2章・4逆襲? 3
キンバリー先生にお礼のお菓子の約束をして医務室を後にした。
再び7人でぞろぞろ歩いていると、バレンと同じクラスの委員が鬼の形相で、やっと見つけたと叫びながら駆け寄ってきた。
「バレン殿下!放課後に先生の手伝いをするよう言われてたじゃないですか!」
まずい、と青ざめるバレン。
「手伝いは僕がひとりで!やりましたけど、先生がカンカンですよ!謝ったほうがいいです」
「今すぐ行く」
とバレンは二、三歩歩き、ぴたりと止まった。そして思いっきり不機嫌そうな顔であたしを見ると。
「ヴィットーリオ・シュタイン!いいか、俺以外に苛められるなよ。俺の楽しみをとるな!」
びしり、と宣言をして今度こそ去っていった。
「やっぱりツンデレ?」
なんなんだあのマンガのようなセリフは。あたしはそんなに苛め甲斐があるのか?
「ひっぱたいてやればよかったわ!」とミリアム。
「あはは、やっぱりヴィーはおもちゃ認定だ」とジョー。
「ガキなんだよ」とうんざり顔のウォルフ。
「あんな性格だったのか?」とアル。
「まあ、ヴィーが大好きなのね」とレティ。
ちょっと待った。
「おもちゃとしてな」とウォルフ。
「ヴィーは反応がおもしろいからな」とジョー。
「あら、ヴィーは男子から見ても女子から見てもかわいいのよ」とミリアム。
「ちょっと待った!」あたしは声を張り上げた。「僕はミリアムの頼れる兄を目指しているのに、どんどんおかしくなってる気がする!」
「仕方ないよヴィー」とアル。「すでに頼れる兄たちがいるし、ミリアムの他人恐怖症も学園に入って改善して、すっかりしっかり者だ。となると残るのは愛されるマスコット的キャラクター」
「アル!君まで言うのか!」
みんなが声をあげて笑う。
あたしの気持ちが落ちているのを察して、盛り上げてくれているんだ。あたしのほうが7つも年上なのになあ。
あたしってすごいラッキーな転生をしたんじゃない?
ミリアムと手をつないで。あいた片手は、どさくさにまぎれてレティとつないだ。ジョーに怒られるかなと思ったけれど。ジョーもアルも笑っていた。
◇◇
眠れなくて寝台の上をゴロゴロする。
帰宅後、ミリアムに頼んでプリンの作り方を教わった。前世ではよく作っていたけど、今世では初めて。同じようで違う手順、慣れない道具に手こずりながらも、上手にできたと思う。美味しかったし楽しかった。
でもな。
やっぱり一人になると、なんだか心も頭も落ち着かない。
本当にあたし、ヴィットーリオは守られて育てられた。前世では当たり前のようにあった嫌なことや辛いこと、醜い出来事と縁遠く生きてきた。
そのことを実感して。色んな感情が渋滞している感じ。
昨日まで、翌日の予定が楽しみすぎてという理由以外で、眠れなかったことなんてなかったのに。
起き上がってスリッパを履き、窓に寄る。外は満点の星空だ。
突然、古い記憶がよみがえった。あたしがまだ前世の記憶を取り戻す前だ。あの頃は、そう、眠れない夜があった。
そんなときは、シーツをかぶって一人で暗い廊下を走り抜けて、ミリアムの元へ行った。彼女の寝台にもぐりこんで、ぴったりとくっついて話をしているうちに自然と眠れたものだった。
もう10年くらい昔の話だ。さすがに今はミリアムの寝台には潜り込めないや。
と、馬車の音が聞こえてきた。だんだん近づいてくる。きっとフェルだ。仕事で遅くなるということだったけど、もう真夜中近いんじゃないだろうか。
ご苦労様。フェルも、馭者も、侍従も。
ひとつ思い出すと、芋づる式に記憶が呼び覚まされるものらしい。
フェルとアンディの元へ行ったときもあった。二人が遅くまで話しているところへお邪魔して、怒られないのをいいことに、夜中のおやつを食べたり、ゲームで遊んだりしていたっけ。気づくと翌日の朝で、ちゃんと自分の部屋の自分の寝台で寝ていた。
さすがに前世の記憶を取り戻してからは行ってない。兄たちとはいえ、イケメンコンビだ。女子高生のあたしが夜中に遊びに行くのはためらわれた。
そしていつの間にか、夜眠れない、なんてこともなくなっていたんだ。
馬車は到着し、フェルはもう屋敷の中にいると思うのだが…。
窓辺を離れ、廊下へ通じる扉を開けた。話し声が聞こえるのだが、片方がアンディのようだ。こんな時間にうちに来たなら、これから二人で飲むのだろう。
扉を閉めて、寝台に座る。
いいな。
行っちゃおうかな。
眠れないし。
お菓子をくれるかもしれない。
しばらく悩んで、決めた。遊びに行ってしまおう。
あたしは寝間着の上にカーディガンを羽織ると廊下に出た。大丈夫、だってあたしは男の子だから。
フェルの私室まで来ると扉の隙間から明かりが漏れている。
ノックをして開けると。
「あれ、フェルは?」
部屋にはアンディが一人。騎士団の制服の上着だけ脱いで、お酒を飲んでいる。
「エレノアのところだ。どうした、眠れないのか?」
「うん。お邪魔していいかな?」
「いいぞ」
「やった!」
いそいそとテーブルに近づく。けど、あるのはお酒とつまみだけ。
「甘い菓子はないぞ」
ぐっ。見透かされていた!
「何か暖かいココアでも持ってきてもらうか?」
ココア…の気分ではない気がする。
「いらないよ」
仕方ないので、アンディの隣に座った。長椅子の上に体育座りで。ぺったりくっついて。
「昔を思い出してたんだ。何度か夜に遊んだよね」
「そうだな。お前は手のかかる子供だった」
アンディがわざとらしくため息をつく。
「でも今はこんなに立派になった」
とあたしが続けると、今もだろうがと言われてしまった。悔しい。
そうだ、とアンディは傍らの上着を探り、なにやら紙袋を取り出した。
「もらったクッキーがあった」
「食べる!」
「ちゃんと歯を磨けよ」
「乳母か!」
なかなかに美味しいナッツ入りのクッキーだ。
「今日ね、ミリアムに教わって、プリンを作ったんだ」
「それは食べるプリンのことか?」
「他にどんなプリンがあるのさ!美味しくできたんだ。今度アンディにもあげるよ」
「くれるときは胃薬も添えろよ」
アンディの脇腹にパンチをいれる。
悔しい。脇腹ですら固いよ、この騎士は。どうやって鍛えたらこうなるんだ。
「…ねえ、アンディ」
「なんだ」
「あのさ、僕って幸せ者だと思うんだ」
「そうだな」
「でも、幸せそうに見えない人もいる。僕はどうすればいいんだろう」
アンディはあたしの頭を大きな手でわしゃわしゃしてくれた。
「その人が幸せになるよう祈ればいいんじゃないか」
「…それだけ?」
「お前はミリアムやフェルや、俺を幸せにするのに忙しいじゃないか。こっちがおろそかになったら困る」
「…そっか」
さすが、あたしの心の兄。
「そういえばキンバリー先生がね、僕の『超絶過保護な兄たち』って言ったんだよ。突っ込みそびれちゃった。『たち』は父様かアンディか両方かって」
「…両方、だろうな」
「やっぱり?良い先生だよね。僕、好き」
握りしめていたクッキーの袋をアンディが取ってテーブルへ置く。
甘いもので満腹になったせいかな。急に眠気がやってきた。そうだ、昨日もろくに寝ていなかった。
瞼が重い。
「なんで先生と別れちゃったのさ。絶対素敵な奥さんになってくれたよ」
「そうかもな」
「やり直しなよ。僕、仲を取り持つよ」
アンディは低い声で笑った。
「そりゃ、ありがとよ」
大きな手が静かに頭をわしゃわしゃする。小さいときからずっと、このわしゃわしゃが好き。
安心するなぁ…
◇◇
翌朝起きると、あたしはちゃんと自分の部屋の自分の寝台に寝ていた。昔と同じだ。フェルが私室に戻ってきたときには、もうあたしは眠りこけていたらしい。仕方ないのでフェルが運んでくれたんだそう。もう子供と違って重いんだから、他人の部屋で寝落ちしないようにと叱られてしまった。
重いって。16歳男子としては、軽いと言われたらショックだ。けれどやっぱり前世を引きずっているあたし的には、重いと言われるのはショック。
ああ、ややこしい。
でも、深く眠れたようで今朝はすっきりとした目覚めだ。胸の中のもやもやも、消えたわけではないけれど、落ち着いたのかな。へこんでいた気分も通常どおりになった。
そして気持ちよく登校、ミリアム、アル、レティ、ジョーと楽しく話していたら事件が起こった。
マリアンナが珍しく余裕を持って登校してきて席についた。男子二人と話ながら、授業の用意をしているようだ。
と。
マリアンナがキャッ、と大きな悲鳴をあげた。
彼女の手から教科書が落ちる。床の上にバサリと広がったそれは、ズタズタに切り裂かれていた。
このシーンは覚えがある。心臓が早鐘のように脈打つ。
シンと静まりかえるクラス。みんなの視線が彼女に注がれる。
「…ひどい」震える小さな声だ。「あたしが平民なのに魔力が強いからって…」
そして、彼女はあたしたちを見た。怯えた目をして。
これは完全にゲームの場面だ。悪役令嬢に主人公が苛められる。違うのは、ここに攻略対象のアル、ジョー、ヴィットーリオが揃っていることくらい。
どう動くのが正解なの?
あたしは唾を飲みこんだ。
迷ったのは短い時間だったはず。でもその短い時間に、あたしより先にミリアムが動いた。
「まあ、ひどい」
そう言って自分の席へ行き、同じ教科書を取る。そうしてマリアンナの元へ行き、差し出した。
「これをお使いになって」
マリアンナは固まったまま動かない。ミリアムは手の中の教科書をマリアンナの机に置き、落ちているズタボロの教科書を拾った。
「学校から支給された教科書にこんなことをするなんて。恥ずべきことね」
その教科書も彼女の机に置くと、
「ゲインズブール先生に相談されたほうがいいわ」
そしてあたしたちの元へ戻ってきた。
「あの教科、何時間目だったかしら?」
とミリアム。
「2時間目!僕、バレン殿下に借りられるか聞いてくる」
走り出そうとして、襟足をむんずとジョーに掴まれた。
「ウォルフガング!」
ジョーの呼び掛けに、ウォルフがはいはいと億劫そうに返事をする。
「おもりを頼む」
「ちょっと、ジョー!」
だけど、マリアンナがまた仕組んできたのだ。それにこれだけとは限らない。慎重になれ、ということだ。ジョーはレティを、アルにはミリアムを守ってもらわないといけない。
「もう、隣のクラスくらい一人で行けるしー」
とわざとらしくならない程度に抗議して、ウォルフと連れだってクラスを出た。ジョー、アル、レティ、ミリアム、ウォルフ、みんな強ばった顔をしていた。そしてきっとあたしも。
読んで下さりありがとうございます。
本編ではない回のタイトルを『幕間』に変更しました。
本文に変更はありません。
次回、幕間です。
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