半休だ」
本来なら一日休みだったのだが、団長に午前中だけ仕事を入れられた。
「よし、明日の放課後、学校に迎えに行け。馬でな」
「お前なあ。静観しているように言われただろうが。俺で威圧しようとするな」
「違うね。ヴィーを甘やかしていいって許可を出してるんだ。だいたいすでに一度、行ってるだろうが」
「二度だ」
「甘やかせすぎだ!」
甘やかせたいのか、させたくないのか、どっちなんだ。まったくこの馬鹿兄は面倒くさい。
「それならウォルフガング達と出かける許可を出してやれよ」
「嫌だね。ヴィーを守れないようなヤツには任せられない。ましてや、こんな訳のわからない事態になっては」
「確かにそうだが。ヴィーだって兄よりも友達とあちこち遊び歩きたい年頃だぞ。俺たちの頃を思いだせ」
「入学してすぐ、お前を挟んで女の子がど突き合いの喧嘩をしたこととか?」
嫌みな顔をする親友に、つまみのくるみを投げつける。
「投げるなら殻を割ったやつにしてくれ」
「それじゃ意味がないだろうが。…ちゃんと考えてやれよ」
「お前が甘い。だいたいウォルフガングじゃミリアムだって心配する。お前だから我慢してるんだぞ、あの子も」
「あいつも必死に頑張ってるぞ。騎士にならないのに。信用してやってくれ」
知っているよ、とフェルディナンドは肩をすくめる。こいつの地獄耳は双子に関しては更に感度が良くなる。
「…もう少し様子を見たらな。襲撃犯は捕まっていないし、バレンの意図もわからん。あげくに小娘が悪意を持っているとなると恐ろしくて仕方ない」
「…バレンは考えていたより、脅威でなさそうだがな」
まあなとフェルディナンドも頷く。だが油断はできない。
襲撃犯はおそらくもう捕まらないのだろう。顔がわかっている方は酷いケガをしていたという。それで付近の医院にかかってないならば死んだと考えるのが妥当だし、となると人相がわからないもう一人を捕まえるのは困難だ。
「僕だって双子には学園生活を楽しんでもらいたい」
「わかっている」
こいつだって常に双子にとっての最善を考えているのだ。俺と意見が食い違うことはあっても。
「とにかく、明日は迎えに行け」
「明日は金曜だ。アルベール殿下たちと集まるんじゃないか。先週はそうしてただろう」
そうか、とフェルディナンドは頷く。
「…日曜はヴィーと約束をしている」
途端に親友の目が険しくなる
聞いてない、今話したなんて応酬をしばらく繰り返した後、フェルディナンドは矛を収めた。
「まったくヴィーはどっちを兄だと思っているんだ。だいたいさっきのだって、ずるいぞ。あれは僕の役目だ」
「お前がエレノアのもとから戻ってこないからだろうが。ヴィーは俺がいることは知らなかっただろうに」
「それでもだ。ずるいやつめ」
「お前こそ、夫も兄もなんて欲張りなヤツめ」
「ふん、父親もだ。悔しかったら結婚しろ」
どや顔。幸せなヤツだ。
だがこれはまずい流れだ。説教が始まるに違いない。今夜は大人しく聞いていられる気分じゃない。さっさと逃げてしまおう。
「そろそろ寝るか?」
そもそも、昨日もここで遅くまで飲んでいたのだ。今夜はイレギュラーだ。
「寝てもいいが」
フェルディナンドは意味ありげに言葉を区切って俺を見つめる。
「なんだ?」
「お前の悪い癖が出ている。今日はずっと口数が少なかった」
まったく。付き合いが長いのも時に考えものだ。こちらのことを本人より把握している時があるのだから。
フェルディナンドが言うに、俺はどうやら腹が立つほど喋らなくなる傾向があるらしい。
「頭をよく冷やせよ」
「お前に言われたくない」
長椅子から立ち上がって上着を肩に掛ける。
「寝る。明日は狸親父どもと腹の探り合いをしなきゃいけない」
父親が捩じ込んできた臨時の幹部会議が早朝からあるのだ。その前に、確かに冷静になっておかなければならない。
「午後休なら、晩餐に来い」
フェルディナンドにわかったよと返事をして部屋を出る。
我が家なみに勝手しったるシュタイン邸だ。俺の部屋と化している客間は、いつでも使えるように調えられている。なにしろ騎士団の制服の着替えも置いてあるのだ。ストックがなくなると、わざわざブルトン邸に取りに行ってまで常備してくれている。
この居心地の良さ。自邸とは大違いだ。
誰もいない暗い廊下。
この先々を考え、長く息を吐き出した。




